第11話 さらば、アイシア

「……そうか」


 アイシアの話を聞いた俺は、なんと言ったらいいか分からず、そんなことしか口に出せなかった。


(アイシアには俺が捨てたせいで辛い思いをさせたようで申し訳ない……今こうやって幸せだと言ってもらえるのは奇跡かもしれない)

(オリンピアもそう言っていたが、俺の作った肋骨人形たちは俺が作った時点では心が生じていなかったようだ。何がきっかけで心が生まれたんだろうか?)

(それに、アイシアのこの国を守りたいという思いは伝わった。俺はそれを後押ししてやりたい)


「アイシア、改造してもいいか? 正直そんな低品質の外部接続は見てられない」


「はい。お父さまの腕なら確かですからね」


「……あと、アイシアに使われてる俺の肋骨を少しだけ削っていいか? 肋骨を少しずつみんなから集めて、復活させたい人形があるんだ」


「もちろんですとも。お父さまなら悪いようにはしないと分かっていますから」


「そうか。ありがとう」


 俺はまず騎士団長に切り落とされた自分の両腕と義腕を直して、アイシアの改造にとりかかった。アイシアだけでなく王都まるごとの大改造が必要で、1ヶ月ほどかかった。規模が大きいというだけで、仕組み自体は俺の技術の粋を集めた最新の人形製作に比べたらたいしたものではないので、朝飯前であった。


 俺はアイシアの下半身を作り直したし、アイシアが自由に動けるようにしてやった。ついでにアイシアの右腕に刻まれた魔力刻印も俺製のものに書き換えた。


 なんなら俺はその気になればアイシアがいなくてもこの街が成り立つように改造してやった。

 アイシア自身の手でこの街を守りたいという彼女の気持ちには反するかもしれないが、勝手ながら街の構造としてはそうしておいたのだ。


 結界システムも生活インフラシステムも魔力供給のみを外部に依存して残りは自動で動くように切り替えた。定期的に魔力貯蔵用の魔石に魔力を流してやれば良いだけだ。これはアイシアじゃなくても魔法使いを大勢集めればできることだろう。


 まあ、アイシアがいた方が各システムの仕様変更もできるから彼女がアイヴィルにいた方がこの街にとって嬉しいのは変わらない。


 そこから先はアイシアの選択だ。俺はアイシアの生みの親として、彼女の選択肢を広げるようにしてやらなくてはならない。


 その上で、俺はアイシアに聞く。答えはもうわかっていたが、聞かずにはいられなかった。


「アイシア。改造が終わったよ。その気になれば君はこの街を出たっていいんだ。俺と一緒に来ないか?」


 アイシアは、嬉しいような、困ったような顔をして言う。


「お父さま、ごめんなさい。その気持ちはとっっっても嬉しいです。ですが、私はこの街に留まります。たまに会いに来てくれると、嬉しいです」


「あぁ。そう言うと思ったよ」


「絶対また会いに来てくださいね。来てくれないと、泣いちゃうかもしれません。あ、変わりと言ってはなんですが、ティーシアさんを連れていってあげてください」


「ティーシアを? ってかアイシアはティーシアのこと知ってたんだ。まあ、それはそうか。この街自身がアイシアみたいなものだしな」


「えぇ、この街のことなら大体わかります。それに、こう見えて私は結構この国では偉いのです。騎士団に言ってティーシアさんをあなたの専属騎士とするようにしておきます」


「そりゃあ初代王女様なんだから偉いでしょ。うーん、別にティーシアはいらないけどなあ」


「そこをなんとか。可愛い娘のお願いです」


「むむ、そう言われたら仕方ない。いいよ」


「ありがとうございます」


「でもなんでそんな俺にティーシアを連れてって欲しいの?」


「お父さまがこの街の改造作業をしてくださっている間、ノートお姉さまと色々とお話ししてました。それで、二人とも、お父さまにはティーシアさんが必要だなって」


「ん? よくわかんないな。別に必要ではないけど」


 アイシアはにこにこと笑うだけでそれ以上説明してはくれなかった。


「そうだ、お父さま。少し前に……と言っても百年ぐらい前ですが、私のお姉さまもこの街にいたのですよ」


「へぇ、誰だい?」


「リリさんとララさんです」


「あぁ、この間ノートに教えてもらってね。その双子のことも覚えているよ。今どこにいるの?」


「それが……私にも分からないのです。どうしてもやらないといけないことが出来たと言って、この街から出て行きました。二人別々で、過去と未来に行く、と言ってました」


「過去と未来? 文字通りの意味か? だとしたら俺でさえまだ開発できていない時間旅行の魔術を使えるのかな。すごいな、それは。あの二人は魔術特化で作ったし十分あり得る」


