十三 水飛沫

 やあ。


 いよいよ梅雨本番といったところだね。


 うちの地域でも雨の日が増えていて、出かけるのが億劫だとか、じめじめして憂鬱だとかいう愚痴をよく耳にするよ。



 私は雨が好きだから、それほど気にならないのだけど。


 しとしとと静かに降る霧雨や、路面を強く叩く豪雨の音に聞き入るのも、なかなか悪くないものだよ。


 それに、雨上がりにはお楽しみもある事だし。



 何かって、水溜りだよ。


 大地に点々と残る、雨の忘れ物。


 そこへ晴れ間が差して、きらりと反射する様を見るのが好きなんだ。


 運が良ければ虹も出たりするしね。







 そうそう。


 私の小学校の同級生に、水溜りが好きな子がいたっけ。


 もっとも、私とは違う方向で楽しんでいたけどね。


 水溜りに飛び込んで、飛沫しぶきを跳ね上げるのがお気に入りだったんだ。


 雨が降る度に長靴とレインコートを着込んでね。


 友達なんかそっちのけで、あっちでばしゃり、こっちでばしゃりと、おおはしゃぎだったよ。



 そんな彼女と私は家が近所だったから、よく一緒に下校していたんだけど。


 一度だけ、不思議な事があったんだ。




 それは、ある日の雨上がり。

 いつものように水溜りで遊びながら帰っていた時の事。


 私の前を先行して跳ね回っていた彼女が、助走を付けてぴょこんと飛んで、着地をした、と思った瞬間。


 いつもなら、ぱしゃり、と可愛らしい音がするところ。



 思いがけず、ざぶんと壁のような大飛沫が上がったんだ。



 そして上がった水が地面に戻ると、彼女の姿がどこにもない。



 これはまずい、排水溝のような深みにはまってしまったのか、と慌てて走り寄ったんだけど、そいう訳でもなかった。



 すでに雨は止んでいて、水も澄んでいたからね。深みがあれば見てわかる。

 ただの浅い水溜りが広がっているだけだった。



 しかしそれでは彼女はどこへ行ったのか。








 私も子供だったし、何が何やらわからない。


 とにかく名前を大声で呼んでみた。






 すると、真後ろから返事があったんだ。






 振り返ると、ついさっき私が走り抜けたはずの水溜りに、彼女がぽかんとした表情で立っていた。


 どこにいたのか問い質すと、彼女もよくわからないの一点張り。


 名を呼ばれたから返事をしたら、気付けばそこに立っていたんだと。




 おまけに、確かに水に突っ込んだように見えたのに、ずぶ濡れにはなっていなかった。




 あれはなんだったんだろう、と。

 今でもたまに顔を合わせる度に、お互い首を捻っているよ。


 彼女は、梅雨時に対応した狸の仕業だったかも、なんて冗談めかしているけどね。








 もしもの話。


 私が名を呼ばなければ、彼女はどうなっていたんだろう。




 振り返ってみれば実害はなかったけれど、そこだけが未だに腑に落ちないんだ。









 ああ、そうだ。

 私が水溜りを眺めるのが好きになったのも、この謎を解くために見入ってしまうようになったからだっけ。



 君も水溜りを見かけたら、注意深く観察してみたらどうかな。

 何か新しい発見があるかも知れないよ。

 その時は私にも教えてくれないか。




 じゃあ、またね。

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