第10話 アイシアの過去

 お父さまに捨てられたあと、私は、あてもなく歩き続けていました。あ、これはお父さまを責めているわけではありません。この時の私にはまだ心も芽生えておらず、お父さまに捨てられたことも分かっていませんでした。お父さまの存在すら認知していたか怪しいです。この時の私の記憶は、薄い靄がかかったようで、ちゃんと思い出すことができません。


 ですがその後、誰かに捕まって身を売らされていたように思います。私は妊娠しないので都合が良かったのでしょう。笑わないし喋らなかったと思いますが、顔は良いいですからね。だってお父さまが造ってくれたんですもの。それはもう多くの客がついたでしょう。


 どのぐらいの期間そうしていたか分かりませんが、汚いテントの天蓋や、染みだらけの天井を覚えています。多分色んな街を巡って売られていたんでしょう。どんな人かも覚えていませんが、私の所有者も何度も変わったように思います。私が覚えているのは、行為の最中に地面を歩く虫を眺めていたとか、遠くから聞こえる梟の鳴き声に耳を傾けていたとか、そんなことばかりです。


 そんな時に一人の少年が私を連れて逃げ出しました。彼がどうやって私を知ったとか、いつ出会ったかとかは覚えていません。ですが彼は屈託なく笑う少年で、彼のそばにいると何だかすこしほわほわしました。


 彼は小さいにも関わらず凄まじい剣の腕を持っていて、冒険者として私を養ってくれました。その時の私もずっと空っぽだったので、喋ったり笑ったりしなかったと思いますが、彼はずっと私に笑いかけてくれていたように思います。


 そうして数年の時が流れました。


 ……あれは、満月の夜でした。彼は私を見てこう言ったことを、はっきりと覚えています。


「君は変わらないな。もう俺の方が背も大きくなってしまった……一緒に、歳をとりたかったな」


 理由は分かりません。ですが、その時私に心が芽生えました。それからのことは全て鮮明に覚えています。その言葉を聞いて、急に涙が溢れてきたことも覚えています。恥ずかしいので正確には言いたくないのですが、私は、見た目は変わらなくても、あなたと一緒にいることで中身は一緒に成長しているわ、というようなことを言いました。


 この時に私は自分の名前がアイシアであることも思い出しました。お父さまからもらった名前です。ふふふ、おかしいですよね。何年も一緒にいたのに、私と彼はここで初めてお互いに自己紹介したんですもの。彼は、アレクセンという名前でした。


 それまでの私はずっと、宿屋とかの部屋に一人で残されているか、アレクセンに守られながら後をついていくだけでした……まあ、足を引っ張るだけのお荷物ですよね。ですがその後からはもう違います。お父さまから頂いたこの丈夫な体を生かして、私も冒険者になりました。魔法も簡単に使えるようになりました。きっとそれも、お父さまのおかげですよね。そうしてアレクセンと私はパーティーを組んで、色んな依頼をこなしていきました。仲間もどんどん増えました。国を跨いで私たちのパーティーの名声は広がっていったと思います。どの街に行っても、ヒーローのように持て囃されました。ちょっと、恥ずかしいですけどね。


 ちょっと話は変わりますが、このヴィルノードができる前、この辺りには元々三つの国がありました。ですが、シンドラ山に皇龍ゴスドランが住み着いて辺りの街を襲うので、それらの国は三つとも崩壊寸前になりました。


 ……まあ、色々ありまして、アレクセンや私、そして他の仲間たちと共に、皇龍ゴスドランを倒しました。そのあと小国の生き残りを集めてヴィルノード国は生まれたのです。アレクセンはあれよあれよと言う間に国王に祭り上げられてました。ふふ、彼は国王なんて柄ではなかったと思いますけどね。それでも、彼は国のために一生懸命でした。だからこそ、民もアレクセンに従ったんでしょうね。私はアレクセンと結婚して王女になりました。これも柄ではないと思いますが、そうなってしまったものは仕方ありません。


 そうして数十年が経ち、アレクセンは私を残して亡くなりました。あ、老衰による大往生ですので、心配なさらないでください。私は子供を作れない体にも関わらず、アレクセンの正妻でした。アレクセンに何度もお願いして側室を作ってもらい、子供も出来ていたので子孫の心配はありませんでしたけどね。


 それで、アレクセンが死んで私は思ったのです。私は子供を作れませんが、この国が私とアレクセンの二人で作った子供だったんだなって。私はこの王都と一体化してこの国を守っていくことを決めました。結界を始めとする防衛システムや、食糧生産や民の生活インフラとかを私が管理してまいます。アレクセンが亡くなった今、母親として、私がしっかり子供たちを守らなくてはなりません。


 お父さま、ありがとうございます。私をこの世界に誕生させてくれて。今、私は幸せです。丈夫な体に作ってくれて、感謝しています。もしお父さまが私を捨てたことに罪悪感を抱いているのなら、全て許します。私は、私の選択でこの部屋から出られなくなることを選んだのです。だから、お気になさらないでください。私の姿をみてお父さまが怒ってくださったのは、ちょっと嬉しかったです。私にはそれで、十分なのです。

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