第6話




 アスラン・ミューゼルはその日一日おかしいままだった。


 東に廊下を走る生徒があれば競歩で追いつき「廊下を走るのは違反だ!」と注意し、

 西に授業をサボる生徒があれば「明日までに授業に出られなかった理由を原稿用紙四枚で提出したまえ!」と脅し、

 南に生徒をいびる教師があれば「貴殿の行為は教育者としての権利を逸脱している! 故にこのことは王立教育委員会に報告させていただく! 既に書類は用意してある!」と言って追い詰め、

 北に喧嘩やいじめがあれば「不当な暴力は法で禁じられている! 話し合いで解決しよう! 案ずるな! 貴殿等の両親は既に呼び出してある!」と言って青ざめさせ、

 着崩された制服を許さず、

 授業の始まる五分前に席に着き、

 皆に「アスラン・ミューゼルが狂った」と言われ、

 学園中の生徒及び教師の心胆寒からしめた。

 そういうものに、

 彼はなってしまった。


(何があったんだよ……)


 放課後の教室で、クラリスは頭を抱えた。

 今日一日、クラリスの元にはアスランの奇行が逐一報告され、その被害を受けた生徒及び教師陣から「あれをなんとかしてくれ!」と懇願されたのだ。そんなこと言われても。


 本当に何があってあんなに人格が激変しているのだろう。なんでも教師がミューゼル侯爵家に問い合わせて確認したが、昨夜、アスランが頭を打ったという事実はないらしい。侯爵家にそんな確認するなんてすごい度胸だが、確認したかった気持ちもわかる。


(昨夜までとは全く別人だもん……派手派手な軽薄男が一夜にして地味で真面目な青年に変わっただなんて。頭を打ったんでなければ、それこそ呪いか魔法かしか考えられない……)


 そこで、クラリスははた、と気づいた。

 派手が、地味に。


 昨夜、クラリスはそう願わなかったか?


 私だってどうせ婚約するならあんな派手な軽薄男じゃなくて、もっと地味で誠実でクソ真面目な男性が良かった。


 確かに、そう口にした。


 だが、ただ口に出しただけで、クラリスにはアスランを呪った覚えなどない。だいたい、クラリスには呪いも魔法も使えない。ただの偶然だ。


「……魔法……?」


 あっ、と声を上げそうになった。

 クラリスは慌てて胸元に手を突っ込んだ。

 そこに、昨夜ココナからもらった「魔法のペンダント」がある。


「恋の願いを叶える「恋の雫」……いや、まさか……」


 そんな訳がない。自分にそう言い聞かせるクラリスだったが、アスランのあの変わりようを他の要因で説明することは出来ない気がした。



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