十四 あの世

 やあ。


 このところ法事が続いて、知り合いのお坊さんと話す機会があったんだ。


 これが面白い人でね。

   

 飲む、打つ、買う、と三拍子揃った、筋金入りの生臭坊主。

 これこそ破戒僧を地で行く人だと、知り合い皆がそう言うよ。



 仕事自体はきっちりやるから、そこへの文句は出ない。


 でもそれ以外は、平日の朝から一杯ひっかけているような、よく言えば陽気、率直に言えばちゃらんぽらんな人なんだ。



 ここまでをふまえて、話半分に聞いて欲しいんだけど。



 実はその人は、死後の世界を見た事があるらしい。


 それが、自分の所属する宗派を真っ向から否定するような内容でね。


 さすがにはばかられて、これまでおいそれとは口外してこなかった。


 けれど彼が言うには、自分もそう長くはなさそうだからと、酔った弾みに話してくれたんだ。



 そのお坊さんは、ある時川で溺れたとかで、俗に言う幽体離脱をしたらしくてね。



 その時、死神と会ったらしい。



 ああ、お坊さんなのに何で神だと感じたかは、ややこしいから割愛するよ。言葉のあやというものだろうしね。



 ともあれ、死神と言うと、怖いイメージがあるかな。


 大きな鎌を持って、人の命を刈り取って行くようなものがこの頃では定着しているようだけど。


 実際は、普通の人と見た目は変わらなかったそうだ。

 黒い着物姿で、顔も今では思い出せないくらい印象が薄かった。


 仕事も、わざわざ人の魂を連れて行く訳でもない。


 人の寿命はあくまで神様が決めたもの。その時が来れば、自然と尽きるらしい。



 お坊さんはその死神と、だだっ広いお堂のような場所で出会ったそうだ。


 お堂の中には、ずらりと大小様々なろうそくが灯っている。

 あまりの多さで、あの世とは思えない程の明るさだったと。


 そのろうそく一本一本が、いわゆる生き物の寿命を表すもので、神様に任命された管理人が番をしているんだそうだ。



 そう。

 死神、というのは役職でしかないらしい。



 お坊さんはその時、意識ははっきりしていたけど、どうせ夢だろうと思って、せっかくだから死神に色々聞いてみる事にした。


 あの世についてあれこれとね。


 だけど、死神から得られた情報はそれほど多くはなかった。


 なんでも、人が死んだ後には、昇る天国も、落ちる地獄なんてものも無い。



 私達が呼んでいる「あの世」というものは、そのお堂の中だけで完結しているそうなんだ。



 例えば一人の人間の命が尽きたとしようか。


 そうしたら死神が燃えかすをどかして、新しいろうそくを据えて火を灯す。

 すると次の命が誕生する、といった至極単純な作業らしい。


 もちろん人間だけではなくて、他の動物や昆虫、植物など、様々な種類のろうそくがある。


 ろうそくを作っているのはまた別の神様で、あらかじめ決められた長さに加工されたものを渡される。その長さが寿命なのだと。


 死神の仕事は、火が不意に消えないように監視する事と、ろうそくの交換だけ。



 実に味気ないものだろう?



 お坊さんもそう感じて、輪廻はどうなっているかとか、魂の扱いはどうなのかと、しつこい程に質問を浴びせたらしい。


 すると、死神は何と返したと思う?










 輪廻転生は、効率が悪いので廃止した。


 ときた。


 あの世でも、人手不足が深刻なんだろうね。


 仏教だけでなく、ほぼ全ての宗教観をばっさり否定されてしまった訳だ。


 そうなるとお坊さんも、呆然とするしかない。

 今まで教わってきた概念がすっかり引っくり返ってしまったんだから。



 だけど、これで終わらないのがそのお坊さんの凄いところでね。


 どうせならばと開き直って、死神に質問攻めを始めてしまったんだ。



 間違えて火を消してしまったり、ろうそくを倒してしまった事はあるのか、だの。


 これだけ火元があって、火事になった事はないのか、だの。


 死神の仕事に給料は出るのか、だの。



 肝が据わっているといると言うか何と言うか。


 自分が死にかけているのもお構いなし。

 機関銃のように話しかけ続けたそうだ。


 私なら、真っ先に自分が生き返れるのかを聞いただろうね。



 その死神は、作業の合間に律儀に返答してくれていたそうだけど、残念ながら答えのほとんどは忘れてしまったらしい。


 ただ、一つだけ強烈に覚えている事があった。


 この仕事で一番大変なことは何か、という質問に対して、死神はお堂の一角を指差した。


 そこら一帯は、今まで気付かなかったのが不思議なくらいに、極端にろうそくが少なかった。


 死神が言うには、戦争が起こるとこうして一気に火が消えてしまう。

 それがたまらなく辛く、後始末も大変なのだ、と。


 それに付け加えて、現世の人々が思い描く地獄と言うものは、まさにそうした戦争の絶えない地域を指すのだろう、と言っていたらしい。



 皮肉なものだよ。真の地獄は、この世にあるというのだから。



 その後、いい加減仕事の邪魔になったのか、お坊さんは死神に身体へ戻れと諭された。本来の寿命ではないから、まだ間に合うと。


 そうして生還して以来、お坊さんは真面目に修行をするのが馬鹿らしくなって、立派な生臭坊主の出来上がりという訳さ。


 お坊さんはこう言っていたよ。

 今生こんじょうで功徳を積んでも来世がないのなら、今やりたい事をやるに限る、とね。





 まあ。


 当人の夢だったのか、真実なのかは確認しようがないけれど。


 日々を悔いなく生きるべし、という教訓としては、説得力があるんじゃないかな。



 初めに言った通り、酔っぱらいの与太話だけどね。

 そんな考え方もある、と思ってくれればいいさ。


 この国も、地獄に巻き込まれないよう祈っておこうじゃないか。



 じゃあ、またね。

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