第12話





 アスラン・ミューゼルは侯爵家の嫡男として生まれ、これでもかと甘やかされて育った。

 何をしても褒められる日々で培われたのは幼児期特有の万能感の特大のやつだ。アスランは自分は何でも出来ると疑わなかったし、誰からも愛されると信じていた。


 その鼻っ柱が盛大にへし折られたのは六歳で初めて参加したお茶会の席だ。

 どこの貴族の子息子女も、皆きらびやかで愛らしかった。そんな彼らにも愛されて優しくされると信じていたアスランは、想像とは全く逆の嘲笑を浴びせかけられた。

 アスランは、盛大に甘やかされた結果、六歳にしてぶくぶくに肥えていたのである。

 きらびやかな子供達は自分達の空間に混ざってきた態度のでかい太った子供を、子供特有の残酷さで徹底的に打ちのめした。

 これまで甘やかされたことしかなかったアスランはあっさりと心を折られ、そこから逃げ出した。


 誰もいない庭の隅で泣いていると、一人の女の子が声をかけてきた。


「どうしたの?」


 アスランは心を折られたばかりだったので、その女の子も自分を罵倒しにきたのだと思い込んだ。


「あっちへ行け!」

「どうして?」

「うるさい!」

「む。そんな言い方したら、女の子に嫌われちゃうよ」


 女の子はアスランの横にしゃがみ込むと、アスランの頭をぽんぽんと撫でた。


「私の理想の恋人はね。「優しくてかっこいい人」なの! 女の子にも優しくなくちゃダメよ。 あなたはどんな恋人が理想なの?」


 女の子に尋ねられ、アスランは顔を上げた。

 目の前にはにこにこ笑う可愛い少女が、アスランをみつめていた。


 アスランはこっぴどく罵倒された直後だったので、優しく微笑んでくれた少女がまさしく天使に見えたのだ。

 かくて、アスランは恋の底まで一直線に落ちきったのである。


 それからアスランは生まれ変わった。

 父に頼み込んであのお茶会にきていた令嬢の中からクラリスの名前を捜し当てると、クラリスの理想の男になれるように努力した。

 体重を落とし、侯爵家の嫡男にふさわしい教養を身につけ、女の子には優しくした。

 そうして、かっこよくなったアスランはクラリスに婚約を申し込もうとした。

 だが、再会したクラリスは落ち着いた雰囲気の淑女となっていて、長年かけて煮詰まった初恋を抱えたアスランはクラリスの前だといつもうまく喋れなかった。

 このままではクラリスが他の男に奪われてしまうと焦った結果、父に泣きついて侯爵家の力でクラリスを婚約者にしてもらった。

 自分改造に成功したアスランだが、性根は甘ったれのままだった。




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