第8話 交渉

 ノーマンを始めとするその場にいた全員が警戒心を強めた。

確かに遺体は致命傷がある状態で攻撃を仕掛け、負ったばかりの傷さえも回復して見せた。そして状況を見るにこの六体の遺体を作ったのも奴だろう。

だがそれが警戒心を強めた理由ではない。

こんな超人性を持った人間が

「少し話をしないか?」

と言ってきたのだ。

異常に異常が上書きされた状況でノーマンが返す。

「この状況を作ったのは貴様だろ。聞きたい事は腐る程あるが、先に拘束させてもらう!」

ノーマンの言葉に遺体は倒れたまま答える。

「私にもいろいろ事情があるのだ。許してくれとは言わないが、対等に話させて貰いたい。そちらには好条件のだと思うが?」

遺体の言っている事は事実だ。

致命傷すら回復する。

化け物じみたパワー。

こちらに勝ち目はない。

ノーマンが考えていると遺体が続ける。

「君達の不安もわかる。確かにそこの六人を殺したのは私だ。それで満足するなら拘束も致し方無いだろう。とりあえず銃を下ろしてくれると助かる。」

ノーマンとロウだけが今の遺体の発言に気が付くが共にまだ追及するのは早いと飲み込む。

「クラックス。手錠を奴に。」

クラックスがノーマンに指示された通り手錠を遺体に投げる。

それを受け取り遺体は自らの腕に手錠を流暢に着ける。

遺体はそのまま起き上り、近くの椅子に座る。

「銃は下ろしてくれないのか?私は君の言う通りにしたぞ。」

遺体は真っ直ぐノーマンを見ながら言う。

ノーマン一瞬考え、チームに指示を出す。

「全員銃を下ろせ。遺跡の調査は後回しだ。ヴロードとクラックス、イーゴルは上がって二人に情報を共有してこい。警戒部隊はまだ遠ざけておけ。」

三人は了解と返し指示通りシャフトに向かう。

「こいつとは俺とロウで話す。ハイエンは少し離れて警戒を。」

ノーマンとロウが遺体の近くに座り、ハイエンは少し離れて座る。

すると、遺体が口を開く。

「さて、何から話そうか?」


 レインがシャフトの上で待機していると上に上がる合図が届いた。

エデンに合図を出し二人でロープを引く。

しばらくロープを引くとヴロード、クラックスそしてイーゴルが上がって来た。

上がっていたヴロードにレインが問いかける。

「下で何があったんだ?いくらノーマンでも錯乱した様な内容だったぞ。」

レインの質問にヴロードは頭を抱えながら答える。

「わしだってよくわからん。だが無線の通りで、ノーマンは錯乱しとらん。少し整理させてくれ。」

ヴロードはそのまま水を飲み考え込んだ。

上がって来た他の二人も同じ様子だ。

その様子を見てエデンが近づいてくる。

「こいつらがこうなるって事はよっぽどだな…少し休憩だな。」

そう言ってエデンが水を差し出してくる。

銃声が鳴ってから緊張の糸を張ったままだった事もあり喉が渇いている事に気付いた。

レインは水を飲みシャフトの底を見る。

「いったい何が。」

レインの呟きはシャフトの底へと消えていった。


「さて、何から話そうか?」

遺体が足を組みながら言う。

ハイエンとロウはまだ少し緊張しているようであった。

しかしノーマンは腹を決めた様子で口を開く。

「その前に。何か着ないか?集中できん。」

遺体は全裸だった。

身体は引き締まっており恥ずかしい物では無かった。

だがそれで対話することにノーマンは耐えられなかった。

「それもそうだな。服を着よう。」

そう言って遺体は自らと六体の遺体があった部屋に向かう。

急に立ち上がった遺体を警戒してハイエンが立ち上がったがノーマンが目で制止する。

ハイエンは大人しく座るが銃のセーフティは解除したままだ。

その間に着替えた様で遺体が服を着て戻って来る。

ブーツにズボン、裸にコートを肩にかけた姿で。

「もっとマシな格好は無かったか?」

ノーマンが素直に思ったことを言う。

「自分でやっといてあれだが、ほとんど燃えていた。着れそうなのはこれしかなかった。手錠も掛かっているしね。」

