第22話「召喚する」

 自身に起こったことが信じられないのだろう、レックスはまだ余力はあるだろうに咄嗟に動けずにいた。それが致命的な隙になると分かっていても、彼の身体は硬直している。


「お前は……何故生きて……!?」


 剣の濁流に飲み込まれる直前に聞こえたレックスの言葉は、ニールを見たことに対する驚きの声。ありえない現実を認めまいとする声。


 戦闘中だというのに、彼の集中は途切れて光は消える。彼の言葉通りだ。集中していなければ……勇者の力は使えない。


 そしてその言葉を最後に、剣は次々とレックス盾に傷を付けて、ついには盾を破壊し、鎧を破壊し、彼の武器すらを破壊する。全てを破壊されたレックスはなすすべが何も無くなってしまう。


 名前の通り、濁流に飲まれるようにレックスの身体は剣で覆い尽くされていく。剣同士のぶつかる嫌な音で彼の悲鳴もかき消される。


 そして、数本の剣を残して彼の姿がようやく見えるようになった頃……レックスはゆっくりと地面に倒れていく。あの日のニールのように。


「ば……ばか……な……。なぜ……なぜ生きてるのだ……死んだはず」


 倒れたレックスは息も絶え絶えに呻き声をあげ、目の前に移動しているニール……の姿を見上げていた。身体のあちこちが瘴気の剣で貫かれ、剣から身体にしみ込んだ瘴気で身体は汚染されているが、まだ死ぬ様子は無い。


 良かった、手加減はしたけど生きてたか。死んでもらっちゃ困るからね……。まだ生きててもらわないと。


「ニール、おいで」


 私に呼ばれたニールは剣を手にそのまま私の元へと移動してくる。私が左手でニールの頭を撫でると、ニールはその顔に柔らかな微笑みを浮かべ……そのまま身体から瘴気が噴出すると姿がぐにゃりと変化する。


「ま……まさか……」


 変化したニールの姿は先ほど斬られた私の右手となる。私はその手を無理矢理に切断された右手に形だけくっつけた。


 神経までは繋がってないから指は動かないけど、とりあえずの応急処置としては十分だ。後でちゃんと治さないと。


「ニールは貴方に背後から斬られたから、そのお返しをしたかったみたい。どう? 自分がした事が自分に返ってきた気分は?」


「き……キサマ……!! そこまで堕ちたか……!! その手足……弟の身体を使ったのか!! 何と言う神に背く行い……!!」


「そうよ。ニールも復讐したがってたからね……。あんたが右手をわざわざ斬ってくれて助かったわ」


 ギリギリと歯を鳴らしながら、最後の力を振り絞る様に立ち上がろうとするレックスは、私を侮蔑の籠った目で見てきていた。


「死んだ者が復讐を望むだと……!! 貴様は都合よく弟を利用しているだけだろう!! 死んだ者は全て神の元へ召され罪を裁かれ、許されるのだ……恥を知れ……!!」


 そんな彼に、楽しそうな少年の声がかけられた。


『フフフ……。悔しそうだねぇレックスさん。それにしても死者に会ったこともないくせに、よくそんなことが言えるよね……?』


「なっ……!! なんだそれは……!!」


 右手から現れた半透明のニールを見て、さらにレックスは驚愕に目を見開く。ニールの魂は常に私と共にある。蘇らせることはできないが……瘴気とフィービーの技術を使えばこんな風に話もできる。


 食事もできないし眠ったりもできないけど、右腕を外せばそれを媒体に具現化できる。レックスを誘き出すためにわざわざ許可証も二枚手に入れたんだけど……無駄になっちゃったな。まぁいいか。


『復讐は正しく、僕とお姉ちゃんの望みだよ。勘違いした発言は止めてよね』


「死んだ者が現世に留まるなど……外法中の外法……!! 何と惨いことを……」


「黙れ……!!」


 私はそのまま、立ち上がろうとするレックスの手足を日本の剣で貫いた。彼は悲鳴を上げて再び地面に倒れ、貫通した剣は地面に彼を縫い留めて動けなくする。


 ニールはレックスのその姿を見て、満足そうに消えていく。これからの事を考えると、瘴気を消費するのは得策ではないと察してくれたのだろう。


「弟は私を助けるために自ら身体を差し出したのよ。その覚悟がお前に分かるわけが無い。覚えておけ、死んでいようと生きていようと……復讐を望む者は望むのよ……!!」


 レックスは私の言葉を受けて悔し気な視線を私に送る。


 ようやく静かになった彼を尻目に、私は再び左手を前に出して周囲に漂う瘴気を吸収する。思った以上に瘴気を消費してしまったが、回収できた分でコレから使う技の分は問題無いだろう。