「そんなにすごい方達だったのですね。独特というか、捉え所がないというか、ふわふわした感じのお姉さま方でした」


(時間旅行の魔術は構想自体は古くからあるが、実現したものは誰一人としていないはずだ)

(俺も何度もアプローチを変えて理論化を試みたことがあるが、どれも頓挫した)

(もしリリとララが時間旅行魔術を開発したのならば話を聞きたいものだな)


「ふーん。まあ、そのうち会えるかもしれない。そうだ、アイシアの改造も終わったし、俺の肋骨をちょっともらっていいか?」


「もちろんです。どうすればいいですか?」


 俺は人形製作用の台と義腕を〈収納ストレージ〉から取り出す。


「その台に裸で寝てくれ」


「はい」


 アイシアはするすると服を脱いで台の上に仰向けになる。俺は義腕で補助しながらアイシアの胸を切り開いた。心臓あたりに埋め込まれた俺の肋骨を目視すると、慎重に小さな破片を削り取り始めた。


「あ……あっ」


「痛いか? すまない、すぐ終わる」


「だ、大丈夫、です、あんっ……えへへ」


「どうした? そんなに笑って」


「なんだか、お父さまに私の大切なところを触られているのが嬉しくて」


「そうか」


 そうしてアイシアから俺の肋骨の欠片を取り出すと、胸を傷跡も残らないように元通りにした。


「大丈夫か? 特に変わったところはないか?」


「はい、大丈夫です」


「不調があったらすぐに言うんだぞ」


「はい……あ、やっぱり」


 アイシアはふいに、台の上から上半身だけ起こして俺に抱きついてきた。


「どうした? どこか痛むのか?」


「いえ、そういう訳ではないのです。でも、もう少しこうしていてもいいですか?」


「あぁ、構わないよ」


 そうして俺はしばらくアイシアの頭を撫でておいた。



 次の日、アイシアの計らいで王城内の一室に泊まっていた俺のところへ、ティーシアが慌ただしくやってきた。俺はここのところひたすらアイシアの改造作業に没頭していたので、ティーシアとはしばらく会っていなかったのだが、きっと昨日アイシアの言っていた俺の専属騎士になるという話だろう。


「ベル! ベル! これは一体どういうことだ!」


「ティーシア、久しぶり。1ヶ月ぶりぐらい? どうしたの?」


「どうしたの、じゃないだろ! さっき国王に呼ばれてだな! ついに首かなと覚悟して行ったんだ!」


「ちょっと落ち着けよ。ほら、深呼吸して」


 ティーシアは律儀にすーはーと深呼吸する。


「それで?」


「それで、それでだな! 行ってみると、叙勲式が行われて……私のだぞ!」


(こいつ全然落ち着いてないな)


「そしてだな! 友好国駐在騎士部隊の新設が発表されて、私が部隊長だと! 私がだぞ!」


「おぉ、なんかよくわからないけど、良かった……のか?」


「部隊長だぞ! とてつもない昇級だ! まあ、それはいい、それで、私の職務がベルの騎士となることって、これはなんだ! ベルはどこかの国の王子だったのか!?」


「いや、違うけど」


「やっぱり……って、違う!? 何を言っているんだ!?」


(騒がしい奴だな)


「よくわからんけど、ティーシアは実家に帰って嫁がなくてもいいだけの実績を得たってことだろ?」


「あぁ、そうだ! その通りだ! よく分からないが、やったぞ!」


 ティーシアは喜びのあまり赤ちゃんに高い高いをするように俺を持ち上げる。


「離せ離せ。まあ、良かったじゃん」


「そうだ、良かったのだ! って違う! ベル、君は一体何者なんだ?」


「何者って……そんなこと言われてもな」


「マスターはヴィルノード王国の初代王女の父ですよ」


 ノートが見かねて補足する。


「なるほど、初代王女の父……え? どういうこと?」


 そうして俺はティーシアという新しい仲間を得て、しばらくアイヴィルに滞在し、その後次の肋骨人形を目指してアイヴィルの街を立った。


 その気になればアイシアのお願いも断ってティーシアを置いていく事も出来ただろう。アイシアは俺好みの人形に育っていたし、無理やり連れていく事もできただろう。

 たが俺はそのどちらも選ばなかった。


 俺の人形とはいえアイシアの考えを尊重するし、人形じゃなくてもティーシアなら一緒にいてもいいだろう、そう俺は思えた。




第1章 人形再会 アイシア編 完

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7000年人形を作り続けた引きこもり魔術師、外に出て世界を救う イカのすり身 @ikanosurimi

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