そう言いながら遺体はまた椅子に座る。

この遺体が交渉を申し出てから今までの動作で三人は異なる思いは抱いていた。

ノーマンは強者と感じていた。

常に周囲を見張るような視線、隙のない脚運び。

こいつがただの人間であっても勝つのは難しいだろう。と。

ハイエンは狂人と感じていた。

言葉遣いも綺麗で誠実、姿勢も良く育ちの良さを感じる。

だがその実、六体の無残な遺体を作った張本人である。

殺すだけで無く衣服を燃やし、自らも遺体に偽装する。

その後の戦闘と落ち着きにかなりの異常さを感じていた。

ロウは『聖人』と感じていた。

致命傷でも俊敏に動ける超人性。

驚異の回復力。

特殊部隊にも引けを取らない身のこなし。

異教徒共は殺し我々を殺さない判断力。

そしてこの状況。

すべてを暴力で解決しないという点がまさに彼の信仰する『ユディーナ』に最も近い。と。各自の考えを他所に遺体が口を開く。

「さて、改めて。何から話そうか。」


 ノーマンは煙草に火を付ける。

煙を吐き出し一呼吸おいて口を開く。

「俺の名はノーマン。お前の名は?」

ハイエンはノーマンの質問に拍子抜けする。

が、この質問により緊張が解けたのか、冷静に無線のスイッチは入れる。

「よろしくノーマン。私の名はアレウス。ただのアレウスだ。」

遺体が名乗った瞬間ロウの顔色が変わり、話し出す。

「まさかあのアレウスですか!?かの『聖人ユディーナ』と共に各地を旅したという!?」

ロウが興奮したように語り出す。

ノーマンは相変わらず無表情で煙草を吸っている。

ロウの質問にアレウスは少し驚いたように答える。

「ほう、ユディーナを知っているのか。それに私も。その様子を見るに私達はかなり有名な様だな。教えてくれるか?私の事を。」

アレウスの頼みにロウが喜々として答えようとする。

それをノーマンが止める。

「歴史の授業は後だ、ロウ。まずは今の話をしよう。」

そう言いながらノーマンは煙草をアレウスに差し出す。

「吸うか?」

アレウスは差し出された煙草を受け取り、ノーマンが火を付ける。

「久しぶりだ。ユディーナと共に旅していた頃は無かったからな。」

アレウスが煙を味わいながら感嘆を零す。

ハイエンはその言葉に違和感を覚えるが何も言わない。

そんな中ノーマンが切り出す。

「改めて確認するがこの六体の遺体を作ったのは貴様か?」

ノーマンは直球で問う。

「そうだ。こいつらが眠っていた私を起こした。こいつらの装備から私の目覚める時代ではないと思い殺した。」

「目覚めるべき時代とは?」

「戦略兵器の適切な管理ができる時代だ。」

「上で起こった爆発はその戦略兵器か?」

「そうだ。」

「まだ目覚める時代ではないと考えたのに使った理由は?」

「こいつらの装備がチグハグだったからだ。武器は剣や弓矢でガッカリしたが、こいつらはここに入るためのカードや戦前のアイテムをいくつか持っていた。」

「それで爆発を起こし、調査に来た部隊からこの時代の技術力を確認しようした。という事か。」

「その通り。」

「なぜ俺達よりも先に来た調査部隊を殺さなかった?装備にあまり変わりはないと思うが?」

「走行車両と通信機が見えたからだ。それでもう少し観察しようと思ったのだ。」

「なぜ我々を攻撃した?」

「私の偽装がバレたのと君達の戦闘力を図ろうとしたのだ。」

「偽装した理由は?」

「遺体として運び出され、様子を伺うためだ。ここまで鋭い奴らがいるとは思わなかった。」

「この後はどうするつもりだ?」

「この時代の事が知りたいからな。君達に付いて行こう。」

ここまでやり取りをしながらノーマンは手応えを感じていた。

嘘を付いている様子はない。

とりあえずこいつを連れ帰り『聖人の遺体』捜索に役立てる。

そう考えていた時無線からレインの怒号が響く。

「敵襲!数は10~15!銃で武装している!警戒隊員が四人やられた!」

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