生きる目的
武道場から出て時計を確認すると、時間は十時半を迎えた頃だった。補習は一五時までらしいので、五時間も持て余すことになる。
さっき話して知ったのだが、
その理由は聞かずとも明白で、昼は家に
どうして絃羽はそんなに孤独に生きようとするのだろうか。ただでさえ、両親がいなくなって孤独だと言うのに。
『私がいると、迷惑だから』
絃羽はこう言っていた。
一体誰にとっての迷惑なのだろうか。美紀子さん、帆夏、武史……或いは、それを含めての全て。
──そんな事ないと思うんだけどなぁ。
大きな溜め息を吐いた時、金属バットの球を打つ音がグラウンドから聞こえてきた。
そういえば武史は野球部だったことを思い出し、ついでにグラウンドのほうを覗きにいってみた。
グラウンドでは、ノック練習をしていた。武史はサードの守備位置についており、コーチの激しいノックを受けている。高校野球には縁がなかった俺だが、こうして一生懸命に練習している姿は、それだけでかっこよかった。
途中、武史が俺に気付いてこっちに手を振ってくれた。
──武史、か。あいつが一番、絃羽と帆夏の間を取り持ってくれそうだよな。今度話してみようか。
何となくそんな事を考えながら、ノック練習をしばらく眺めていた。
それから暫く練習を眺めていたが、武史の意識がこちらに向いている気がしたので──何だか俺に良いところを見せようとアピールしている──あまり長居しても迷惑になりそうだ。そろそろ帰ろうと思った時に野球ユニフォームを着た生徒二人とすれ違い、ふと嗅覚が違和感を覚える。
──タバコ?
今一瞬、彼らからタバコの臭いがした、気がする。
──まあいいか。俺には関係ないし。
それよりも暑いし眠い。一度家に帰って二度寝でもしよう。そう思ってふらふらと海沿いの道を戻っていると、ほどなくして絃羽が飛び込んだ〝旅立ちの岬〟が見えてきた。
太陽が燦々と照り付け、海が綺麗に光っている。海と空が交わっていて、境界線の彼方まで飛んでいきたくなる気持ちが少しわかった。海鳥は上手く風に乗り、空高く羽ばたいて海の奥へと旅だっている。
俺達は、彼らのように飛べない。岬の先で両手を広げていた絃羽の姿を思い出し、切なくなった。
彼女はどこに飛んでいきたいのだろうか?
*
家に戻る最中で、農具を担いでいる美紀子さんに遭遇した。今から一度家に戻るとのことなので、農具を代わりに持ってみると、予想より重かった。農家の人達はこんなものを毎日担いで作業してるのか、と感心せざるを得ない。美紀子さんが昔と変わらず老けない理由が少しわかった気がした。
同時に、田舎のお年寄りが元気な理由もわかった。きっとこうして働く理由があるからだ。生きる目的があると、きっと人は老けにくい。
対して俺は?
もう既に生きる目標を失いかけている。三十路になる頃にはぐっと老けこんでいるだろう。
そんな事を考えながら美紀子さんとお昼を食べ、午後は美紀子さんの畑仕事を少し手伝った。手伝ったといっても、そんな大した事ではない。キュウリの収穫を一緒にやっただけだ。
今までここに来た時でも、こうして畑作業を手伝ったことはなかったので、都会暮らしの俺からすれば新鮮だった。暑いけど、何も考えなくていい。それは俺にとって幸せなことだった。
それから数時間は美紀子さんの手伝いをして、一度帰ってシャワーを浴びてから、再び学校に向かった。
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