成り下がりのイルガ

『死ねばいいのに』


 群がられた虫に言い放った。


………………

…………

……


 イルガ。男。1歳。


『(物心つくのには早いと僕も思った)』


 でも、ついてしまったものはしょうがない。


 ついでに世界を救えやら、魔王を封印しろやら、産まれる前から運命さだめられていたこともしょうがない。


 俺、勇者になる…ーーーと思ってた。


『何をバカな』『まったくです』


 幼くして両親がいない俺(0歳)には、おばあちゃんとおじいちゃんが親代わりに育ててくれていた。


『(あれ?これ俺のシーンだよな?)』


 今、夢の中で神に、自分の運命について懇切丁寧こんせつていねいに説明されて、受け入れてたのに。


ーーーなんで、じいちゃん&ばあちゃんいるの?


『ここ、俺の夢だよね?』


神『うん。そうだね』


 神も苦笑い。


『おぉ…!

 イルガが喋ったぞ、ババア』

『天才だわ!ジジイ』


『『殺すぞ』』


 夢で喧嘩するなよ。


神『あのー、今、おたくのお孫さんと大事な話の途中なのでー…』


 神、弱腰すぎだろ。


『あ?だから、儂が魔王倒すってんだろ?』


神&俺『『…え?』』


 え?


『もう耄碌もうろくしたんですか、ジジイ』

『私が倒しに行くんですよ』


 何をーーー


『可愛い孫に危ないまねをさせられ』ねぇよ』ません』



ーーーということで、イルガの勇者の物語は、始めっから無かったことになる。


 3年後、


 イルガの祖父クリードと、祖母アンネが魔王軍を壊滅し、


 四天王と人間国との間に不可侵条約を持たせ、


 魔王を倒して残骸ざんがいごと封印した上に異空間に送ったとの報告が王都でされた。



ーーーそして、おじいちゃんとおばあちゃんは英雄となる。


………………

…………

……


 祖父母が英雄認定されました。


『いやいや!』


 イルガ。4歳と少し。


 言葉をすぐに理解して覚えれることに、驚きを覚え始めた頃。


『今は家名とかの話じゃないでしょ!?』


『儂はいいんじゃが、イルガの今後のためになぁ…?』『ですねぇ…?』


『パーティーに呼ばれているなら言ってよ!』


 この2人マジで俺に甘い。


 俺の代わりに魔王を倒すくらいに甘ったるい。


『服はどうすんの!』


 元々、辺境の村で育った2人には王都のパーティーに招待されても、行ける衣装がない。


『しかしの?』

『お主に婚約者ができた時に、家名が無いのはなぁ?』『ねぇ?』


 ……年中、家名について悩んでるんだ。この老人ども。


『それより!服!!』

『あと1時間後なんだろ!?』


ーーーなんとか、服は用意できたが、マナーやしきたりを教わっていなかったイルガは大恥をかくはめになる。




『思えば、良い思い出だったのは、この頃だけだ』


『ぁ~?

