【殺人アート】を築いた芸術家

 パンッ


 街を歩いていた男の右手を弾丸が貫いた。

 

ーーー男は驚きも痛がりもせず、自分の穴が空いて歪になった手を太陽にかざす。


『これは、なかなかに見事』


『【芸術家アーティスト】から袋が落ちたぞ!』

『一斉にかかれぇーっ!』


 男の周辺を歩き、射撃音と共に男の手から血が流れているのに驚いて立ち止まっていた者の中から何人かが男に向かって走り出す。


『確保ーー!!【芸術家アーティスト】を取り押さえました!』


『良くやった!』


 取り押さえた者達が、歓喜の表情になる。


ーーーだが、男は地面に押さえつけられた状況でも愉快に笑っていた。


『ご苦労、警察諸君』

『私の最後の作品に付き合ってくれるなんて、嬉しいよ』


『黙れ!もう、お前は死刑確定だ!

 何もできないんだよ!』


 現場指揮を取っていたラナー捜査官が男の目の前まで来て叫ぶ。


『フフッ』


『何が可笑しい!!』


 ……怪しい袋は手元から離れている。

 なのに、こいつの余裕はなんだ!


『私はこの作品で終わらせるつもりだったさ』


『何を言っている!

 これ以上、被害者が出てたまるか!』


『残念……私の作品では人が死ぬと決まっている』


『だから、それを阻止……っ!?』

『全員!退避!退避だぁあああ!』


『もう、遅いよ』


ーーー彼は奥歯に仕込んだ起爆装置を噛み砕き、腹に巻いた爆弾を起動する。


『爆発には短いが、猶予をつけた』

『頑張って、逃げたまえ』


 男はそう言いながら、イヤホンで音楽を聞こうとする。


ーーーこれは、男のルーティーンであった。



『……最後は、やめておくか』


 男は耳を澄ませて、周りの絶叫を聞きながら目を閉じる。


ーーー良い音だ。これは、最高傑作の予感がする。


 題名は、【芸術家の末路】かな?



『フッ、駄作だな』


ーーーそして、爆弾は爆発を起こし、辺り一帯を呑み込んだ。


………………

…………

……


ーーー彼は、愛弟子の死体を見下ろして満足気に頷いた。


『君は、良い画材になったよ』



ーーー2時間前。


『今日は、【ボディペイント】をしようと思う。

 アレク、モデルになってくれないか?』


『それは構いませんが、先生は、病み上がりなのですから安静にされては?』


 男は、1ヶ月前に爆破テロの現場近くを歩いており、今日、通院生活が終わったのであった。


『私の創作意欲が我慢の限界なのだよ』


『……はぁ、分かりましたよ』


ーーーそして、彼は弟子の腕に手枷を付けて、地下室の床と繋がった鎖と合わせる。


『先生……いくら、リアリティーを出すとはいえ、ここまですることはないのでは?』


『牢獄にいる罪人をモチーフにしたいんだから、繋がれた鎖は必要だよ』


ーーーそう説明して、弟子の顔や腕に塗料を塗る。


『それでは、描くからそのまま立っていてくれ』


 彼は、カメラを使わずに【ペイントアート】を絵画にしようとしていた。


ーーー10分後。


『先生、俺、何か…気分が悪くなってきました……』


 彼は、イヤホンで音楽を聞きながら、絵を描くのを止めない。


ーーーさらに、10分後。


『ぐうぇぇ……!せ、先生!?この塗料なんかおかしいですよ!げぇぁぁ……』


 弟子のアレクの身体は、塗料が塗られた所から赤い湿疹が出ており、身体は、胃の中のものが吐き出されるまでの拒否反応が出ていた。


ーーー30分後。


『外せ!この鎖を外せぇぇ!』

『どういうことですか!?何故こんなことを!?』


 アレクは、口から血を吐き、目や毛穴からも血が流れていた。


ーーーだが、彼はそんな弟子を見ているが、弟子ではない何かを見るように絵を描いていく。



ーーー1時間後。


 ついに、動かなくなった弟子に気がつくのは彼が弟子の死に際の表情を描いた時だった。


『題名は、【弟子だったもの】だな』


 彼は1人、地下室で呟くのだった。



ーーー彼が、こんなことをするキッカケは、爆破テロにあった。

 

 彼は、スランプに悩まされていた。


 そんな彼が外でアイデアを練っていると、隣の高層ビルが爆発した。

 近くにいた彼はその爆発に巻き込まれたのである。


 彼は、比較的に軽症ではあったが、軽い脳震盪を起こして、まる1日、病院のベッドで寝ていた。


ーーーだが、夢の中では常に【芸術】について考えていた。


 【芸術】とは?

 【芸術】とはなにか?


