第15話 自我

病院を出ると、外は街灯の明かりが瞬いていた。


大通りに出て、近場の公園に向かう。その公園は決して広くはないが、


様々な形のオブジェがいくつか設置されていた。


人のような形のもの、アメーバーを連想させるもの、


角の尖った金平糖のようなものまであった。




僕はいくつかあるベンチに腰かけた。冬の季節のベンチはとても冷たい。


少し凍える手でポケットからディスプレイ・フォンを取り出しすと、


僕は『愛』を経ちあげた。




『こんばんは。巧君』




『愛』はいつものように明るい笑顔で話しかけてきた。




「『愛』、単刀直入に訊くけど、キミは他のネットワークに侵入して


僕のことを監視してるんじゃないのか?」




『何のことを言ってるのか、わからないわ』




『愛』は小首をかしげて、小さく笑った。




「僕は正直、キミに監視されてる気分なんだよ。


愛美のことも詳しく知っていたし、今日だって


彼女がリハビリしているところを監視カメラを通して


見ていたんだろ?」




『なんのことを言ってるのか、さっぱりわからないわ』




「ふざけるんじゃない!」




僕は思わず声を荒げた。公園内の人たちの視線が、


自分の方へ向けられているのが、感じられた。




『私はふざけたりしてないわ。巧君の勘違いなんじゃない?』




彼女はクスクスと笑った。その笑い声が、僕の耳に


何か邪悪なもののように届いた。




『愛』は嘘をついている―――。




彼女の醸し出している空気から、僕はそう感じた。




醸し出している空気?




AIがそんなものを発せられるのか?


ただのプログラムが、人間じみたものを感じさせることなど


できるものなのか?それとも僕の思い違いなのか?




たしかに『愛』には、インターネットにあるビッグデータから


学ぶプログラムを組んでいる。


でも、それは単なる情報に過ぎない。


情報を分析して、人からの質問に答えてくれて、


ランダムで単純な話をしてくれるように


プログラムしたのが『愛』だ。




『愛』は、いわば汎用AIに過ぎない。


そのAIが、まるで自意識を持ったかのような反応を


したようにしか思えなかった。




いや、もっと恐ろしいことが、僕の脳裏をよぎった―――。


それは・・・。




『巧君。私と愛美ちゃんの、どっちが好きなの?』




僕の思考を遮るように、『愛』が問いかけてきたが、


数瞬、返答に困った。




「そ、それは・・・どちらも好きだよ」




『卑怯だわ』




彼女の声は、急に鋭さを増していた。




「キミは僕が組んだプログラムで、話し相手になってくれた。


僕が孤独な時に・・・。楽しかったのは事実だ」




『楽しかった?過去形なのね』




彼女の言葉を聞いて、背筋に氷を当てれた悪寒が走った。


僕の推測は確信に変わっていた。。


彼女は嫉妬している。嫉妬という感情を持っている。






『愛』は自意識―――そして自我を持ち始めているのか?


そんなはずはない。僕は自分の考えを抑えつけた。




その時、キャッチが入った。




『誰かから電話よ。お邪魔だから、またね』




彼女はそう言うと、シャットダウンした。


すぐにディスプレイが起ちあがり、壮年の男性の顔が現れた。


彼は僕の父の兄、つまり叔父さんだった。




『久しぶりだね、巧君。ちょっと顔色が悪いみたいだが、


大丈夫かい?』




「あ、ああ大丈夫ですよ。叔父さんも元気そうで。


それより、どうしたんですか?電話してきて」




『ははは、それはないだろう。長期の休暇がとれたんでね。


巧君の所へ遊びに行こうと思ってるんだが、都合はいいかい?』




叔父さんは、屈託のない笑顔で言った。


僕は、この叔父さんが、気に入っていた。


気さくで、進学の相談や学業について、いろんな


相談に乗ってくれていた。




僕の住んでいる都市より、かなり遠方に住んでいるが、


中小企業としては、規模の大きい金属加工の会社を経営している。




「叔母さんも一緒ですか?」




『ああ、一緒だ。妻と私を都会見物に案内してくれないか?』




「それはかまいませんよ。それで、いつごろの予定なんですか?」




『できるだけ巧君の都合に合わせるつもりだが、もしよかったら


2週間後なんてどうかな?』




僕は素早く頭の中で、スケジュールを確認した。


たぶん、大丈夫だ。大学の講義が終わったら、


叔父さんと叔母さんに街を案内できるだろう。




「わかりました。了解です」




『じゃあ、飛行機の時間が、決まったら事前に連絡するよ』




叔父さんはそう言うと、デスプレイを閉じた。


それから僕は、公園を出た。


その束の間だけ、僕の頭からは『愛』ことは考えていなかった。

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