第6話:慈母聖女

 私達を襲った盗賊団は総勢三十七人いました。

 人殺しにも慣れていたようで、躊躇いなく殺すつもりで襲ってきたそうです。

 ですが元はただの領民です。

 幼い頃から護衛として戦うための個人武術訓練や、領主軍幹部としての指揮戦術訓練をしてきた貴族家の武方家臣に、元領民の盗賊が勝てるはずないのです。


 武方家臣達はケガひとつする事無く盗賊団を捕縛するか殺すかしました。

 捕縛した盗賊に案内させてアジトから盗品を回収しました。

 時間は大切ですが、殺された人の思い出の品くらいは遺族に返してあげたい。

 母上がそう言われたら、誰も反対などできません。

 女子供には見せられない現場ですが、アジトには囚われた女性達もいたのです。


 武方家臣が女性達を助け出し盗品を回収しました。

 更に時間は潰れてしまいますが、助け出した女性達を次の街の守備隊に預けたり盗賊達を引き渡したりしなければいけません。

 私には盗賊団の討伐報酬も捕らえた盗賊を犯罪者奴隷にする代金も不要です。

 そんな些細なお金くらい宝石を創り出せば直ぐに手に入ります。

 私はお金を辞退してでも急いで領地に戻り国外に出たかったのですが、母上の慈悲の心がそんな予定を吹き飛ばしてしまいました。


「どういう事ですか、彼女達は被害者ではありませんか。

 それなのに奴隷にならなければいけないかもしれないなんて、酷過ぎますよ」


 母上様が珍しく烈火のような怒りを表情にだしています。

 今の母上様には絶対に逆らってはいけません。


「伯爵夫人の仰る通りでございます。

 我々も彼女達を不憫に思っております。

 ですが一度盗賊達に身体を穢された彼女達は、家族がどれほど大切に想っていようとも、田舎の村では普通に暮らしてはいけないのです。

 それに、家族の中にも彼女達を疎ましく思ったり蔑んだりする者もいて……」


 とても腹立たしい事ではありますが、これがこの世界この国の現実です。

 血統と貞操を貴ぶ王侯貴族の考えが民にも影響を与えてしまっているのです。


「そうですか、よく分かりました、ええ、分かりましたとも。

 だったら私か彼女達を引き取ります。

 ブートル家が責任を持って彼女達を召し抱えます。

 必要なら一旦買い取って解放奴隷にします、それなら何の問題もありませね。

 それでよろしいですわね、貴男」


「ああ、君の好きにすればいいよ、私は君の慈愛の心を邪魔したりはしないよ」


 賢明な父上様は今の母上様に逆らうような無謀な事はされません。


「いえ、いえ、まだ彼女達は家族に売られたわけではありませんから。

 彼女達が望めばどこにでも好きに行くことができます。

 それに助け出された伯爵夫人は彼女達の家族に礼金を要求する事もできます」


 これも哀しい事ですが、この世界この国では戸主権限が強いです。

 本人の承諾なしに奴隷にして売る事はできませんが、忠孝が推奨されているので、どうしても戸主の父親や兄に命じられたら、自らすすんで奴隷に身を落とす者が出てきてしまいます。

 普通なら彼女達には不幸な未来しかなかったはずなのですが、母上に出会えたことで運命が激変しましたね。

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