第30話【エピローグ】

【エピローグ】


『精霊の里』への帰路は、予想以上に険しかった。というのも、俺がまともな体力までをも魔力に回してしまったがために、全身が怠くなってしまったからだ。

 僅かな傾斜を乗り越えるだけでも息が切れるし、木の根に躓くやら、枝葉に額をぶつけるやら、石で足を滑らせるやら、まあ悲惨だったわけだ。

 極々軽い傷ばかりだったので、キリアがすぐに治癒魔法をかけてくれたが。


 ちょうど泉と『精霊の里』の間だろうか。ひらり、と明るい光球が、俺たちの周囲を飛び回った。数は二つ。その光球は、先頭を行くキリアの前で滞空し、姿を露わにした。精霊、すなわちリンエルの仲間だ。


「失礼致します」

「あんたたちは?」

「わたくし共は『精霊の里』より皆様の支援と誘導に参りました。皆様の疲労軽減と、都合のよい道のりのナビゲーションを行わせていただきます」

「そ、そいつぁありがてぇな……」


 俺が右胸を軽く押さえながら呟くと、


「おっと、ドン様はお疲れのようですね。治癒を」


 と言って、二体のうちの片割れが俺の周りをぐるぐる回りだした。目で追おうとしたが、途中で気分が悪くなったので止めておく。


 じっと目を閉じていると、足元から頭頂部に至るまでが、ひんやりとした感覚に包まれた。疲労で腫れた部位に、炎症緩和の薬剤を塗り付けるのに似ている。

 俺が一度、大きく深呼吸をすると、身体はすっかり元通りになっていた。右胸には鈍痛が残っていたが、もはや致命傷でも何でもない。


「ありがとう、感謝するよ」

「とんでもありません。ドン・ゴルン様、あなたはこの世界の安全維持に多大な貢献をなされたのです。むしろ、この程度の処置しかして差し上げられず、申し訳ございません」


 俺は気にするな、という意味合いで手をひらひらさせた。同時に、キリアの後頭部を見遣る。リンエルも精霊なら、同じくらい俺に感謝してくれてもいいくらいだ。


 そうこうするうちに、俺たちは『精霊の里』へと再び辿り着いた。


         ※


「たっだいま~!」


 キリアの眼帯の内側から、リンエルが声を上げる。周囲がざわめいた。


「おお! キリア様がお帰りになったぞ!」

「ドン様とデッド様もいらっしゃる!」

「おい、早くお水をお持ちしろ!」


 すると、リンエルはすぐさま沈黙してしまった。今度は自分が、蚊帳の外に置かれたように思ったのだろう。


 コップに入れられた水が、宙を滑るようにしてやってくる。そばには長老の姿もあった。


「よくぞ戻られた、皆様!」

「あっ、長老!」


 真っ先に声をかけたのはキリアだ。


「皆無事ですか? 亡くなった精霊さんはいませんか?」

「はい、皆軽傷で済みました。ご心配に感謝致します」

「それはよかった。ところで――」


 キリアは自分たちの身の振り方について、淡々と説明した。『シャドウ』を反省させ、悪意のない純粋な『魂』にしてから現界に住まわせる、という計画だ。


「つまり、あなた方はまだ危険な冒険をお続けになる、と?」

「はい。僕とリンエル、マスター、それにデッドの四人で」


 ふうむ、と唸る長老。片手を顎に当て、じっと考え込んでいる。


「ど、どう、ですか?」


 沈黙に耐えきれず、キリアが声をかける。すると長老は、『極めて合理的かつ倫理性の高い行い』と評した。


「しかし、極めて危険性の高い任務になるでしょうな。ただでさえ、あの『シャドウ』を敵に回し、本来の『魂』と分離させると仰るのですから……」

「覚悟はしています。でも、怖くなったんです」

「怖い?」


 そう問い返したのは俺だ。怖いなら、こんな任務を自らに課そうとは思わないだろう。だが、その怖がっている内容が、俺の予想とは大きく違っていた。


「もしかしたら僕、いや、僕の仲間たちが『シャドウ』に魅入られ、暗躍させられているかもしれない。それが怖いのです。早く、一刻も早く『魂』を分離してあげなければ」

「左様ですか……。そこまでお考えであるのならば、わたくしに止める権限はありますまい。もちろん、助言はさせていただきますが」


 長老は厳しい表情を崩さずにそう言った。


「よかった。僕は長老の、『ひとまずやってみろ』という趣旨の言葉が欲しかったんです。ありがとうございます」

「えぇ?」


 唐突に礼を述べられ、妙な音を発する長老。


「大丈夫ですよ、僕たちは。少なくとも、僕にはお父さんがいますから」


 ちらっ、とこちらを一瞥するキリア。『お父さん』って……。馬鹿野郎、こっちが恥ずかしくなるじゃねぇか。


 しかし、不思議とそれは不快な感覚ではなかった。『父親』として紹介してもらえたのだ。たとえ、血縁関係のない少女の言葉であっても。


『魂』と『シャドウ』の話ではないが、俺は自分の心から汚いものが排されていくのを感じた。


「ね、お父さん?」

「おう、後方支援は任せとけ」


 そう言って、俺はにやりと、キリアに笑みを返してやった。デッドはやれやれとかぶりを振っている。


「何とかなるさ、いや、今度こそ何とかしてみせる」


 それは、俺が妻と娘の死を受け入れられた瞬間でもあった。

 悲しくないわけがない。だが、今のパーティメンバーにだって、実の家族と同じくらいの絆が生まれた。


 俺はそれを、静かな喜びとして噛み締めようと思ったのだ。

 これから先の人生を、この新しい家族と共に過ごせると信じて。


 THE END

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キリア -the Shadow Breaker- 岩井喬 @i1g37310

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