第7話




 混乱するクラリスの元に、アスランが訪れた。


「クラリス、一緒に下校しよう」

「ひっ」

 

 クラリスは思わず小さく呻いて身を固くした。


「クラリス? どうしたんだ?」

「い、いえ……なんでもありませ……なんでもないの」


 動揺を隠して席を立ったクラリスだったが、今のアスランを直視することは出来なかった。

 そんなクラリスの耳に、「アスラン様!」と叫ぶ声が届いた。

 目を上げると、涙目のセイラ嬢がぶるぶる震えて立っていた。


「アスラン様! いったいどうしてしまったのですか! そこの地味令嬢に何か言われたのですか!? 地味令嬢にあわせてご自分まで地味にするだなんて、そんなのアスラン様のためになりません!」


 セイラはきっとこちらを睨みつけてきた。どうやら、彼女はクラリスがアスランを脅すか何かして言うことを聞かせていると思っているようだ。

 そんな訳がないだろう。どんな力を持っていたら子爵家の娘が侯爵家の息子を脅せるんだ。

 だいたい、今日のアスランは格好はともかく行動はまったく地味ではなかった。今日一日でどれだけの人間がトラウマを作られたか。


「アスラン様、目を覚まして……」


 セイラは目を潤ませてアスランの腕にすがりつこうとした。

 だが、アスランはその手をするりとかわし、セイラに冷たい目を向けた。


「セイラ・ソーントン男爵令嬢。俺の婚約者を侮辱するのはやめてもらおう! そして、婚約者ではない男性にみだりに触れるのはふしだらな行いだぞ! もう一度淑女教育をやり直したまえ!」


 どの口が。

 クラリスはそう思った。


 セイラは「そんな……」と悲しげに呟き、はらはらと落涙した。

 だが、アスランはそんな彼女にはいっさい構うことなく、クラリスに向かって手を差し伸べた。


「さあ、帰ろうクラリス」

「え……っと、私、ちょっと用事があるから先に帰っていて」

「いや、ここで待っている」

「あ、そう……」


 クラリスはアスランの横をすり抜け、泣いているセイラの肩に手を置いてそっと教室から出た。

 教室の外の廊下には、どうやら付き添ってきたセイラの友達がいたようで、わらわらと駆け寄ってきたので彼女達にセイラを託した。


「ごめんなさい。アスランが……今日はちょっとおかしいだけで、たぶん、すぐに元に戻ると思うわ」


 泣き続けるセイラにハンカチを押しつけて、クラリスは廊下の奥の階段を昇って、滅多に誰も来ない四階の踊り場でうずくまった。


「魔法なんて、あるわけない……」


 だが、アスランのあの変わりようは、普通とは思えない。


 もし、もしも、アスランが変わってしまったのが、クラリスの口にした他愛のない願いを「恋の雫」が叶えてくれたのが原因だとしたら。


「そんな訳が……」


 否定しながらも、クラリスは恐ろしくなって頭を抱えた。




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