035 目的

俺は今、空を飛んでいる。


もちろん浮遊の超能力ちょうのうりょくに目覚めたとか、そういうわけではなく、飛行機に乗っている。行き先は大海原に浮かぶ島国、目的はFPS世界大会への参加だ。


あと、大きな目的がもう一つ。



―――母さんに会うの、久しぶりだな。



世界大会が開催される国、運が良いことに母さんの出張先だった。電話で話したりはしているものの、実際に会うのは久しぶり。半年…いや、もう一年ぶりくらい。



―――何だか…緊張する。



不思議な感覚だ。もちろんうれしい気持ちはあるのだけど、なんだろう、よくわからない感覚が胸をおおっている。世界大会への緊張感も相まって、信じられないほどに背筋が伸びている。



「だ、大樹だいき…。」



「ん?しゅん、どうしたの?」



俊が苦虫をみ潰したような表情で、こちらを見ている。より正確に言うならば、窓が視界に入らないよう、顔を傾けている。



「だ、大丈夫…?」



「…。」



そういえばこの表情、見覚えがある。かなり昔、俊と亜美あみが付き合う前の話。俺が気をきかせて、俊と亜美を二人っきりにしてあげようと目論もくろんだことがある。場所は遊園地。ここはベタにいこうと観覧車。しかし、俊の完全拒否により、なぜか俺と亜美が観覧車を一周。


俊はかたくなに言わないのだが、おそらく高いところが苦手なのだ。


そういう俺も苦手で、観覧車では終始無言を貫くという離れわざを披露。悠美ゆみさんとのデート…どうしよう。



「アイマスク…あるよ。」



効果があるか不明だが、いろいろと備えはしてきたつもり。世界大会を前にして、テンションを暴落させるわけにもいかない。



「…ありがとう。」



出だしから不安が重なるが、苦手なものはどうしようもない。慣れとかそういう次元の話ではないし、そもそも無理をすることでもないのだ。無理なものは避ければよい。これがカウンターの真骨頂しんこっちょう



―――あれ…これって、帰りも…。



大変なことに気がついてしまった。誰か、某有名漫画に登場するドアを作ってください。





あれから数時間後、俺のテンションはストップだかを記録していた。


スマホ片手に自撮り…ではなく、悠美さんとビデオ通話。俊やあずまのおっちゃんは、先にホテルへと向かっている。というわけで、俺は今一人。画面ごしだけど、二人の時間を満喫まんきつできる。



『わぁー!海、きれいですねー!…私も行きたかったなー…なんて。』



お付き合いをしているとはいえ、お互いに未成年。電車で30分くらいの距離ならばともかく、ここは海外。さまざまな事由を総合的かつ常識的に判断した結果、お誘いはしなかった。



―――ん…?



誰かに呼ばれた気がする。まあ、気のせいだろう。母さんは17時まで仕事と言っていたし、父さんたちは先にホテルへと向かったはず。他に知り合いはいない。それよりも。



「…いつか一緒に行きましょう、って痛っ!」



せっかく一歩踏み出せそうな言葉をしぼり出せたのに、横からの衝撃で全てが吹っ飛ばされる。横からすごい勢いで抱き着かれたのだ。


あまりの勢いに目を白黒させていると、聞き覚えのある声が耳に届いた。



「だいちゃーん!会いたかったーっ!」


『大樹さん!大丈夫ですか…って…だ、だいちゃん…!?』



まずい。悠美さんに大変な誤解が生じている。向こうには、俺が女性に抱き着かれている映像が届いてしまっている。普通に考えると、完全に浮気発覚。悠美さんとの未来がはじけ飛んでしまうわけだが、それは誤解なのだ。



「か、母さん。久しぶり。でも、今、電話中だから…。」



そう。俺の母である。



「電話?あら、かわいい女の子!」



母さんにスマホを強奪される。飛行機のなかで散々に考えた会話プランは、あっけなく崩壊ほうかいした。悲しい。



『お母さん…?あ、大樹さんのお母さん?は、はじめまして。桜井悠美と申します。』


「あらー、良いこじゃない。はじめましてー。大樹の母です!…大樹、結婚したの?」



話が早すぎる。



「お付き合いをさせていただいている方ですっ!」


「彼女ちゃんかー!で、いつ結婚するの?」


『え…えっと…その、あの…。』



質問は俺に向けられたものだが、スマホから戸惑いの声が聞こえてくる。俺だったら普通に通話終了ボタンを押しているところだが、あまりの迫力に気圧けおされてしまったのだろうか。申し訳ない。



「いや…だから…。ああ、もう!スマホ返してよ。」


「照れちゃってー、かわいいんだから。はい、どうぞ。」



受け取ったスマホ、画面を見るのが怖すぎる。俺は母さんのテンションを知っているから、こんな感じでいられるが、悠美さんは初対面。しかも「結婚」などという、なかなかに重たい単語が100マイル級のストレートで飛んでいったのだ。



「ご、ごめんなさい。あの、決して悪気があるとか、そういうわけでは…。」



平謝り。



『び、びっくりしました。でも…大丈夫です!』



―――恥ずかしがってる顔もかわいいな…って、そうじゃなくって!



「あの…。」


『はい。』


「またホテルに着いてから、かけなおしますね。」



さすがに母さんに見守られながら「彼女」と話すのは…恥ずかしい。





「ユミちゃんだっけ。良い子じゃない!」



母さんにそう言ってもらえるのはうれしいのだが、素直に喜べない。なぜだろう。



「あの…母さん。いきなり結婚の話は…。」


「ちょっと早かったかしら?」



ちょっとどころではない。俺にも計画というものがあるのだ。



「でも、結婚するんでしょ?」


「いや…まだ18だし。悠美さん、17だし…。付き合ってまだ1か月も経ってないし…。」



もちろん将来的には結婚したい。いろいろと障壁がなければ、今日にでも結婚したい。それなのに、できない理由がすらすらと出てくるむなしさ。



「好きなんでしょ?好きどうしで結婚できるなんて、最高じゃない。」


「そうだけど…。」


「あんまりうだうだしてると、他の人にとられちゃうわよ。あんなに良いこ。」



それは否定できない。自分で言うのは悲しいが、俺なんかを好きになってくれるなんて、奇跡なんじゃないかと思うほど。



「そ…それは…。」


「ま、当人同士の気持ちが一番大事だからね。母さんは大賛成だから。」


「は、はあ。ありがとう…ございます。」



久しぶりに会った母さんと、こんな会話をすることになるとは。まあ、結果的にはありがたかったのかもしれない。現に、父さんにはまだ伝えられていないのだ。悠美さんとのこと。


腕時計に目をやるなり、そのまま社用車に乗り込む母さん。どうやら仕事の途中だったらしい。たまたま俺を見つけたということか。なんという偶然。



「母さん。これ、大会のチケット。」



世界大会のパンフレットと関係者専用チケットを手渡す。



「ありがとう。えーっとね、この後は会議があるから、一旦会社に戻って…17時くらいには退社できると思う。」


「そっか。俺、大会参加の手続きとかあるから、また電話するよ。」


「オッケー。じゃあ、気をつけてね。」



颯爽さっそうと走り出す車に手を振り、再び会場へと歩を進めるのだった。

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