第17話

「ク、クレヌ、とにかく、王都にこれを知らせないと。お父様にも連絡して手を打っていただきましょう! あの、ご主人、こちらに電話はありますか?」

「で、電話は、町の集会所にいけば使えますよ」


 主人に描いてもらった地図を頼りに二人が集会所に行くと門前払いだった。


「悪いが、あんた達を中に入れらんないね」

「何故ですか!? こちらに電話があるでしょう? 貸していただけませんか?」

「悪いけど、あんた達には無理だ。早くこの町から出てってくれ」


 集会所で不愛想な人間にそう追い払われ、リゼが辺りを見ると、あからさまに顔を逸らす街の人間。旅人相手に愛想のいい笑顔を浮かべつつ、チラチラと二人を見ている。

 その視線の纏わりつく鬱陶しさ。「何か!?」とでも威勢よく迎え撃ってやりたくなるエリーゼだが、ここで騒ぎを起こすのが得策じゃないことくらいは分かる。憤慨しながら来た道を戻ると、町の奥の方から荷馬車がやって来た。端に避けてやり過ごした二人だが、通り過ぎていく馬車を見たクレヌが突然走り出す。そして荷馬車と並んで走り、荷台に乗っている人に声をかけ始めたのだ。


「あの! この馬車どちらから来たのですか!?」

「丘向こうの村だけど?」

「落石は!?」

「いや? そんなものなかったよ」

「ありがとうございます!」


 そう勢いよく礼を言ったクレヌは慌ててエリーゼの元へ戻ってくる。その顔は非常に渋い。


「あ、あの、クレヌ? あの馬車が何か?」

「積んであった荷物の中に果物があった。分かる? アローラの実だ。丘を越えた場所にある村の特産品だよ」

「それが何か?」

「リゼなら知っているだろう。アローラの実の特徴は?」


 エリーゼは本で読んだことのある赤い小さい果物の特徴を思い出した。アローラは王都では生ではお目にかかれないもので、ジュースなどに加工されたものしか口にできない。それはアローラの実の特徴ゆえだ。


「アローラの実は収穫して一日しか持ちません。翌日には実が黒ずんでしまいます」

「隣の村からこの町まで、丘を越えれば半日で来られる。でも、迂回すると二日がかり、にもかかわらず荷台の実が新鮮だったという事は?」

「丘を越えて来たのですね」

「つまり、落石で通行止めは?」

「嘘で……。まさか――」

「嵌められた。フルーエルト公爵家は僕らの行動をどこかで把握したらしいな。この町で足止めして何かしかける気だろう」

「ええぇっ――」


 叫びかけたエリーゼの口をクレヌが手で押さえつけた。町の注目をこれ以上集めるのは御免なのだろうが、少女の口を無理矢理押さえつけるのもそれはそれで目立っている。クレヌが工場に戻ろうとエリーゼの手を引き足を急がせるが、急に立ち止まり振り返った。工場は目と鼻の先だ。


「あの工場のご夫婦を信じる?」

「勿論!」

「どこにその根拠があるんだい?」

「それは……」


 彼らの演技がうまく話しにほだされてしまった可能性は十分ある。信じる根拠なんてどこにもない。ディーデリウムの件があるのにもかかわらずクレヌは冷静だ。いや、ディーデリウムの件があるから確実に事を進めたいのだろう。

 エリーゼが顔をあげて工場を見ると、少し前、紙を投げられた窓から小さい頭が覗いている。エリーゼが手を振るとすぐに頭を引っ込めてしまった。


「あら、残念だわ……」


 そう思ったのも束の間、すぐにその窓から紙が投げ出された。その紙は、今度はくしゃくしゃに丸められておらず、歪ながらも小さく折りたたまれている。広げてみると「ごめんなさい」の文字。そして遠慮気味に工場のドアが開いた。その隙間から頭の上半分だけ出すのはもちろん工場の娘のアミナだ。じっ……と、エリーゼを見て視線を逸らさない。その不安げな視線を見たままエリーゼは率直な考えを口にした。


「クレヌ……。信じたいのです、駄目ですか?」

「そういうの、お人好しっていうんだよ?」

「大丈夫です! なんたって私には稀代の天才クレヌがついていますから! 何があっても平気でしょう? ディーデリウム殿下もきっと大丈夫です! 二度言いますけど、だってクレヌがついていますから!」


 そのエリーゼの答えにため息で持って返事をしたクレヌは、工場に戻るエリーゼのあとを、渋々といった感じでついて行った。





「これを、アブソリュート領までお願いします」


 電話が駄目なら手紙だという話になり、エリーゼが父親に手紙をしたためた。アブソリュート領の中央集配局近くの生花店宛ての手紙。生花店の店主が手紙を開ければもう一通手紙が入っている。それを父親の元へと届けてくれる手筈になっている。非常時の連絡手段の一つだ。その手紙を町の集配局へと出したエリーゼとクレヌは工場には戻らずそのまま路地裏へと張り込んだ。


「なんだか隠密になった気分です!」

「遊びじゃないよ?」


 クレヌがエリーゼをたしなめる。それに続く「はーい」というエリーゼの声に再びため息でもって答えたクレヌ。エリーゼから表情は見えないがさぞかし呆れていることだろう。

 すると、集配局内から突然の発光と共にいくつかの窓ガラスが吹っ飛ぶほどの爆風が起き、エリーゼは思わず頭を屈めた。パラパラ転がるガラスの破片を見て思わず心配してしまう。