「……正直、気が進まないんだけど……仕方ないか。約束だし、補充もできるしね」


 私の左手が不気味な光を放つ。赤く毒々しいその色は思わず目を背けてしまいそうになる程に気味が悪い。


 そして左手から放たれた光は一つの赤い魔法陣を左手に形成する。


「な……何を……?」


 地面に倒れたまま私のすることを見ているだけのレックスを無視して、私はその魔法陣に残りの瘴気を注ぎ込んだ。


 左手から赤い血のような雫が落ち、それが地面に触れると蜘蛛の巣のような紋様を描き……中央から一つの存在を生み出していく。


 魔法陣と蜘蛛の巣の文様を張り付けた、真っ赤に濡れた不気味な肉の塊が地面からせり出していく。まるで、死を迎える寸前の動物のようにビクビクと痙攣しながら、それは徐々に人の形を成していった。


 ……慣れない人が見たら吐くかもしれないわね、この光景。事実、レックスは何も言えずに青い顔をしているし。


 そして光が収束すると……そこには左手のない褐色の肌をした、一糸纏わぬ姿の女が一人……月明かりを浴びたフィービーが、まるで芸術品のように立っていた。


「ダーク……エルフ……だと……?」


 レックスはまるで見惚れるように目を見開いて呟く。やっぱり存在は知っていたか。フィービーはレックスに構わずに私の方を向いて近づいてきた。


「ノールゥ……夜に呼ぶなんてお肌に悪いんだけどなぁ? ま、王都についた初日に仇と会ったなら仕方ないけどさ」


「フィー、無駄口叩いてないでさっさとやるわよ」


「はいはい、人使い荒いんだから。あ、斬られた右手、後で治すわよ。切り離し方教えたでしょ、なんでわざわざ斬られるのよ」


「何よ、見てたの? そっちの方が油断してくれるからよ」


 私の元に近づいてきたフィービーは、そのまま私にピッタリとくっついてくると、ゆっくりと顔を私に近づけてくる。


 そして、私達は唇を重ねる。


 柔らかい彼女の唇と、ぬるりとした舌が私の口中へと侵入してくる。舌を絡ませ、どことなく甘い香りはするが……その香りでは隠し切れないほどの不快感が私を満たしていく。


 戦場に似つかわしくない水音が周囲に響き渡り、私達はしばらくお互いの唇を貪るように重ね続ける。


「な……戦いの場で……何を破廉恥な……!!」


 レックスの視線を無視し、私達は唇を話す。呼吸が苦しかったためお互いに頬は紅潮し、酸素を取り込むために呼吸が荒くなっていく。フィーは頬を上気させ、うっとりとさせていた。


「ふん、何を想像しているんだか。単なる瘴気の補充よ。粘膜接種が一番早いの、他意は無いわ」


「あら、私はその気になっても良いのに。でも仕方ないわよノール。聖騎士って引退するまで童貞でしょ? 刺激強かったんじゃないかしら」


 私から離れたフィービーがレックスを揶揄う様に笑う。ダークエルフに馬鹿にされたからか彼はその顔を真っ赤にするほどに激高させるが、その場から動けないことに歯噛みしていた。


「……殺す!! ……絶対に殺す!! よりによって神の怨敵と手を組むとは……ノール!! お前もそのダークエルフも絶対に殺してやる!!」


 先ほど戦ってた時よりも強い敵意と憎悪と殺意を、レックスは私達に向けてくる。剣で縫い留められた腕は地面を掴み、爪が剥がれ血が流れていた。だけど剣はビクともしない。


 これではまるで、配役を逆にしたあの日の再現ね。


「ねぇレックス、懐かしいわね。一年前……こんな風に私はあなた達に力を奪われたわね」


「それがどうした!! この剣を抜け!! まだ私は……私は戦える!! お前達二人を……」


「うるさい」


 イラついた私はレックスの顔面を蹴り上げた。地面に刺された剣は抜けない為、そのまま顔だけが跳ね上がる。頭部の重さと何かほんの少しだけ固いものが砕ける嫌な感触を感じた。


 その衝撃でレックスの鼻は顔面の奥にめり込んでいく。どうやらレックスの鼻の骨は折れたようで、私の足はレックスの血で汚れていた。


「ぐぉぉ……」


 レックスは苦悶の声を上げる。鼻が無くなったことで呼吸は荒くなり、逆流した血を含む液体を口からだらしなく吐き出し地面を汚す。


「ねぇ、レックス。今ので思い出してくれた? 貴方達はこんな状況で私の身体を斬り裂いて……禁術で勇者の力を奪ってくれたわね」


仕返ひかへしに……わひゃし身体はらたを……ひゃか……。好きにするが良い……たとえかれても……」


「鼻潰れてるから何言ってるかよくわかんないけど……私はあなたの身体のなんかに少しも興味は無いわ。私は優しいからね、身体には傷つけないであげる」


ひゃにを……」


「ただ、死ぬほど痛いと思うから頑張って耐えてね? あぁ、大声を出しても平気よ。実は来る前に周囲に結界は張ってるから誰も来ないから……ね」


 私は左手に再び瘴気を集め、術式を開始する。これまでで一番瘴気を使う技だ。数えきれないくらいの文様で左手を真っ赤に染め上げ、まるで熱を持っているかのように発光していく。


 ゆっくりと私は歩を進め、彼の背に手を当て静かに……感情を込めない声で小さく呟いた。


「魂を直接……抉ってあげる」

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