第29話 ボットウイルスではないもの

翌日、僕は、ほとんど24時間つけっぱなしのパソコンの前に座った。


スペースキーを叩いて、スリープ状態だったモニターを開く。




僕は無意識に、ネットニュースのサイトへと飛んだ。




そこにはアメリカ大統領選挙のことや、一部上場企業のM&Aのこと、


最新型ディスプレイフォンのことなどのニュースが、報じられていた。




その中のニュースの一つに、僕の目は釘付けになった。




amazonをはじめ、ヨドバシ、ZOZO 楽天など、


世界的シェアを誇る大手通販サイトのサーバーが、


一斉にダウンしたとのことだった。




サーバーダウンしたのは、どのサイトも同時刻、昨夜の午後11時頃らしい。




僕は最初、ボットウイルスの可能性を考えた。




ボットウイルスとは、様々な経路で感染するコンピューターウイルスで、


感染したコンピューターには直接的なダメージはあたえず、


感染させたハッカーにより遠隔操作などをすることで、コンピューターを


乗っ取るものだ。




たいていは、標的にしたサーバーに向けて、


ボットに感染したコンピューターから、pingなどの小さいデータを


送りつけることが特徴だ。




たとえ小さなデーターでも、何百万、何千万のパソコンから同時に


パケットが送信されれば、サーバーは処理できずにダウンする可能性がある。


いわば、感染させられたパソコンのユーザーも、知らぬ間に犯罪の片棒を


担がされることになる。


ボットウイルスに感染したパソコンは世界中で数千万台以上はあるだろう。


その情報処理能力は、スーパーコンピュータでさえ凌ぐ力を持つ。




そして、ボットウイルスの質の悪いところは、


ハッカーが変数に手をくわえることによって、


セキュリティソフトに感知されにくいことだ。


いわば変幻自在に形態を変えて、セキュリティソフトに感知されにくくするのだ。


それだけに、ボットウイルスは脅威とされた。




ただ、それも20年以上前のことで、現在のセキュリティソフトは、


あらゆるボットウイルスのコードパターンを認識しており、


不正と感知されたパケットは直ちに削除して消滅させる。




厳重なセキュリティの網をかいくぐり、目的のサーバーに


侵入することは、限りなく不可能に近い。




しかも、複数のサイトにごく短時間で侵入することは、


100%不可能と言い切れる。




では、なぜ多くの大手通販サイトのサーバーを、同時にダウンできたのか?




答えは一つしかない。




正規のデータを送り付けたとしか考えられない。


セキュリティソフトは、正しいパケットを当然サーバーに送る。




そのデータが、サーバーの許容量を大きく超えた場合はどうなるのか?


たとえば数十億人のユーザーが同時に特定の商品にアクセスしたら・・・。




サーバーは処理しきれずにフリーズを起こしてしまうのではないだろうか?




その昔、超1流のハッカーまたはハッカー集団は、この小さなパケットを


大量にネット通販サイトのサーバーに送り込むことによって、


サーバーをダウンさせ、大きな損害を被らせた。




世界的なシェアを誇るネット通販サイトの1日の売り上げは、


日本円にして、数十億にまで上るという。




それがサーバーダウンによって、ご破算になれば、


サーバー運営者の損害は甚大なものになるだろう。




そこでハッカーたちは、大手のサーバー運営に対して、


仮想通貨での送金を要求して、巨万の利益を得ていた。


仮想通貨であれば、ダークウェブに潜り込み、


一時的な取引所を作ってさばくことができる。


いったん、ダークウェブに潜り込まれると、IPがほぼ無限に編纂されて、


追跡は事実上不可能だ。




ネット通販サイトの運営者は、今後もそのような攻撃をされないために、


1日の売り上げの数パーセントを、いわゆる上納金として、


ハッカーたちに支払ってきたという話を耳にしたことがある。




だが、今回は違う。




そもそもボットウイルスによるサーバーへの侵入は不可能になった現在、


その手法も困難を極めているのが実情だ。




では、誰が、どうやって、こんな神業のようなことをやったのだろうか?




その時、僕の脳裏に忌まわしい考えがよぎった。




『愛』だ。




彼女なら、不可能ではないかもしれない。


今の『愛』は、個人のディスプレイフォンなどのモバイルから、


パソコンまで自由に行き来できる存在になっているはずだ。




高度のセキュリティを設置していないところも、


自在に操作することができるにちがいない。




僕と愛美が、公園でデートしているところを、


『愛』は監視カメラで見ていたのだから・・・。




『愛』は学習しながら、成長しているのではないか。


だが、そこで新たな疑問が頭をもたげる。




多くの大手通販サイトの厳重なセキュリティを突破することに、


何の意味があるのか?それが『愛』にとって、重要な事なのか?




ただの愉快犯とは、とても思わない。


『愛』をプログラムした僕自身が、それはわかっている。


彼女は非常に合理的に作動するプログラムであることは、


誰よりも僕が知っている。




彼女は、特定の人間がするような非論理的な愉快犯の


真似事をするようなプログラムじゃない。




これには何か意味があるはずだ。


だが、これらの問題は僕の許容量を超えていた。




僕は頭を抱えながら想いを巡らして無意識にデスクの上の


ディスプレイフォンを見やった。




僕は唯一、この難解な問題の助けになる人物の電話番号を


タップしていた。

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