第23話「問い詰める」

 ずぐりっ


 そんなおよそ人体からは発しないような音が、レックスの背から鳴る。彼の背は筋肉で覆われているが私の左手は一切の抵抗なく彼の中へと入っていった。


 だからって、痛みが無いわけじゃないけどね。


「~~~~~~~~~~ッ?! グゥゥゥゥゥッ!? ガアアアァァァァアァアァッ?!」


 レックスが魂を直接掴まれた痛みに叫び声をあげ、身体が跳ね上がり、悶絶し、そのたびに刺し貫かれた剣が傷口を広げる。広がりすぎた傷口から剣が抜けそうになるたびに、私は新しい場所に剣を刺し直し、彼を地面に縫い留める。


「あら、私は傷つけないって言ったのに……暴れるから傷が増えちゃうじゃない。仕方ないわねレックス。男の子なんだから我慢しなさい?」


 私は優しく子供に言い聞かせるように声をかけるが、レックスは答える余裕がなく叫び声をあげ続けている。うるさい。情けないわね聖騎士様が。


 グシャグシャと指先でレックス魂の中にある異物を餞別する。そして指先に触れたそれが、私から奪った力だと分かった。私の力は彼の魂と溶け合うことなく、別物として存在しているようだ。


 まるで木の根のようにレックスの魂から全身に広がるそれの核を私は掴み……ためらうことなく一気に引き抜いた。


 今日一番の大きな、結界を張っていなければ街中に響くのではないかと言う声にならない叫びをレックスは上げ、近くにいた私は鼓膜を破壊されるかと思った。フィービーに至っては耳をふさいでるし。


 そして、私の手の中には……あの日奪われた私の力の一つ……。青い光が存在していた。


 これでまず……一つ。


「いやぁ、いきなり一つ目を取り返すとか幸先良いわねぇ。ほんと、なんて気持ち悪い光なのかしら……」


「フィー、これでも元は私の力なんだから変なこと言わないで」


 マジマジと見つめながら眉根を顰めたフィービーに私は文句を言うと、彼女は期待通りの反応だと言わんばかりに肩を竦める。


「は……は……ひ……ひさ……なに……」


 肩で息をしながら玉のような汗を全身から噴き出させ、レックスは私の中の青い光を見つめていた。何かを口にしているが聞き取りづらい……そういえば鼻が顔面の奥に引っ込んでるんだっけ。


「聞き取りずらいから、鼻……元に戻してあげるわ」


 私は瘴気で剣ではなくフックを作ると、引っ込んだ彼の鼻に無理矢理突っ込む。そして鼻の穴にそれを引っ掛け、一気に引き抜いて彼の鼻を元に戻した。止まっていた血液が鼻からボタボタと一気に噴き出し、地面に先ほどとは比べ物にならないほどの赤い染みが出来上がる。


 まるであの日の魔法陣のようね。


 せっかく戻したのに……レックスは喋らない。肩を震わせているだけだ。怒りのあまり声も出ないのだろうかと思っていたら……。


「フフフ……フハハ……ハハハハハハハハ!!」


 気でも触れたのか、レックスは私の手の中の光を見て哄笑をあげる。


 まるで自分の勝利を確信したようなその高らかな声は私を不快には……させなかった。何故なら私には彼の考えていることが分かったからだ。分かっていたから、この笑いには不快にならなかった。


「そうか!! 自身の力を取り戻すか!! それなら良い!! 私がここで殺されても、仲間の誰か一人でも勝てば私達の勝利だ!!」


「へぇ……つまりは自分は負けを認めるというのね」


「そうだ、負けを認めよう。邪悪な存在の手にかかり死するのは業腹だが……私には五人の仲間がいる。お前が取り戻した勇者の力も、お前が死ねば神の元へと届けられるだろう!!」


「そんなに都合よく行くかしらね?」


「……人の身でそこまで瘴気を操るのは驚いた。しかし、ノール……お前の身体は未だ人間のままなのだろう? ならばこれから先の方が地獄だぞ。……私は一足先に……神の元へと参るとしよう」


