011 先生

会場のボルテージは最高潮。自分で言うのもなんだが、前回優勝者と謎のダークホース(俺)という好カードなのだ。



「さすがにワシさんだろう。あのラッシュを全部読めるとは思えんし。」



「いやいや、回避できたらコンボが続かんから、ダイキ先生が勝つよ。またノーダメで。」



ギャラリーさんの間で予想合戦が始まっている。聞こえる範囲で考えると、五分五分ごぶごぶといったところだろうか。ちなみに俺の優勝を予想している派の領袖りょうしゅうは、誰あろうしゅんである。カメラを構えることも忘れて、カウンターのすごさを熱弁している。うれしいのだが…。



―――ちょ…ちょっと恥ずかしい…。



何せ俊まで俺を「ダイキ先生」と呼称しているのだ。さすがに友人から「先生」なんて呼ばれるのは…ちょっとむずがゆいというか…なんというか。



『ダイキ選手、ワシ選手。準備はよろしいでしょうか?』



「はい。」



「もちろん。」



緊張の一瞬。この試合、初めの数秒で結果が決まると思う。開幕そうそうのラッシュをすべて回避し、カウンターを重ねられれば俺の勝ち。一つでも受けてしまえば、そこから持っていかれるだろう。なにせ俺には防御手段がない。技としてセットしているが、使えないのだ。





『レディー…ファイッ!』



相手キャラクターの動きに全神経を集中する。今までの傾向からして、炎陽えんようからの春霞一閃しゅんかいっせんというパターンが考えられる。しかし、俺がカウンター戦法であることは周知の事実。予断は禁物だ。



『風乱れて桜降る…』



春霞一閃のカットインだ。キャラクターがかすみに包まれる。



―――集中…集中。



タイミングはかるうえで、焦りはご法度。


コンマ数秒の後、切っ先がわずかに顔を出した。



―――今だっ!



『春霞一閃をかわす…そしてカウンターだーっ!』



―――よしっ。あとはこの繰り返し…。



「…?」



相手キャラクターが光をまとう。これは初見だ。



『風の移ろい』



聞いたことのないカットインだ。このタイミングで防御する意味はないので、防御系でもない。



―――…とすると…。



画面を確認すると、相手キャラクターにアイコンが乗っている。足のマークだ。



―――移動速度強化か!



気づいたのが少し遅かった。ギリギリで回避はできたものの、それが精いっぱい。回避が遅れているため、こちらのカウンターよりも相手の2撃目がはやいのだ。


風を切るようなスピード。自己強化系の技があることは知っていた。知っていたのだが、まさか貴重な技のストックを一つ削ってまで入れてくるとは。これは想定外だ。そもそもこういった格闘ゲームは、構成を変えることが躊躇われる。わずかな迷いが反応を遅らせる可能性があるため、自分の得意を押し付けた方に分があるのだ。



―――大丈夫…落ち着け。



回避はできている。回避ができるということは、当然にカウンターできるということ。慎重にタイミングを合わせていく。



―――ここなら…。



僅差きんさだったが、俺のカウンターが先に相手をとらえた。



『ダイキ選手のカウンターが火を噴くっ!速度強化をも読み切る完全無欠のカウンターだぁーっ!』



会場は大変に盛り上がっているようだが、俺は結構ギリギリ。カウンターは諸刃もろはの剣なのだ。本質は通常攻撃でしかない。技と比べると、ダメージ量が雲泥の差。数を稼がなければならない。


しかし、ここからは俺の独擅場どくせんじょうだった。


ラッシュを構成する一撃いちげきを回避し、カウンターを決めていく。攻撃の密度、重厚感には圧倒されたものの、当たらなければダメージなし。



『決まったーっ!優勝は…ダイキ選手!コーングラチュレイションッ!』

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