第5話




 翌朝、クラリスはいつものように家を出て、学園へ向かった。

 いつもは校門でアスランが待ちかまえていて、朝の挨拶を交わしてから予定の確認をされるのだが、今日からはもうそんなことはなくなるかもしれない。

 そんなクラリスの期待は、綺麗に裏切られた。

 本日も、アスランはいつもとまったく同じく校門前でクラリスを待っていたのである。

 ただし、その光景はいつもとまったく同じではなかった。


「おはよう、クラリス! 今日の天気は晴れ! しかし、午後からは少しどんよりとした曇り空になるだろう! ただし、雨は夜まで降らないようだ! 明日の朝は雨上がりになるため、泥はねに気をつけるように! むっ。そこの男子! 制服の前ボタンはきっちり首まで留めたまえ!」


「……アスラン?」


「そこ! 道に広がって歩かない! 左端に寄り、二列ずつになりなさい! 他の通行人の迷惑にならないように!」


 普段はさらさらと流している美しい金髪をぴっちりとオールバックに固めて、いつもはラフに着崩している制服をきっちり第一ボタンまで留めてまっすぐにネクタイを締め、いつもの気怠げさは皆無の直立不動の立ち方で、何故かいつもは掛けていない瓶底メガネをくいっと持ち上げ、周りの生徒に指導を飛ばすアスラン・ミューゼルの姿に、クラリスは茫然とした。


「どうした、クラリス?」

「……いや、そっちこそどうしたの?」

「俺はどうもしていない! 普段通りだ!」


 嘘吐けや。

 クラリスは思わず心の中で突っ込んだが、同じ突っ込みをしたのはクラリスだけではなかった。


「なあ、あれって……」

「よく見たら、アスラン様じゃない?」

「どうしてあんな格好を……」


 周りの生徒達がざわめき出す。


「さあ、教室に入ろうクラリス! 遅刻はいけない!」


 誰もが戸惑う中で、アスランだけは堂々と胸を張っていた。


「ア……アスラン様!?」


 わなわなと震える声でアスランを呼んだのは、昨夜アスランを囲んでいた令嬢の一人、アーデル嬢だ。


「ど、どうなさったの? 何か、悪い呪いを掛けられて……?」

「むっ!」


 アーデルの姿を目にするなり、アスランが素早く動いた。


 さっと手を振り上げ、背中から取り出した——物差しを。


 カッと物差しを地面に突き、水平にして地面からの距離を測る。


「きゃあっ!」

「アーデル・ブンゲルハイト侯爵令嬢! 貴殿のスカートは規定よりも1.3センチ短い! リボンも曲がっている! クラリスの正しい着方を見習うように!」


 いきなり侯爵令嬢のスカート丈を測るという暴挙に出たアスランが朗々と述べる。


 令嬢になんてことを。


「さあ、行こう。クラリス」

「え?……ええ?」


 手を差し伸べられて戸惑うクラリスだったが、アーデルがへなへなと座り込むのを見ると思わずそちらへ駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「……わ、わたくし……わたくし……」


 アーデルは蒼白な表情でぶるぶる震えている。クラリスは彼女を助け起こすとアスランに目を向けた。


「……ブンゲルハイト侯爵令嬢を医務室へお連れしてから教室へ行くので、アスラン様はどうぞお先に行ってください」

「様付けはよしたまえ! 俺達は婚約者なのだから!」

「ああ、はい……」


 アスランが何かに呪われたのか何かよろしくないものを食べたのか何なのか知らないが、とりあえず関わりたくないとクラリスは思った。



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