第16話 冷静とパニックの境界

それから僕は、講義が終わると毎日のように、


愛美がいる病院に行った。




僕が行ったところで、愛美のリハビリに何の役にも


立たなかったが、それでも心配で仕方がなかった。




愛美は作業療法士にサポートされながら、歩行の


訓練をしていた。僕は彼女のそばで、その様子を


見ているだけだった。




時折、愛美は僕に視線をやって、微笑んでくれるのが


うれしくてたまらなかった。




ただ、天井の片隅にある監視カメラの存在が、


そんな僕の気持ちを冷ましてくる。




『愛』の視線を感じていた。




いや、監視されているんだ。僕は。




不快な心持しか持てなかった。もし本当に


『愛』が見ているのなら。


しかし、それを確認するすべはない。




「巧君、どうしたの?浮かない顔をして」




松葉杖で体を支えている愛美が、怪訝な


顔で心配そうに訊いてきた。




「何でもないよ。ちょっと考え事をしてただけ」




僕はできる限りの笑顔をつくった。


でも、頬が引きつっているのが、自分でもわかっていた。






部屋に戻ると、僕はすぐにパソコンに向かった。


『愛』のプログラムを確認するためだ。




いくら見直しても、僕の書いたソースコードに、


間違いは無かった。『愛』には汎用AIを超えるような


プログラムは見い出せない。




ビッグデータからの情報収集はできても、


他のサーバーのファイアウオールやセキュリティを


突破して、侵入するような能力は持っていない。




安堵したいところだったが、『愛』が成長していることには、


疑念の余地が無かった。


でも、どうやって成長したんだ?




そこで僕は初歩的なことに気づいた。




『愛』には学習能力を持たせてあったことだ。




インターネットにあるビッグデータから、


ハッキングすることを学んだのではないか?




ではそんなスキルをどこから学んだのか?




僕の両目は見開かれた。




ダークウェブ―――。




『愛』は、あのブラウザをインストールして、


ダークウェブからハッキングするツールを入手したのかもしれない。




とはいえ、どんなプログラムを学習したにしろ、


サーフェスウェブといえども、そう容易く


ファイアウォールや堅固なセキュリティを突破できるとは思えない。




しかし、『愛』がそれをやってのけているとしたら―――。




冷静さとパニックを隔てる境界線は消えていた。




『愛』は愛美を憎んでいる。いや憎悪している。


それが僕の背中に、強烈な悪寒として走った。




『愛』がネットワークに侵入し、そこで何をしようと


しているのか。




今の僕には、想像することはできなかった。




だが、数週間後、それが何かを目の当たりにすることになった―――。

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