 俺との生活は良くないのか?悲しいぜ』


 無骨ながらも手心が感じられる料理を挟んだテーブルの、向こうに座る男に答えた。


『せっかく、話してくれたのが愚痴かよ』

『だが、嬉しいぞ』


 男はイルガの髪をわしゃわしゃとでた。


………………

…………

……


ーーー2年前に、祖父母が暗殺される。


 おつかいから帰ってきた俺に待っていたのは、バラバラになった死体。


『じぃちゃん…?』

『ッ、ばあちゃ…うおぅぇええ!!』


 じいちゃんの遺体は、まだ原型が残っていたが、ばあちゃんの遺体はぐちゃぐちゃだ。


………………

…………

……


 勇者として産まれるはずだった。


ーーー魔術師の祖父グリードと、その師の立場にあった祖母アンネが代わりに魔王を倒したため、運命の輪から外れる。


 魔王を倒すという快挙かいきょが認め、亜人の血を引いていた祖父母に対して、異例の英雄認定、貴族になる。


『……本来なら勇者確定なのに、すまん』


 イルガの現在の保護者である、騎士団長サイトウ=ユウヤは苦々しい顔で笑う。


 守るべき国の嫌な側面を知っている騎士団長は、非常に心苦しい気持ちであった。


『いいよ』


ーーー家に帰ると祖父母が何者かに殺されて、死体が展示されていた。


 葬儀はとどこおりなく行われる。


 平民だったことが原因で、貴族にうとまれていたイルガは、すぐに屋敷から撤去てっきょ命令が出される。


 イルガは抵抗したが、


 英雄として貰った地位や、屋敷、報償ほうしょう金は、すべて祖父母の功績こうせきだという暴論を突きつけられ、孤児院へ送られる。


 孤児院では元貴族ということで、陰湿いんしつなイジメに合うが割愛させていただく。


『神に見離されたと思った』


『実際、神がいるって分かっている分な』


 神に会ったことがあるのは、イルガだけではない。


ーーー神に会ったことがあると、ぽつりと孤児院のクソ神父に話してしまって、虚偽の罪で罰を受けることになった数日後に、ユウヤに会った。


 ユウヤは、お堅い騎士のイメージとは違って、なんていうか軽い


『でも、話しやすい』


『なんか言った?』


『食べながら喋るな』


 拾われた身の俺を、ユウヤは対等に見てくれる。

 だから、俺も遠慮はしない。


『イルガの料理が上手過ぎるせいだ』


『ユウヤが…』マズイんだよ。


 イルガに残っていた良心が、その先を言うのは止めさせた。



 本当の父さんなら、これくらいの年齢かもな……とイルガは少しだけ考えた。


………………

…………

……


『ユウヤとの10年間は楽しかった』


『ごめんな』


『一緒に……』


『ごめんな』



 最後の会話はさびしく終わる。


………………

…………

……


 ユウヤのコネで、見習い騎士から始まった5年間。


 勇者としての素質があった俺は、3年で役職につき、2年で副騎士団長補佐にまで登った。


『団長の反逆により、団長の部隊は取り調べを受けて貰う』


 訓練中に怪我をして療養りょうようしていた俺が、復帰した時に言われた。


『嘘だろ』『そんな…』『どうして…!』『なんで』


 朝の集会で、広場に整列していた騎士達はざわめく。


『(ーーーどうでもいいっ!!)』


 俺は、ユウヤに会いに行く…!


 あいにく、騎士団長の部隊ではなく、それなりに地位が高かった俺が、牢屋ろうやとらわれたユウヤにすんなりと会うのは容易たやすい。


『…訳があったんだろ?』


『すまない、迷惑をかけた』


『ーーー訳があったんだろっ!』


 鉄格子てつごうしを叩く!


『処刑は決まった』

『関わるのは、よせ』


 ユウヤは、


 長期任務中に交代に入った副団長を殺害。


 配給に薬を混ぜて、自分と副団長の部隊を壊滅。


 周辺の森への放火。


をしたことになっていた。


『…なわけないだろ!?』


『……』


 くそっ、だんまりか…


『なら、俺が調べる『魔族だった』…ぁ?』


 やっと、話す気に…『副団長が魔族だった。いつからか分からない。部隊は魔族の夜襲によって全滅。俺が全ての魔族を殺した。まだ、残党が騎士団にいるかも分からない』


 ユウヤが話し始めたと思うと、勢いよく話し出す。


『ーーー信じられないだろ?』

『俺だってそう『いや、別に?』……?』


『信じるさ、家族だろ?』

『ユウヤのことを父親だと思ってる』


『っ……ごめんな…』

『お前の祖父母を殺したのは魔族らしい。あいつが最後に喋った』

『ごめんな』


『そんなことは、どうでもいいよ』

『逃げよう』




ーーーユウヤの刑も滞りなく終わった。


 今までの功績から、死体をさらされることは無かった。


………………

…………

……


 実力で選ばれた地位だが、死にたい気分だ。


『こんな騎士団の団長など、やりたくはない』


『そう言わずに~』


 側近が、俺より有能なのが気に食わない。


『ユウヤも大変だったんだなぁ』


『そりゃあ、団長は大変でないと』


 こいつの良いところは、裏切りの騎士団長の話をしても、変わらないとこだ。


『お前、団長やらない?』


『お断りします』


 剣の腕は5番手ぐらいだけどな。


『今日も魔族を殺しまくるか』


『お供しますよ』


 ユウヤは騎士団の中に魔族がまぎれている可能性を言っていたが、俺の鼻には誰も匂わない。


『今日は北だ』


『さすが【魔族殺し】のイルガ団長!』


………………

…………

……


『キャアアア!!誰か!誰か!?』


『うるせぇ』


 フラーが死んだ。


 目の前の魔族を足止めするために犠牲ぎせいになった。


 最後まで俺を信じてくれた良い側近だったのに。


『あんた!』

『私にこんなことしてタダで済むと思って無いでしょうね!?』


『思うかアホが』


ーーー指をした右腕ごと切り落とす。


『ギャアァッ!!!』


 魔族は頭の上から真っ二つにすれば死ぬ。


『この国の姫よ!?

