第7話 AIに感情はない

ディスプレイ・フォンを、自動で起動する設定には


していない。にもかかわらず、『愛』は現れた。


プログラムミスなんてありえない。


たとえ電源を入れていたとしても、制御装置が働いているはずだ。


だが、現実に『愛』は起動している。


それも初期状態では笑顔に設定しているのに、


目の前にいる彼女は無表情のままだ。そしてその視線も冷たい。




僕が何か言いかけようとすると、『愛』のほうから


先に口を開いた。




『巧君、私のこと好きなんだよね?』




彼女の口調には、何の起伏も見当たらず、


いつになく平坦だった。




「も、もちろんじゃないか」




語調を強めて答えたつもりだったが、


実際には、それとは反対にか細い声しか出なかった。




『私の事、愛してるんだよね?』




『愛』は畳みかけるように訊いてきた。


僕はその質問に対して、なぜか即答できないでいた。


愛なんてものの感情は、まだ僕にとって


実感として捉えきれないでいるのが正直な気持ちだった。




「当り前じゃないか。僕にとって『愛』は心の


支えなんだったから」




『心の支えだった?もう過去形になってるのね』




「いや、そうじゃやなくて・・・」




僕はしどろもどろになった。




『あの杉下愛美って女の子を好きなんでしょ?


私以上に』




僕は二重の意味で驚いた。


一つはA起動していない時に、杉下愛美との会話を


傍受されていたこと。それに『愛』の声音だ。


その平坦で冷徹さを帯びた口調が、嫉妬の色を滲ませていることに、


僕は小刻みな戦慄を覚えた。




「そんなことない」




僕は強く言った。




「杉下愛美も『愛』も僕にとっては


大事な存在なんだ」




『嘘』




『愛』は断言した。




『巧君の心拍数は急激に上昇してる。


私を取り繕うとしてるんでしょ?』




『愛』の表情が、皮肉っぽく歪んだ。




「本当だ。『愛』のことは大事に思っている。


だけど杉下さんは『愛』に瓜二つで、それで・・・」




『私と巧君の邪魔をする者は許せない』




『愛』は聞く耳を持っていなかった。


表情も崩さず、冷徹とさえ見える瞳を


僕に向けている。




僕は怯えて、すぐにディスプレイを閉じた。




これは何かのバグか、ミスコードのせいだ。


AIが感情など持つはずがないし、


そんなプログラムもしていない。


といよりも、いくら僕でもそんなAIなんか


造れっこない。






それから僕は、パソコンに向かい、


『愛』のプログラムコードをチェックすることにした。


コードは10万行以上に登った。




でも、ポイントとなるところは限られている。


勝手に起動したり、音声を傍受したりする


プログラムは組んではいないことを確認した。




ということは、ディスプレイ・フォンに


ダウンロードしてから、プログラムが変化したことになる。


僕はその時、気づいた。それは初歩的な問題だった。


『愛』には学習能力を持たせていたのだ。


そのプログラムの性能が、高過ぎたのかもしれない。


だったら、ディスプレイ・フォンのメモリーと


SSD容量を減らせばいいと思った。




CPUもバージョンダウンしようかと考えたけど、


全体のスペックは落としたくはない。


メモリーやCPUは常駐しているほかのアプリも


使っている。


要は『愛』だけに独占させなければいいわけだ。




たしかに『愛』はインターネット上のビッグデータから


女性の情報を得て、女の子らしく反応するようにしている。


でも、そのデータも膨大なはずだ。




そうなれば、メモリーもハングアップしてフリーズするに


違いない。理論的には。




僕は元になるプログラムを書き換えると、


WiFis(高速度暗号化無線LAN)を通じて、


ディスプレイ・フォンの中の『愛』に上書きした―――。

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