第21話「借りを返す」

 クルクルと回転しながら、瘴気の剣を握ったままの私の……ニールの右手はレックスの後ろの地面に突き刺さった。これで地面に刺さった剣は何本目なのかもう分からないな。


 切断された右手からはほんの少しの出血をしているが、その怪我は瘴気ですぐに治す。


「終わりだ、ノーマ。右手を失った以上勝ち目はない、降参するが良い」


「あら、降参したら許してくれるのかしら」


「そうだな……私は慈悲深い。苦しまずに、全力持って殺してやろう。それが友としての……君への救済となるはずだ」


 それを私が素直に聞き入れると思っているのだろうか? それに救済って……本気で言ってるから質が悪いわね。


「……最後に、一つ聞いても良い? さっきの青い光、あれって私から奪った力かしら?」


「気づいたか。そうだ、あれは勇者の力……私に与えられたのはノーマ、君の勇者としての守りの力だ」


「守りの力……なるほどね。私の力はそんな感じに分割されたわけだ。それで? 普段はその背中の大盾で攻撃をガードするのに使っているってところ?」 


「よく分かったな。私の意識した場所に光を出現させ、ありとあらゆる神の怨敵からか弱き民を、仲間を、そして神への信仰を守るために私に与えられた力だ」


 与えられた……とは思い上がりが過ぎる。奪ったが正しいだろうに。


 だけど彼はそんなことは構わずに背に背負った大盾を真正面に構えると、眩く輝く青い光を盾に纏わせる。


 先ほどの剣よりも大きく強い光が、真正面からの攻撃全てを防ぐ壁のように私の前に出現する。


「その瘴気の剣、強度はあるようだが操るのは人間の手である以上……私の防御は通らない。勝ち目のない戦い、苦しい戦いにまだ挑むのか? 無駄な足掻きをせず、最後くらい人間らしく救済を受けろ」


「レックス、あなたさぁ……平和ボケして頭の中もボケちゃったの? それとも信仰ってしすぎると人を腐らせるのかしら。だったら悲しいわレックス。仲間だったあなたがそこまで腐るのを見るのはね」


 本当に、優位になったと思った途端にペラペラとよく喋る口だ。教えてくれてありがとうと、お礼は言わないけどね。


 私の言葉を侮辱と受け取ったのか、レックスの顔が醜く歪んだ。そうよね、信仰心を馬鹿にされてあなたが黙っていられるわけ無いものね。


「魔王を倒す旅の時、勝ち目のない戦い、苦しい戦いなんて腐るほどあったわ。それでも私達が勝てたのは諦めなかったからよ。そんなことも忘れた貴方に……私は負けない」


「ふん、口では何とでも言える。あの時は仲間がいたから君は勝てたのだ。今の君は一人……一人で私に勝てるつもりか」


 一人? 今、私が一人と言ったかこの男は?


 怒りを通り越して笑えて来る。何も見えていない、目が節穴にも程がある。信仰心で目が曇っているのか、自身の勝利を疑っていないからか。


「私は一人じゃないわよレックス。今も大切な人と共にある。独りなのはあなたの方よ」


 静かに告げると、私は左手で瘴気を周囲に生み出す。肌が露出した分先ほどよりも濃く、フィービーの左手から出た瘴気は地面を伝い周囲を覆い尽くすほどの瘴気が生まれていく。


 そして……。


「瘴気を垂れ流すだけか、そんなもの守りの力を使う私には……」


 彼が言葉を出せたのはそこまでだった。地面に突き刺さっていた無数の瘴気の剣、形を保っていたその剣が……私の出す瘴気に呼応するかのように一斉に地面から引き抜かれ中空に浮かぶ。


