十五 守り小刀

 やあ。


 最近、立て続けに身内に不幸があってね。


 あちらこちらと葬儀に向かうので、すっかり疲れてしまったよ。


 やはり季節の変わり目だからかな。高齢の方が急に体調を崩される事例が多いようだ。


 君も体調管理には気を付けておくれよ。

 私としても、話し相手がいなくなっては張り合いがないからね。



 なんて。

 縁起でもない冗談はここまでにしておこう。





 そうそう。


 今回参列してきた葬儀の中に、一つ変わった風習を続けている家があったから、その話をしようか。


 葬儀と言えば、地方で色々と作法が微妙に違ったりするものだよね。


 一晩中ろうそく、あるいは線香の火が消えないように見張りを立てる、なんていうのはよく聞かれるかな。


 うちの本家もその方式なのだけど、私も番に選ばれたことがあってね。

 直前まで宴会でしこたま呑んだ後に寝ずの番だから、正直なかなかに堪えたとも。


 ああ、うちの家での葬儀では特別変わった事は起きないよ。

 作法も他所様と大差ないはずだ。



 本題は件の家でね。


 仏様の棺桶の中に、魔除けの小刀を一緒に入れる、なんてことは聞いた事はあるかい? 比較的よく聞く風習だとは思うけれど。


 昔は死者が出ると、遺体に悪霊が乗り移って悪さをするといった考えがあったからね。それの名残で、形だけ残っていたりするのさ。


 その家でも魔除けの小刀を用意するんだけど、置き方……というよりは、使い方が独特でね。


 なんと、刃を上にした状態で、仏様の口に咥えさせるんだよ。

 その上で、ずれないように左右から、歯医者さんが使うようないかつい器具で、がっちりと顎に固定するんだ。それはもうしっかりとね。


 厄払いの小刀のはずなのに、見た目はまるで罪人の猿ぐつわさ。


 出棺後、火葬の前に仏様の御尊顔を拝んで花を入れたりするだろう?

 風習を知らない人が見ると、決まってぎょっとして固まってしまうこと間違いなし。

 それくらい異様なんだ。



 私も初めて見た時はびっくりとしてしまってね。親戚に理由を尋ねたんだ。


 すると、この辺りには昔から、死者に憑りつくよくないものがいるらしくてね。それは必ず死者の口から入り込もうとするから、今のような掟に落ち着いた、と真顔で言ってきた。



 もし掟に沿わなければどうなるのか。



 私が聞いたところ、彼はなんて答えたと思う?













「うちの祖父じじいは、化け物になっちまった。おれもこの目ではっきり見た」


 と、言い出すじゃないか。


 これは詳しく聞かねばとはやる私に、彼は自ら続きを話してくれた。

 彼自身も話したくてうずうずしていたんだろう。



 まずは件の小刀について。


 既製品ではなく、その筋では有名な鍛冶師さんに打って貰っているらしく、お値段もなかなか張るそうなんだ。


 質にもよるけれど、下は五万ほど、上は何十万円とするとか。


 この辺りは、故人の見栄と懐事情が関係しているんだろうね。

 立派な細工など入れれば、そりゃあ天井なしに値は上がるさ。


 ところが喪主である親戚の父親は、よく言えば倹約家、悪く言えば極度のケチで有名だった。


 どうせ燃やしてしまうものに金をかけても仕方ない。

 おまけにこんな迷信めいた風習なんて、と馬鹿にして、皆が咎めるのを聞かず、小刀を用意せずに葬儀を執り行ってしまったんだ。


 葬儀そのものは、特に何事もなく済んだ。


 出棺の時には、父親の「そら見た事か」という満面の笑顔が忘れられないと彼は言っていたよ。


 火葬場に着いたら、後は故人との最後のお別れに、顔の部分の小窓を開いて一人ずつお別れの挨拶と共に、一輪の花をお棺に入れていくのが常だった。


 このまま何事もなく済みますように、との皆の期待を裏切って、それは起こった。


 小窓を開けた途端、確かに死んでいるはずの仏様が、がばりと首を伸ばして、小窓から抜け出そうともがき始めたそうだ。


 それに加え、猿のような「キィイイイイ!!」という、耳障りで甲高い鳴き声を上げ、人の動きを無視して滅茶苦茶に暴れ回った。


 顔は生前の面影一つなく、歪み切った表情は真っ黒に変色していたという。

 丁寧に死に化粧を施されていたはずなのに、だ。


 お坊さんを含めた周囲が困惑する中で、仏様の……いや、すでに何かよくないものと成り果てた遺体の動きは激しくなるばかり。

 このままでは棺桶が壊れて、この化け物が外に出てしまう。


 その時、火葬場の人がとっさに機転を利かせて、開いていた小窓を叩き付けんばかりにばたんと閉じた。

 それでも内側から押し返す力の凄いのなんの。

 後に続いた数人がかりでも抑えきれない。


 多少乱暴になるけれど、このまま火葬してしまおうという流れになり、皆で棺桶を抑え付けながら、なんとか火葬炉へ入棺を済ませたそうだ。


 そして急いで点火をしたところで、中からはこの世のものとは思えない絶叫が響き渡ってきた。


 同時に、どがんどがんと、火葬炉の壁を叩いているらしき音。


 想像するだに恐ろしいが、棺桶が焼け落ちても遺体はまだ動き回り、外へ出るためあがいているのだ。


 その頃我に返ったお坊さんが、火葬炉の前で必死にお経を読んでいたけれど、効果はまるでなし。


 神仏の加護などないのだと悟ったその時が一番恐ろしかったと、親戚は言っていた。


 仮に火葬炉の扉が破られて、燃えながらにして現世へ飛び出す祖父を目にしたらと思うと、今でも震えが来る、と。


 結局火葬が終わるまで、遺族も弔問客も、離れた葬儀場へ避難していたという。


 君、知っているかい?

 火葬というものは、案外時間がかかるんだ。大体1~2時間といったところかな。


 その間、火葬場の人は持ち場を離れる訳にはいかないから、強い責任感でもって居残っていたのだけど、結局1時間くらいは絶叫と暴れる音は止まず、生きた心地がしなかったらしい。

 今回、一番割を食ったのは、間違いなく彼だろうね。恐ろしさのあまり、本来より1時間長く焼却を続けたそうだ。




 何はともあれ、火葬はなんとか済み、恐る恐る棺桶を載せていたキャリーを引き出すと、ねじ曲がってもがき苦しんだ姿勢をした、人骨とは思えない何かが、燃え尽きずにしっかり残っていたそうだ。



 そして今度は、その骨の処分を巡って紛糾する事になった。


 元は祖父でも、今や人であるかも怪しい代物だ。とても先祖代々が眠る墓には入れられない。


 結局原因を作った親戚の父親が、渋々新しいお墓を作って供養することで収まったとのことだよ。


 目先のお金惜しさに、後で大損をする見本だね。




 やっぱり、昔からの慣習には意味があるのだと、改めて思い知らされる話だったよ。


 化け物の正体は何だったのかって?


 そんなことは誰にもわからないさ。

 わからないからこそ、化け物、妖怪、幽霊といった曖昧な言葉がすたれないんだ。

 とりあえずそう言っておけば、人知の及ばない何か、だとはわかるだろう?



 さて、今回は題材が題材なせいで、私も熱く語ってしまったよ。

 少し長くなってしまったし、ここらでお開きにしようか。


 じゃあ、またね。

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