六 予知地蔵

 やあ。


 君は、お地蔵様を拝む事はあるかい?


 私と言えば、近所の道沿いにお地蔵様が列をなしている場所があるから、散歩がてらに一礼くらいはしているよ。


 ああ、別に信心という程のものじゃない。ほんの挨拶程度さ。


 それでもあの穏やかなお顔を見ると、なんだか心が和むような気がしてね。


 ちょっとしたお礼として、時折掃除やお供えをしているんだ。


 そのお地蔵様は、人通りが少ない細道にあるにしては、近所でも有名でね。


 なんでも、立ち並ぶ道沿いを通ると、特に注意をしていた訳でもないのに視線を引き付けられる事があると、もっぱらの噂なんだ。


 全部で5体ある内の、どれ、とは明確にはわからない。

 とにかくその中の一体へと、不意に目が釘付けになるそうだ。


 そうして視界に入ったお地蔵様は、大なり小なり身体のどこかが欠けている。

 それを見てしまうと、近いうちに自分も同じ部位を怪我や病に襲われるのだとか。




 うん。


 まるで事故などを予知してくれているようにも思えるね。



 誰かがそれを見て怪我をしただとか、見てすぐに検査をしたお陰で病巣が早期に見つかっただとか。

 そんな噂をたまに聞くよ。






 そうそう。


 いつだったか、知人がお地蔵様そのものが見えなかったと言い出した事がある。

 一部ではなく、全身が失せていたのだと。



 程なくして、その人は交通事故に巻き込まれてね。


 結果、跡形もなく消えてしまったんだ。






 ああ。


 全身重症だとか、そのものずばり亡くなってしまっただとか、ではないよ。


 歩道へ突っ込んできた車と住宅の壁との間に挟まれたんだけど、それらをどかしても何も出てこなかった。


 肉や骨が飛び散ったり、血痕なんかも一切ない。


 綺麗さっぱり、存在丸ごと消え失せてしまったんだそうだ。


 事故の瞬間を、一緒に歩いていた共通の知人が目撃していてね。

 私に話す時も、未だに信じられないと言っていたよ。


 聴取していた警官も、困惑しきりだったと。


 なにしろ被害者の影も形もないからね。


 結局ただの単独事故として片付けられ、真相はわからず仕舞い。


 残念ながら、知人は行方不明だと落着するしかなかった。



 お陰であのお地蔵様は、未来を予知しているのではなく、欠けて見えた部分を奪っているのではないか、と言われる始末さ。







 おや。


 今にして、ふと思い浮かんだのだけど。



 最近は、何かの弾みで別の世界に迷い込んでしまう、といったお話が流行っているそうじゃないか。


 もしかしたら消えた知人も、今頃はどこかで楽しくやっているのかも知れないね。


 例えば。

 件のお地蔵様は別世界に誘う役割を担っていて、通りがかった人の中から対象を吟味している。

 身の一部しか被害を受けなかった人は、、という線はどうだろう。




 なんて。


 そんな風に考えると、なんだか夢が膨らんでしまうね。




 まあ、了解もなしに飛ばされてしまうのは勘弁だけど。



 もしも、彼がひょっこり帰って来るような事があれば、真っ先にお土産話を聞いておくよ。




 じゃあ、またね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る