034 可能

「はい…オッケーでーす。」



撮影終了。時間にして1時間ほどだろうか。



「ありがとうございましたー。」



この後は映像の確認と、編集作業が待っているらしい。しゅんもワシさんも、ここから更に大変。ただ、編集準備が始まる前に、せっかくなのでワシさんに聞いておきたいことがある。



「あの、実はワシさんにおうかがいしたいことがありまして…。」



俊には申し訳ないけれど、俺にとってはこちらの方が本題に近い。



「はい。何でしょうか?」



「決勝のときにカナさんが使った技、苦悶くもんかすみについてなんですけど…。あの技をかわすことってできないんでしょうか?」



いろいろとネットで調べてはみたものの、解決策は見つからなかった。かわせなかったとしても、「苦悶の霞」だけで倒されることはない。残りの攻撃を全てカウンターしていけば良いのだが、体力ゲージが削られているというのは、それだけでも結構なプレッシャーがかかる。



―――ダメもとではあるけど…もし解決策があるなら…。



一縷いちるの望みとはまさにこのこと。ワシさんがかなりの古参こさんプレイヤーであることは知っている。「苦悶の霞」は最初期に導入された技だそうなので、当時の事情を教えてもらえれば、何かの糸口がつかめるかもしれない。



「うーん…。かわすのは不可能ですね。…でも、ダイキ選手の場合は…いや、無理ですね。技範囲が全体ですから。」



「やっぱりそうですか…。」



ネットでも「対ダイキ先生専用構成がとうとう見つかる!」なんて書かれているほどなので、わかってはいた。



「そうそう、そういえば、何で苦悶の霞ってあんまり使われていないんですか?だって、問答無用もんどうむようで3分の1も体力ゲージ飛ばせるなんて…使わない手はないと思うんですけど…?」



カットインした俊の疑問はもっともだ。俺も最初はそう思っていた。全国大会出場レベル(俺を除く。)の選手たちが、「苦悶の霞」の存在を知らなかったとは考えづらい。とすれば使われない理由があるわけで、それはある数字を見ると明白になる。



「俊、カナさんの準決勝と決勝を見比べて、何か違うところない?」



意地悪をしているわけではないが、ちょっとクイズでも出してみたい気分なのだ。



「お、ダイキ先生からクイズですか。…うーん…と?…戦術が違うのはカナ選手の特徴だし…。あ、わかった!タイムだ!タイムが違います、先生!」



余計なことをしなければよかった。「先生」呼びでいじり倒されてしまう。まあ、気をとりなおして。



「…正解。準決勝が1分かかってなくて、決勝は2分ごえ。」



2倍以上の差がある。その差は何がうんだかと言えば、「苦悶の霞」なのだ。「苦悶の霞」が一瞬で3分の1を削りとる技であれば、誰もが使う最強技になったことだろう。もちろん、現状そうはなっていない。理由は単純。継続的なダメージであるため、いかんせん、時間がかかるのだ。その時間があれば、普通に「炎陽えんよう」を使えば良い。



「そうか…ダイキ先生ならともかく、普通の人は炎陽なんてかわせないし。」



俊に「普通じゃない人」認定をされてしまったことはさておき、その通り。だから対戦では全く使われていない。格闘ゲームで時間をかけることは、倒されるリスクを増加させることに等しい。



「そうなんです。だからこそ対ダイキ選手技なんて呼ばれてるんですよ。」



「俺にしか使う意味ないからね。」



「なるほど、なるほど。」



話がちょっとそれてしまったが、これが良い方向に転がったらしい。



「あっ!思いつきましたよ、ダイキ先生!」



「えっ!?本当ですか!」



棚から牡丹餅ぼたもち

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