 【芸術】は爆発などと言われてるが、あの絶景は、あの方法でしか表現できないはずだろう。



ーーー彼は巻き込まれたが、半壊したビルの中では意識があった。

 

 彼はそこで、瓦礫に挟まれながらも、目の前の光景を目に焼きつけていた。


『なんと、躍動的なんだ……』


 ……言葉に出さずにはいられなかった。

 

 炎が広がり、瓦礫に潰された人々の助けを求めて叫ぶ声と響く悲鳴。

 ……そこには、人が想像できる領域の外の光景が映されていた。


『生命の輝きが潰える瞬間こそが【芸術】』

『絵画にはその人の今までの人生を注ぎ込む必要がある……か…』


ーーー彼の意識は、そこで途切れる。


………………

…………

……


ーーー1階のインターホンが鳴った。


『誰かな?こんな山奥に』


 彼は、はしごを登り、玄関に着く。


『はい』


 外には作業服を着た男が1人、立っていた。


『州の命令で、この地区の周辺一帯の家を対象に電気工事をさせてもらっているのですが…』


 そういえば、室内の電気工事を行うという内容の便りが来ていたな……。

 

ーーーだが、この男は電気屋ではない。


 芸術家の観察眼をなめているのか、【警察】は…。


 私は、処女作の【磔の女神】の裸婦象を【ストリートアート】として、公園に置いてから、警察に監視されているのを感じていた。


 ……今回は、ついに乗り込んできたか…。



ーーー彼が言う【磔の女神】とは、女性を剥製にして、裸に針金を刺して身体に巻き付けたものだ。


 ……あの作品は、今でも傑作だと思っている。

 【針金アート】と若い女性の裸体の合作が相乗効果を醸し出していた。

 秘部と顔に色とりどりの花を突き刺して、針金と花を絡めたのがポイントだ。



ーーー私は退院してすぐに、人を画材にした【殺人アート】に取り掛かろうとした。

 だが、私にはモデルをしてくれる女性にあてはなかった。


 私は、出会い系サイトでモデルをしてくれる若い女性を求めた。

 すぐにマッチングしたが、書かれた年齢より若い女性が、私のアトリエに訪れた。

 

ーーー若いなら若いで越したことはないと思った。


 ……彼女は、来てすぐに寝室に向かい、


『1回、5万』


と言って脱ぎだした。


 モデルのことを説明してないのにモデル料を求められたことを不思議に思ったが、私は先払いする。


ーーーどうせ、1回で終わるのだから。


 私は、画材のコンディションを確かめるために彼女の肌を触らせてもらった。

 そして、合格基準だったので、彼女のふとももに即効性の筋弛緩剤を注射する。


 彼女は、


『な、何を注射したの!?まさか、薬物!?』


と驚いていたが、私は音楽を聞きながら、ナイフとピンセットを取り出す。


『やめて、来ないで!』

『か、からひゃが、しゅごしゃない!……したがまわりゃない…』


『…ん?

 知ってたから、金を要求したのだろう?』


『なんりょこしょよ!』

 

 ……知らなかったか。


 でも、それはそれだろう。


ーーー私は、彼女に懇切丁寧に今回の作品の趣旨を語りながら、抵抗を見せる彼女を押さえつけて皮を剥いでいくのだった……。


………………

…………

……


『それで、警察の方がここに何の用で?』


『警察?

 私は、電気工事に来た電気屋ですよ~』


 男は、笑って誤魔化す。


『フフッ、なめられたものだ』


『なんことでしょうか?』


『私の鼻は、このアトリエで絵の具やペンキを使って作業をする中で、自分以外の体臭が分かるようになったのだよ』

『このアトリエの周辺の木々に捜査官が何人もいるね?君の匂いが周りの捜査官の匂いと一致する』

『それに、このアトリエには電気は通ってないのだよ』


『っ!?………かからない!?』


 男は、私の言葉を聞いて外の連中に連絡しようとする。  

 

『このアトリエ内では、通信はできないよ』


『ならば!』


『動けるなら動ごいてごらん?』


『身体が……睡眠薬……か…』


『対象が、出した水を疑いもしないなんてね』

『まぁ、疑っていたらバレる可能性があったからかな?』


 そう言って、部屋の奥からポリタンクを運び出す。


ーーー彼は中に入っていた灯油をアトリエ全体にかけて回ったのだった。



ーーー30分後。


『こ…ここは?』


『やぁ、おはよう。

 そして、さようなら』


『!?

 くっ、こんなことをしてただで済むと思うなよ!?』


 男は目覚めてから早々に、火の海になっている中で自分が椅子に縛られていることに気がつき暴れだす。


 しかし、私は音楽を聞き、鼻唄をしながら地下室の隠してあったマンホールを開ける。


『あ、君の顔にだけ耐熱性のジェルをたっぷりかけてあげたから、存分に苦しんでくれたまえ』


ーーー最後にそう言って、マンホールから下水道に逃げるのだった。


逃げる最中、通信阻害の装置を壊したことで、外や中からのアトリエの状況が高精度カメラに映されるようになったので、燃え盛るアトリエを手元のスマホで見る。


『おぉ……幻想的じゃないか』


手元には、緑やピンク、黄色などの炎が混ざりながら燃えるアトリエの姿が映されていた。


ーーーそれは、彼が、こんな日のためにカリウムやバリウムなどを買い集めて、灯油と一緒にばらまいたからであった。


『名付けるなら、【炎のアトリエ】かな?』


彼は自分の発言に『安直だ…』と返しながらタメ息を吐く。


『……それにしても、警察がここまで迫ってきていたとはね』


予定なら、あと1ヶ月はバレないだろうと思っていた。


ーーー まだ23作品しか、世に【殺人アート】を出せていないのに。


……だが、しょうがない。


ーーー アートは理解されるのは、作者が死んだ後が多いのだから…。


『次で、最後にするか』



ーーーこうして、2週間後に彼は、街中で自身と周囲を画材にした作品を仕上げるのであった……。

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