七 さようなら

 やあ。


 君は、挨拶はきちんとしているかい?


 親しい仲だからといって、いい加減に済ませてしまってはいないかな。



 とある知人の出身地では、挨拶はしっかりしないといけない、と小さな頃から教わるそうだよ。



 礼に始まり、礼に終わる。


 実に良い文化だと思うね。



 その地域では、別れの挨拶が重要だとされている。


 特に、屋外で人と別れる際が肝らしい。



 なんでも、必ず「さようなら」で締めくくらなければならないと。

 どの家庭でも徹底的にしつけを施すのだと聞いたよ。


 「それじゃあ」だとか、「またね」などは絶対に許されない。


 どんなに気心が知れた間柄でも、だ。






 言わなければどうなるか?









 その知人が言うには、のだとか。






 具体的に何が、とは聞いていないよ。


 彼自身も、両親からの教えをそのまま話してくれただけでね。







 そうそう。


 彼の体験談として、一つ妙な話があったっけ。



 少年時代、彼には仲良くしていた友達がいた。


 小学校でもクラスが同じで、いつも一緒に下校するくらい仲が良かったらしい。


 ただ、その子はお調子者な一面があったそうでね。


 時折悪乗りが過ぎて、駄目だと言われている事を敢えてやってしまう、そんな類のやんちゃな子だったと。


 その子はある日の下校時に、いつものおふざけの勢いで、別れの挨拶を言わずに帰ってしまったんだ。



 すると、どうなったと思う?









 知人が帰宅してしばらくして、町内に消防車のサイレンが鳴り響いた。




 こう言うだけで、結果が読めてしまったかな?






 そう。


 出火元は、件の友達の家だったんだ。



 幸い住人は避難が早く済んで、死者は出なかったのだけどね。

 残念ながら家は全焼してしまった。


 焼け出された友達は、一家揃って遠方の親戚を頼って引っ越して行ったそうだよ。



 火事の原因は付け火なのか。


 はたまた、何かよくないもののせいなのか。



 そんな風に疑問を持った知人も、風習について家族や知り合いに理由を聞き回ってはみたらしい。


 しかし結局、満足いく答えは得られなかった。



 残っている風習の元の意味を知らない、なんて事は往々にしてあるものだからね。


 しかし、古臭いと一概に否定してしまうのも難しい。


 よく分からないものへの備えとして、形だけが伝わっている、という考え方もあるんだ。



 例えば。


 昔の人々が正体不明の災難を避けるため、色々と当てずっぽうで試した内の一つがたまたま上手くいったとか。


 偶然故に、理屈を説明できない。

 そんなケースも、中にはあるかも知れないのさ。



 彼もそんな意見の持ち主でね。


 だからこそ、由来が分からずとも、自分の子供にも挨拶をしっかりさせている、と言っていたよ。









 うん。


 何やら曰くがありそうな土地に思えるよ。


 郷土史などには特に怪しい点は無いんだけど、埋もれた何かはあるのかもね。


 彼は少々不気味に思いつつも、そこを離れるつもりは無いそうだ。


 対処法が分かっていれば、怪異と呼ぶ程のものじゃないってさ。



 もっともな言い分だね。




 ああ、余談だけど。


 その地域では外国の人はほとんど見かけないらしい、と付け足しておこう。

 人と別れる度、一言一句「さようなら」と発音しなければいけないんだから、なかなかに大変だろうさ。






 さてと。


 じゃあ、またね……と言いたいところだけど。


 今回は彼の故郷にならって、私もきちんと別れを告げておくとしようかな。

 変なものが寄って来ても困るしね。



 それでは改めて。



 じゃあ、さようなら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る