第19話

 数日してオレは解放されることになった。佐々木の証言とオレの証言が噛み合わないが、オレの言葉を信じてくれた町尾まちおさんがいろいろ掛け合ってくれたようだ。


「短い間でしたがお世話になりました」


「もう戻ってくるんじゃないぞ。って、こんなやり取りすると早乙女さおとめくんが何かしたみたいじゃない」


 町尾まちおさんは笑っているが、見る人によっては本当に何か事件を起こした当事者に見えてしまうだろう。周りに誰もいなくてよかった。


「あの、もしまた鬼瓦おにがわらに絡まれたら本当に頼ってもいいんですか?」


「まずは関わり合いにならない努力をしてね。それでも向こうからしつこく絡んできたら助けを呼んで。暴隠栖ぼういんずは警察も手を焼いてるから、一人で解決しようとしないで」


「わかりました。ありがとうございます」


 オレよりずっと小柄なのにとても頼りがいがある。もしもまいがオレの姉だったらこんな感じなのかなと想像してしまった。


「ん? 私の顔に何か付いてる?」


「いえ、なんでもありません」


 変な想像をしたせいで無意識に顔がニヤケてしまったらしい。こんな風に穏やかな気持ちになったのは久しぶりかもしれない。


「それじゃあ元気でね。さようなら。……これは決してもう会いたくないって意味じゃなくて、私達のお世話になるなって意味で」


「はい。オレも町尾まちおさんに会わないように努力します。あ、でも、パトロール中に偶然会うのはセーフですよね?」


「もちろん。その時は善良な市民と優秀な警察官として挨拶しましょう」


「善良な市民はオレのことですけど、優秀な警察官って一体……」


「誰のおかげでこうして外の空気を吸えると思ってるのかな?」


「冗談ですって。町尾まちおさんはオレの恩人です」


「わかればよろしい」


 腰に手を当て真っ平らな胸を張る町尾まちおさん。もし私服で出会ったら中学生と間違えるかもしれない。


「あっ! 今、中学生みたいって思ったでしょ? こう見えて……なんでもないです」


「もしかして結構年上だったりします?」


「女性の年齢を探ろうとしない!」


「でも、町尾まちおさんすっごく若く見えるし可愛いですよ」


「か、かわ……からかうんじゃないの!」


 さっきまでの頼れるお巡りさんの姿から一転、ただの可愛い生き物へと変貌していた。


「ほら、もう行きなさい。周りからいろいろ言われるかもしれないけど、何も悪いことをしてないなら自信を持って」


「はい!」


 こうしてオレは警察署をあとにした。またすぐに訪れることになるとも知らずに。


 オレが大音量でバイクを走らせるようになってからは、両親とはあまり口を利かなくなった。

 まいが亡くなって家庭内の空気が重くなったのもあるし、オレが運転をするという意味がわからなかったんだろう。


 オレが警察で事情を聞かれている時も呼ばれたから仕方なく来たという感じで、特別会話はなかった。だからと言って勘当されたわけでもなく、バイクを運転したことでトラブルに巻き込まれたオレと関わりたくない様子だった。


 だから家に向かう足取りも軽いと言えば軽い。ふつうに玄関に開けて自分の部屋に行けばいいだけなんだから。追及されたらされたで、信じてもらえなくても本当のことを話せばいい。そんな風に考えていた。


「やあやあ豪拳ごうけんくん、お勤めご苦労様」


 背後からぬるりと声を掛けてきたのは鬼瓦おにがわらだった。相変わらずチャラチャラしてそうな風貌にも関わらず、その瞳には恐怖で人を支配できる力強さを秘めている。


「……何かご用ですか?」


「用もなにも、僕らの仲間になったんだからちゃんとしたアジトに案内しようと思ってさ」


「この間の場所はやっぱりアジトじゃなかったんですね」


 仕返しにちょっとだけ嫌味いやみな返答をしてみる。


「ごめんて。でも悪いのは豪拳ごうけんくんだよ。大人しく仲間になってくれたらあんな面倒なことにならなかったのに」


 面倒というわりにはどこか楽しそうな鬼瓦おにがわら。相変わらずその考えの真意をつかめない。


「その件なんですけど、オレが暴隠栖ぼういんずの一員じゃないって信じてもらえました。あと、殴ったのもオレじゃないって」


「んー? 佐々木がしくじったのかな?」


「違います。いや、本当のところはわかりませんけど、オレの言葉を信じてくれた警察官がいたんです。その人のおかげでオレは」


「そっかー。つまりその警察官が今の豪拳ごうけんくんの弱点なわけだ? やっぱりあの女は厄介だなー」


「え……オレ、その人が女性なんて一言も」


「二択の賭けてみたんだけどやっぱり当たってた? 町尾まちおでしょ? その警察官って。僕らにやたらと絡んできて鬱陶うっとうしいんだよね」


 やってしまった。町尾まちおさんからは困ったら助けを呼ぶように言われているけど、これは完全にオレのミスだ。これ以上、オレの迂闊うかつな行動で町尾まちおさんや家族に迷惑を掛けるわけにはいかない。


「わかった! 暴隠栖ぼういんずに入るかどうか考えるから、ちょっと待ってくれ」


 入る気なんてさらさらないが、少しでも時間を稼いでその間に町尾まちおさんに連絡できればいい。そんな浅はかな考えだ。


「考えたところでどうせ仲間になってくれないでしょ? キミみたいなタイプは直接何かするより、遠回しに攻めた方が利くんだよね」


 鬼瓦おにがわらはスマホを取り出して誰かに連絡を取り出した。


「うん。よろしく。あんまり派手にやっちゃうと一斉に捕まる可能性があるから、あくまでターゲットは町尾まちおね。こんな注意は無駄だと思うけど殺さないように」


「おい! 一体何を!」


「キミが暴隠栖ぼういんずに入るまで町尾まちおは帰れまテンってとこかな。さすがに永遠に僕らの相手をするのは無理でしょ」


「入る! 暴隠栖ぼういんずに入るから町尾まちおさんに手を出すな!」


「ダーメ。言ったでしょ? 躊躇ためらわずに人を殴れるようなやつがほしいって。口先だけじゃなくて行動で示してもらわないと」


 鬼瓦おにがわらの言葉に、オレの中で一つの嫌な想像がどんどん大きく膨らんでいく。


「僕らもわかってるのよ。暴走族が犯罪行為だって。だからまずはその手を犯罪に染めてもらわないと仲間とは認められないわけ」


 自分の血の気がドンドン引いていく。きっとこいつがオレに求めてくるのは。

「ぶち込んでほしいんだ。キミのそのこぶしを」

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