第三章 世界から世界へ

036 世界

世界大会初日。会場のそで、関係者専用通路から、会場内を覗く。



―――いよいよだ…。



世界大会ということで、父さんも有給とってかけつけてくれた。関係者席には、父さん、母さん、あずまのおっちゃん、そしてしゅん。ギャラリーさんもすごい数で、正直言って、日本大会とは比べものにならない。


FPSが世界三大大会の一角を担っているのは知っていたが、改めてその人気を思い知る。


ネットでいろいろと調べてみると、その人気の秘密は「無料プレイ」にあるらしい。日本に設置されている筐体きょうたいは、1戦につき100円を投入しなければプレイできない。しかし、海外展開されている筐体は、基本プレイ無料。知的財産IPやスポンサー広告で収益を維持しており、課金的な要素はほとんどない。



―――日本でも無料にしてくれたら良いのに…。



まあ、そう思わないこともないが、これは経営判断。俺が口出せることではないのだが。


そのような気軽にプレイできる敷居しきいの低さ、そして単純明快なルール。技の相性関係に起因したジャイアント・キリングが起こりやすい一方、最終的には経験値や技術がものを言う。初心者から熟練者まで、幅広い層に支持され続けて今日の地位を得ているそうだ。



――――――ダイキ先生、感動しました!



こっちに来て以降、いろいろな方から声をかけられた。そのうちの一つ。とっても嬉しかったし、格好よくしなければとも思った。


今、俺はプロゲーマーとしてこの場に立つ。もちろん大量のスポンサーがつくトッププロと比べれば、吹けば飛ぶようなレベルでしかない。ただ、それはギャラリーさんには関係のない話なのだ。いかにして勝つか。真剣勝負のなかから、想像を超えるエンターテインメントをお届けしなければならない。それがプロ。


がらにもないことを考えてしまったが、せっかくなら足を運んでくださったギャラリーさんに喜んでもらいたいのだ。一人のゲーマーとして。



―――さてと…そろそろ戻るか。



試合開始まで少しあるので、控室でうろうろ。


世界大会では、場外戦や不正を防ぐ目的で、選手どうしの接触が禁止されている。日本からはカナ選手も出場しているのだが、飛行機の便がわけられるほどの徹底ぶり。というわけで、ここは個室。悠美ゆみさんとたわいもない会話をしたいところなのだが、スマホは受付で預かられているために不可能。



「ダイキ選手、まもなく試合開始です。ステージへお願いします。」


「はい。」



緊張感はほとんどない。語が不足して表現できないが、一番近い言葉を探すならば、ワクワク感が心をおおっている。果たしてカウンターは、世界トップクラスにも通用するのか。そしてトッププロはどんな対策を講じてくるのか。



―――…1フレームの世界へ。





『さあ、いよいよFPS世界大会…第1戦の始まりだ!』



会場の熱量が上がる。音楽や照明が切り替わる様子は、まるで嵐の前の静けさと言ったところ。



『FPS大会初出場にして、日本大会優勝を飾った…彼の放つカウンターはもはや芸術の域。我々を魅了し、そして困惑させたそのスキル。ダイキのカウンターディーズカウンターは世界の分厚い壁をも突き崩すのか!FPSに現れた若き新星、光り輝け!ダイキ選手の入場だーっ!』



いつもより体が軽く感じる。


花道の先には見慣れているはずの筐体きょうたい。緊張感よりも高揚感が先に立ち、自然と歩が進む。会場からは割れんばかりの拍手と歓声が飛び交っている。



―――やっぱり緊張はしてるんかな…。



昨日リハーサルで見ていたはずなのに、会場を彩る飾りや照明を新鮮に感じてしまう。思考よりも身体が先に動いているような、不思議な感覚。



『対するは…こちらも世界大会初出場。プログラマーとして活躍するかたわら、プロゲーマー…そしてゲーム実況者としても活躍する天才。彼が解き明かす方程式…その先に勝利の文字は浮かぶのか!いや…すでに勝利の証明が終了しているのか!マイケル選手の入場だーっ!』



表情一つ変えずに歩むマイケルさん。スポンサー企業のイメージカラー、深紅しんくの衣装に身を包むその姿は、内に秘めたる情熱を感じさせる。



―――むぅ…。



気迫で押し込まれてしまわないように、背筋を伸ばして胸を張る。俺は今、日本大会に出場したすべての選手を代表してこの場に立っている。おごることはない。あるのは誇り。


握手。


席について深呼吸。



―――さあ…始めよう。



『観客のみんな…一瞬を見逃すな!…レディー…ファイッ!』

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