 あなたが守るべき王族よ!』


『か弱い姫が腕を切り落とされて、平然としている訳がねぇだろ』

『ーーー死ね『ラーナ!』『お父様…!』…チッ』


 さっさと殺すべきだった。


『娘から離れろ!この不届きーーーぐぉっ!?』


『(乗り移った)』


 魔族の匂いが、国王に移る。


『(…とりあえず、姫の腕を縛らないと出血死する)』


『ーーーコノカラダハナレないな』

『やはり、長年、いていた身体が一番だったが……それではなぁ』


 国王を乗っ取った魔族が、前の身体であった、気を失っている姫をゴミを見るように見る。


 剣を取り、国王にせまる!


『おっとぉ、


『『『『『王様!』』』』』


 来てしまったようだなぁ?』


 向こうの廊下から、俺が流した嘘の情報で離れていた近衛騎士達が走ってくる。


『大人しくしたら、死刑はしないでやらんこともないぞ?』


 国王は、俺の剣をギリギリで避け続けながら、みにくく笑う。


『ーーーこの反逆者を捕らえよ!』


 ついに、姫の部屋にまで駆けつけた近衛騎士団が国王を囲んで、俺に剣を向ける。


ーーーそして、5人の騎士が一斉に俺に迫る。


『お前を国に残すほうが、俺の命より、危険だ』


 無詠唱。跳躍。再び跳躍。加速。


『は?なにをーーー』


ドサッ…


 近衛騎士達が国王を守る中、一瞬で、その守りの内側に入った俺に誰も反応できず、国王の首が落ち、現場は静まり返った。


………………

…………

……


ーーー結果として、


 死刑はまぬがれたが、現在の状況はギリギリ。


『あなたの話が本当なら』


 数年ぶりに自己意識に戻れた姫が言った言葉だ。


 目覚めたら身体は成長していて、傷痕だらけで、右腕が義手の状態。


 発狂していないのが不思議だろ。


『時間を与えます』

『その間に、状況説明をして貰いますから』


『分かった』


『少しでも問題を起こしたら、すぐに死刑です』


『分かってる』


ーーー実は嬉しかったりする。


 ユウヤと同じ状況で、国を守るためにやった行為で捕まったんだ。


 後悔こうかいはなく、自分の行動を誇りに思う。


『この世界の人間に恩はないが、情がある』

『イルガ、あとを任せてもいいか?』


 最後の、本当に最後に言ってくれた言葉、それだけが俺を生かしてくれーーー


『聞いたか?』

『近くの村が魔族に襲われたらしい』


 一瞬だけ聞こえた会話の内容に不穏なものを感じ取り、イルガは自身に強化魔法をかける。


『情報統制されてはいるが、既に魔族に支配されたってさ』


 五感を強化し、

 牢屋の最深部から、かなり離れた場所にいる衛兵の会話を聞き取ることに成功した。


『周辺の街にはやまいで通っているんだろ?』


『なんだ、知ってたのか』


 どうか、生き残っていてくれ。


ーーー手刀。


 檻を構成している鋼鉄は、科学が発達していないこの世界でも、魔法によって合成されており、素手では物理的に破壊できない。


 イルガには勇者の素質があり、騎士団長になるまで、積み上げていた訓練が、その行為を成功させていた。


『勇者は人間ではない』


 あの日、最初に神に言われた言葉だ。俺も、そう思う。


ーーーまだ、死ねない。


 脱走した騎士団長イルガは、魔族に襲われた村の住民を皆殺しにする。


 そして、村を全焼させた。




 王を殺した反逆者、脱獄した犯罪者、村を焼く放火魔、人の首を斬り落とす連続殺人鬼、王国5人目のS級指名手配犯、奴隷商・闇ギルドからも狙われ、


 勇者になるべき男の人生は堕ちていく。

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