 レックスは、それを呆然と見ていた。


「踊れ、踊れ、踊れよ剣。我等が敵を穿ち、裂き、絶つが良い。我等にその穢れた血を捧げよ」


 呪文のような私の言葉に合わせて、中空に浮かんだ剣はゆらゆらと揺らめく。


 そして左手の指を複雑に、それぞれが別の意思を持つかのように私が動かすと、それに呼応して剣が一斉にレックスに対して襲い掛かった。


 先ほどのように直線的な動きではなく、まるで踊る様に複雑な動きをしながら、四方八方から彼に向っていく。


「なっ?!」


 流石にこれは予想外だったのか、レックスは慌てて盾を構えるのだが気づくのが遅かった。剣は彼の防御を絶妙にすり抜けて彼の肌に傷を付けていく。


「くそっ! このっ!!」


 レックスには右手に大剣を、左手に大盾を持ち私の瘴気の剣を叩き落としていく。だけど叩き落とされた剣は私の操作で再び彼を襲う。


 叩き落とし、剣は舞い、また叩き落とし、剣はさらに舞う。いたちごっこだ。


 巨大な生物に、虫がまとわりつく様に大小様々な剣はレックスに襲いかかっていく。大剣と大盾をを引きつけ、露出した肌を斬り、鎧を傷つけ、隙間から刺突していく。


「くそ! いったい何をしているのだノーマ!」


「あんたみたいに自分の力を教えるわけないでしょ、バーカ」


 なんてことは無い、単純な話だ。私は瘴気を操る術を身に着けた。フィービーとの特訓で、瘴気を操る彼女の技をほぼすべてマスターした。その技の数は666……。


 あの女、技を細かく作りすぎだ。趣味とか言ってたけど良い趣味してるわほんと。


 その中の一つ、瘴気の剣を作り出す技と、自身の身体から出た瘴気を操作する技の組み合わせ。単純ではあるが、効果的なのは現在目の前で苦戦するレックスから明らかだ。


 彼は飛ぶ剣を防ぎながら、私を睨みつける。先ほどまでの余裕はすっかりなくなっていた。


「ノーマァァァ!! 正々堂々と戦え!」

 

「正々堂々ねぇ……じゃあ、これはどう? 真正面から行くわよ」


 私はレックスの周囲を舞っていた剣を操り一つの束に纏める。私の腕の動きに合わせてその束は上空高くに上がり……レックスは青い顔でそれを見上げていた。


「まさか……!!」


「剣の濁流」


 腕を振り下げると、無数の瘴気の剣が滝のようにレックスへ目掛けて降り注ぐ。レックスは大盾を構えるとそのまま青い光を盾から放ち壁を作った。


 降り注ぐ剣はそのまま壁に当たり跳ね返るが、私が操る限りは何度でも剣は襲いかかる。防御の手を少しでも緩めれば、剣は一気にレックスに突き刺さるだろう。


「さぁ、レックス……真正面から正々堂々と攻撃してるわよ、これで満足かしら?」


「くっ……。この程度、この程度でぇぇぇぇぇ!」


 レックスの咆哮に合わせるように、青い光はますます強くなる。私の剣は今のところ全て防がれており、徐々にその形を小さくしていっている。レックスも、なかなかやるわね。


「ノーマ、弱くなったとの言葉は撤回しよう! だがこれほどの瘴気……持続するのは難しいのだろう! これに耐えれば私の勝ちだ!」


 確かにレックスの言う通り、瘴気の量は無限ではない。剣の形が小さくなっていることから推測したのだろう、耐え切られれば私は不利になるのは明白だ。


 レックスは勝利を確信したのか、私の剣を防ぎながら不敵に笑う。勝利宣言には早いんじゃない? 私はそんな勝ち誇るレックスを冷めた目で見つめ……。


「ねぇ、レックス。そういえばニールを背後から斬った時、どんな気持ちだったって言う質問……まだ答えを聞いてなかったわよね」


「何を……!?」


 戦いとは全く無関係の質問を投げる。


「罪のない少年を背後から斬って、何も知らない私の弟を卑怯にも後ろから斬って、どう感じたの聖騎士様? あなたが死ぬ前に教えてよ」


 私は私の勝利を疑わない言葉をレックスに投げかける。彼は一瞬だけ、その時の事を思い出したのか苦悶の表情を浮かべたが、すぐにその感情を消した。


「私は神からの使命を果たすだけだ! その為に必要な犠牲だったのだ!! お前の弟を斬った事に対して私は罪悪感なぞ感じるものか! 神の行いは全て正しいのだ!」


 叫ぶレックスを、私は更に冷めた目で見る。そう、何にも感じなかったのねレックス。あなたは私の弟を背後から斬っておいて、何も感じなかったと。


 じゃあ……。


「あなたを背後から斬っても、何も感じなくてすみそうだわ」


「何を言って……!?」


 その瞬間、レックスは自身に起きた突然な痛みに苦悶の表情を浮かべて首だけを背後に向ける。そして……彼の時が止まった。



 私の弟のニールが、その手に瘴気の剣を持ち、彼を背後から斬りつけていたからだ。



 ありえない光景にレックスの集中が途切れると、肝心の守りの力である青い光は消え、そのまま剣の濁流は彼を飲み込んだ。


 私はそれを見ても……特に何も感じなかった。

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