第8話 幻聴

室内照明を消した薄暗い部屋の中で、


唯一光源を放っている、パソコンのモニターに、


僕は向かっていた。


その頬は少し紅潮しているのも、自分でわかる。




というのも、僕と杉下愛美は翌週の日曜日、


食事をすることになったからだ。


店はどうしようかと、頭を抱えた。


コンピュータープログラムの構築以外で、


これだけ悩んだのは初めてだった。




僕はインターネットで、いろんなお店を探した。


昔は居酒屋っていってたらしいけど、現在はゲスターパブって呼ばれている。


これはパスだ。それにファミリィレストランもだ。これもパス。




どれも女の子とデートをするのに、ふさわしくないと


思ったからだ。




デート?これはデートなのか?


いや、デートだよな。




生まれて初めての経験に、正直戸惑っているのも確かだった。


心の動揺は隠せない。心拍数が急上昇しているのが、


自分でもわかる。




女の子とデートをすることに、


自然と呼吸は乱れることに抗えなかった。


それでも僕は半ば強引に、深呼吸をして少し心を落ち着かせると、


モニターに向かい直した。




フレンチにイタリアン、それに中華料理。


余談だが現在、最も大衆受けしているのは中華料理だ。


実際、日本国土の約5%は中国人の所有物になっている。


いずれこの日本も、中国の領土になるのは時間の問題だと思う。


サラミスライス作戦が功を制しているのだろう。




でも、今の僕にとっては、どうでもいいことだった。


とにかく杉下愛美とのデートにふさわしい店を


探すのが、個人的先決問題だ。




そうだ、スペイン料理にしよう。特に理由はなかったが、


なぜか頭にひらめいた。直感といってもいい。


僕は自分のことを合理主義者だと思っている。


直感というものに、不合理さを感じているのも確かだ。


だけど、この時は、それが働いた。




さっそくスペイン料理の店を検索した。


それもなるべくおしゃれで、豪華な店だ。




スパニッシュ・テエンダというのが、


その店の名だ。店内の画像を見ると、


古風でありながら、清潔感のある西欧風の佇まいの


印象を受ける、感じのいい店だった。


ここなら、彼女も気に入ってくれるに違いない。




問題は、その店の開店時間だった。午後5時から


閉店は午前0時まで。今の時期は夕暮れが早い。


そんな夜遅く、女の子を誘うのには抵抗があった。




その店に行くにしろ、その前に映画でも


観たほうがいいかもしれないと思った。




それから彼女が、承諾してくれれば、食事に誘おうと思った。




僕は今上映されている、彼女と観るのに楽しめる


映画を検索することにした。




その時、僕は無意識にデスクの傍らに置いてある


ディスプレイ・フォンに目をやった。




―――巧君、やっぱり杉下愛美の方が、私より好きなんでしょ?―――




それはまぎれもない『愛』の声だった。


勿論、『愛』を起動していない。にもかかわらず、


僕の耳には、はっきりと聞こえた・・・ような気がした。




ただの幻聴だ―――僕はそう思い込むことにした。

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