第45話 崩壊の聖夜

店を出ると、外はすっかり夜になっていた 。しかし、並ぶ店舗は、


煌々と光を放ち、大小さまざまなクリスマスツリーが、輝きを放っている。


クリスマスソングが大音量で流れて、思わず心が躍った。


大通りの並木やモニュメントには、光の装飾が施され、街を明るく照らしている。


それらの光は、宵闇を押しのけていた。




街行く人々は、減るどころか増えているように見えた。


やはり、カップルが多い。そして、どの顔も笑顔で満たされていた。




「少し歩こうか」




「うん」




愛美が、僕の腕に腕を絡ませてきた。そして、肩に頭をちょこんと乗せてきた。


彼女から、ほんのりと甘い香りが、僕の鼻をくすぐった。




空から白く丸いものが、舞い降りてきた。




「雪だ」




僕は、空を見上げながら、つぶやいた。




「ホワイトクリスマスだね」




愛美は手を差し伸べて、雪の粒を手で受け取りながら、


うれしそうに言った。




雪は瞬く間に、その量を増やしていった。


街行く人たちも、あちらこちらで空を振り仰いぐと、


小さな歓声を上げていた。 




雪は、視界をさえぎるほどに振り始めた。


愛美の髪に、両肩に雪がうっすらと降り積もる。


僕は、彼女に降り積もった雪を、両手で払った。




「もう、髪が乱れるでしょ」




愛美はそう言いながらも、うれしそうに、はしゃいでいる。




その時だった―――。僕は足が止まった。


数瞬の間、僕の目には、降りしきる雪がグレーに見えた。


それもくすんだ灰色に。




僕は、一瞬、両目を固く閉じた。


再び開くと、雪は元の白色に戻っていた。




「巧君、どうかしたの?」




「いや、なんでもないよ」




僕は、彼女を見て笑って言った。でも、うまく笑えていたかどうかわからない。


愛美からは、苦笑に見えたかもしれない。




きっと、気のせいだ・・・。




僕たちふたりは、高層ビルの壁にある、


縦5メートル、幅10メートルの巨大モニターの前にいた。




そこには、国民的クリスマスソングのプロモーション映像が、


映し出されていた。




それが突然、中断された。街行く人々も、足を止める。




画面が、切り替わり青ざめた伝声アナウンサーが、


映し出される。スタジオだろうか。彼の背後には、


幾人もの人影が、右往左往しているのが見える。




僕は巨大モニターに、視線を戻した。


画面の左上には『緊急事態速報』とある。




『ただ今は言った情報によると、アメリカ合衆国が、ロシア、中国に


向けて、数十発の核ミサイルを発射、着弾した模様です。


これにより、ロシア、中国の自動報復システムが作動、アメリカ合衆国の


軍事施設、主要都市を標的に核ミサイルを発射、着弾した情報が入りました』




ここで、男性アナウンサーは、青いネクタイを緩めて生唾を


飲み込むようなしぐさを見せて、再び手元の原稿に視線を落とした。




『なお、イギリス、フランスも即座に対応し、ロシア、中国、中近東、


パキスタンへ核攻撃を開始しました。インドはパキスタンと中国へ核ミサイルを


発射。パキスタンはインドに向けて、核攻撃を開始しています』




僕は、唖然とした。ほんの一週間前、国連平和サミットで、


アメリカ合衆国をはじめとする先進国が、今後の平和に向けて


合意を示したばかりではないか。まるで、核兵器システムが、


自らの意思を持って、攻撃に移ったとしか思えない。




その時、瞬時に僕の脳裏にひらめくものがあった。黒いひらめきが。




超高度な人工知能が、核保有国の軍事システムに介入したのだ。


そして、無差別に核の雨を、全世界に降り注ごうとしている。




その超高度な人工知能とは―――『愛』だ。


『愛』の仕業だと、僕は確信していた。




僕には、そうとしか考えられなかった。




ニュースは、なおも続いた。




『・・・日本も例外ではありません。在日米軍基地や東京をはじめ、


国内の主要都市に向けて、核ミサイルが飛来することが確認されており、


地下鉄や地下施設に避難してください。着弾まで1分から2分しかありません。


早急なる避難を―――』




早急なる避難?現在の核弾頭の破壊力は、ヒロシマ型原爆の1万2000倍もある。


直撃したら、地下鉄や地下施設など役には立たない。


運が良くて、数十秒生き残れるくらいだ。


しかも、1分やそこらで避難できるはずもない。


声にならない悲鳴を上げて泣きわめきながら逃げる女性。


茫然とその場に立ちすくむ人々。


すべての時間が止まったような光景。




僕は、愛美を抱きしめた。力強く―――。




彼女は目にいっぱいの涙を溜めて、僕を見つめていた。




「私たち、死ぬの?」




愛美の問いに、僕は何も答えられなかった。




僕が、愛美の唇に唇を重ねようとした時、


空が、何度も光った。夜空を一瞬で押しのけ、すべてを白く染めた。


続いて、ドンッという轟音と共に、


地盤が数メートル陥没したような感覚を覚えた。




そこで、僕は信じられないような光景を目にした。


上空で核爆発が起きたのであれば、高層ビルをはじめ、一瞬で


人々も消え去るはずだった。




それが、建物も人々も、そして僕らも、


足元から、ゆっくりと塵になっていくのだ。




いうや、塵ではない。非常に細かいドットだ。


ドットが分解しているようにしか見えない。それも、ゆっくりと・・・。




シンギュラリティ―――技術的特異点―――つまり、人工知能が、


人の知能をはるかに超える時、コンピューター工学者の


レイ・カーツワイルは、その特異点が起こるのは、2045年だと


提唱した。




その2045年とは、今年だ―――。




僕と愛美は半身が、ドット化していた。


僕は、残されたありったけの力で、彼女を抱きしめて、


唇を重ねた。




彼女がくれたハミルトンの時計と、


愛美にプレゼントしたエメラルドの指輪が消えていく。




そこで、僕の意識は消えていった・・・。

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