第13話





 婚約できて一安心したアスランだったがやっぱりクラリスとはうまく喋れなかった。敬語はやめて名前を呼び捨てにしてほしいとお願いするのが精一杯だった。


 このままではクラリスに捨てられてしまうかもしれない。


 そう危惧したアスランは、クラリスの前でことさら女の子に優しくした。クラリスの理想である「女の子に優しいかっこいい人」であることをアピールしたのである。


 しかし、これでもかとアピールしていたのに、クラリスは素っ気ないまま。しまいには、「婚約解消」だの「白い結婚」だのと言い出す始末。


 どうしてなんだ、と追いかけたアスランの耳に届いたのは、クラリスの「婚約するなら地味で誠実でクソ真面目な男がよかった」という嘆き。


 アスランは衝撃を受けた。


 クラリスの理想は変わってしまったのか。いや、女子がよく言う「恋人と結婚相手は別」って奴か。そうか。クラリスも理想の恋人と理想の結婚相手は違うんだ。


 そう悟ったアスランはすぐさまクラリスの理想の通りになろうとした。

 だが、やっぱりクラリスとの距離は近づかない。

 その後もクラリスの望み通りにしてみたのに、結果は「婚約解消してください」だ。


「なんでだあぁぁぁぁっ!!」


 地面を叩いて嘆くアスランに、クラリスより早く我に返ったのは周りで見ていた令嬢達だった。


「……ポンコツ」


 ぼそっ、と、セイラが呟いた。


「ポンコツですわね」

「見た目だけは良くて、中身はアレですわ」

「告白もせずに、結局侯爵家の力でゴリ押しってなんですの?」

「最低ですわ」


 令嬢達は冷たい目でアスランを見下ろした。

 そして、彼女達の心は一つになった。


 この男、どげんかせんといかん。


「立ちなさい、アスラン・ミューゼル!」


 アーデルが一喝すると、アスランはびくっと体を震わせた。


「いいですか? 貴方のそのどうしようもない勘違いと甘ったれた根性を、叩き直して差し上げます」

「クラリス様、少々お待ちください。わたくし達が全力でアスラン様をクラリス様にふさわしい男にしてみせますから」


 綺麗な笑みを浮かべた令嬢達がアスランを引きずって連れて行った。


 ちなみにこの時、クラリスは


「え? っていうことは、あの時に出会った子豚くんがアスランだったということ?」


 いまだにその時点で思考回路が停止していた。




 ***




 それから一ヶ月間、アスランは令嬢達による地獄の再教育を受けさせられた。

 一ヶ月の間、首から「私はポンコツです。餌を与えないでください」と書いた看板をぶら下げ、令嬢達に引きずられるように歩かされ(時には比喩ではなく引きずられ)、自分でものを考えずにクラリスの言葉の表面だけを受け取る悪癖と自分の手に余ったら父に泣きつく甘ったれ根性を散々に叩きのめされた。

 それはかつてのお茶会で心を折られた時よりも壮絶に、完膚なきまでに心をばっきばきにされ、心配して様子を見に来た父の侯爵までが「貴方が甘やかすからこんなポンコツに!」と正座で説教されるという地獄の一ヶ月だった。


 ちなみに、「餌」とはクラリスのことである。

 アスランの奇行によっていらんトラウマを植え付けられた学園の面々は、生徒会役員全会一致で「学園騒乱罪」で有罪、一ヶ月間のクラリス接近禁止を言い渡したのである。


 かくて、愛しのクラリスの姿を見ることさえ許されない日々を過ごしたアスランは、一ヶ月の再教育の果てに再会したクラリスの前にひざまずき、

「初めて会った時から好きでしたぁぁぁぁっ!!」

と絶叫したのである。


 それに対して、一ヶ月間いろいろ考えすぎて訳が分からなくなったクラリスは、

「あー……なんか、たぶん、私も好きな気がしてきた」

と答えた。


 そうして、長年のすれ違いを解消して、アスラン・ミューゼルとクラリス・シスケンは相思相愛の婚約者となったのである。



 ちなみに、「恋の雫」は隣国で女の子のお小遣いでも買える、人気のおまじないグッズである。




 完


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地味令嬢と恋の雫 荒瀬ヤヒロ @arase55y85

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