 初めて、レックスは私を人間扱いした。敗北を認め、死を目前に潔さと希望を持って……その顔はどこか安らかにも見えた。


「フフッ……」


 その安らかな顔が……


「フフフフッ……」


 全てを悟ったような顔がおかしくて……


「フフフフフ、アハハハ、ハハ……アハハハハハハハハハハッ!! レックス!! 本当に、本当に平和ボケしたあなたは愚かね!! 最後まで勘違いして可愛いわあなた!!」


 私は笑った。


 心の底から、腹の底から、晴れやかに聞こえるような笑い声を上げた。上げ続けた。レックスはそんな私を不思議そうに見つめるだけで何も察せていない。


 今からあなたのその顔はきっと歪む。だから私は別に楽しくもないのに笑う。ただ、あなたを絶望させるためだけに笑うのよ。


「私が勇者の力を取り戻す? こんな……こんな神から与えられた力をこの身に取り戻す? そんなものに未練を持つとでも思ってたの?」


「……は?」


「私があなたから力を取り出したのは……したかったからよ!!」


 私の左手が再び赤く輝く。その赤い光は青い光の中に食い込み……青い光が震えていく。まるで光そのものが意志を持っているかのように、抵抗するかのように、青い光は私の手から逃れようと振動する。


「劫火よ灯せ、劫火よ焦がせ、劫火よ滾れ、劫火よ汚せ、我等が敵を、仇名す者を、世に痕跡すら残さず、無様に、慈悲なく、容赦せず消滅させよ……」


 私の言葉に合わせる様に赤い光は青い光を徐々に侵食していく。そして、浸食された箇所はその色を徐々に赤からオレンジに変化させていった。


「神崩しの焔」


 そのまま、青い光は私の手の上で燃え上がる。


「な……な……何を……」


 レックスは、ただ茫然とその光景を見ているだけで何もできない。目の前の事が信じられないのか、ただただ呆然と見ていた。


 青い光はオレンジの炎に包みこまれ、煌々と燃え続け……そして……炎が消えると私の左手には何も残ってはいなかった。


 私はその左手を少しだけ地面に向かって振る。別に何も乗っていないのだけど、何かを捨てる様に。


 勇者の力は……この世から消滅した。


「何を……何を……」


 わなわなと震えながら、私を理解できないものを見る表情でレックスは見てきた。その視線が予想通りで、おかしくて、私は笑ってしまう。


「何をしたかって? 見ればわかるでしょ……勇者の力を、この世から消滅させたのよ」


 私の……左手ごとね。そこに未練はないわ。


 この場に似つかわしくない、晴れやかな笑顔で私は彼に結果だけを告げた。


「お前は何を……!! 何をしたか分かっているのかあぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 地面に倒れたままのレックスは私に怒声を浴びせるが、私には怒声に対して何も感じなかった。


「勇者の力を消しただと!? 人々の希望を、未来を、魔王への対抗手段を! お前は消したのだぞ! それが何を意味するのか分かっているのか?!」


 怒れるレックスへと……私は静かに告げる。


「何言ってるの? こうなったのは……あなた達のせいじゃない?」


 ゆっくりと、私は彼に近づく。ただ私は何の感情も込めない声で、事実を淡々と告げる。


「私達のせいだと?! 何を……!!」


「だって、あなた達が私を裏切らなきゃ、私から勇者の力を奪わなければ……私はこうして勇者の力を消滅させることも無かったのよ?」


 その一言に、ピタリとレックスの動きが止まった。


「ねぇ、レックス……あなたが言ったのよ。私が死ねば勇者の力は神の元へ帰るって。なんでそうしなかったの? 私を裏切った時に素直に殺してれば……勇者の力は神とやらの元へ戻って、いつか誰かに宿ったはず」


 レックスを地面に縫い留めていた剣を操作して同時に引き抜く。金属とも違う乾いた音を立てて、瘴気の剣は地面に落ちる。レックスは……動かない。倒れたままだ。


「なんでわざわざ、私から勇者の力を奪って……自分達の物にしたのかしら? 神に仕えるあなたが何故、国を優先したのかしら?」


 彼は……答えなかった。

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