「だ、大丈夫なのかしら、中の人たち……」

「二重手紙を開封しようとしなければ害はないんだ。彼らの自業自得だよ。リゼはここで待っていて」


 壊れた窓から中に入ったクレヌを覗く。意気揚々と煙が立ち込める中に入ったクレヌが一瞬見えなくなったが、突然の風に室内の空気が一掃され、頭を抱えてしゃがみ込む職員と、それを見下ろすクレヌがよく見えた。


「今の風もクレヌの魔法かしら……。いつの間に?」


 エリーゼが感心してクレヌを見ていると、彼は自分の足元で上を見上げて「ひぃ……!」と腰を抜かしている男を見た。その男の手には一通の便箋と封筒が握られている。


「それ、先ほど出した手紙の中に入っていたもう一つの手紙ですよね? 何故あなたが見ているのですか?」

「これは手違いで……」


 そう青ざめる職員の男から便箋を奪った。

 その便箋はエリーゼが父親に向けて書いたもの。ではなく、クレヌが魔法を書き記したものだ。本当にエリーゼがしたためた手紙はクレヌが魔法で暗号化したのち鳥の姿にして飛ばしてしまった。今頃仲間兼護衛の鳥と共に東部方面にあるアブソリュート領まで飛行中のはずだ。

 どうせ検閲されるであろうことを予測したクレヌは、自分の予想通りになった、焦げた残りの便箋を見て鼻で笑った。


「中に入っている手紙まで開封しなければこの便箋に仕込んだ魔法は発動しない。手違いで中の手紙まで開けようとしたということか? 随分雑な言い訳だな」

「そ、それは……」

「聞くが、誰の命令だ?」


 クレヌが職員の男性の前にしゃがみ込むと、「ひぃぃいい!?」と小刻みに動き出し、壊れた動く人形のようになってしまった。青ざめてどう考えてもまともに話せそうにない男性職員。クレヌが凄みを見せるほどに口を堅く閉ざしてしまった。


「まあ、あれじゃあ駄目ね。クレヌ怖すぎだわ。まあディーデリウム殿下の事があるのだもの、怖くもなるわね……」


 返事をしない男性職員を般若のような顔つきで見下ろすクレヌ。そんなクレヌを見ていたエリーゼは、ジャリ、とガラスの破片を踏みつける音で反射的に横を向いた。


「!?」


 振り向いた瞬間目を塞がれ、次いで口も布のようなもので塞がれた。声を出す暇もなく何者かに体を拘束されると地面から足が離れた。

 叫ぼうにも声は出ずもがこうにも体は動かず。

 恐怖だけがエリーゼの体を支配すると、体は強張り余計どうにも抵抗などできなくなる。


(クレヌ様!!)


 そう思うだけが精いっぱい。

 だが、そう思ったのも束の間、「ぐえ」という何かの汚い声が漏れ出ると、担がれていたのとは違う体勢で誰かの手に渡った。途端に息の出入りが可能になった口を開くと、「あ……」という震えた声しか出なかった。


「大丈夫かい?」


 目隠しを解かれると、心配そうに眉間にしわを寄せるクレヌがいる。


「クレヌ」

「ごめんね」


 そうギュッと抱きしめられて逆に慌てたのはエリーゼだ。タダでさえお姫様抱っこの状態で距離が近いのに、更に密着して攫われかけたどころの騒ぎじゃない。


「あああ、あの、だ、大丈夫です! なので、降ろしてください!」

「……」


 クレヌの顔を押して離せは、不服そうな漆黒の瞳に見つめられて思わずドキリと胸が高鳴った。


「あの、クレヌ?」

「これ持ってて」


 エリーゼを降ろしてからクレヌが手渡したのは良い香りがしみ込んだ丸い紙。


「これは?」

「魔法に必要な魔法精油をしみ込ませたものだ。不躾な輩が近づけなくなるから、絶対に手放さずに持って、ここで待ってて!」


 そう言うと、クレヌは小道の先、大通りに面した方を見た。一人また一人と増えるのは明らかに一般人じゃない手練れの人間。手に持っている物騒な物が友好的に話し合いに来たわけでないことを物語っている。


「さて……、何人片付ければいいのかな?」


 そう言って、胸元から銀色の蓋つきの鏡を取り出したクレヌ。蓋を開け鏡面を撫でてから蓋を閉じると、銃を構えるように大通りの方に向かって腕を出した。


 ダン!!!!


 という空気を裂く音が、緊張感が増した空間に響くと、小道に入り込もうとしていた輩が一斉に吹き飛びピクリとも動かなくなる。道の先に積み重なった人間を後から来た人間が困惑した表情で覗くと、次に狙いを定めたクレヌによって再び打倒される。


「あ、あの……。まさか、本当に狙撃しているの?」

「まさか、殺してはいないよ。空気砲に微細な針状物を混ぜてあるんだ。少しでも皮膚に当たれば即意識混濁。ま、平和的に解決するにはもってこいな方法だろう?」

「平和的なのかしら……」

「何はともあれ、巻き込まれないようにここで待ってて!」


 そう言うと大通りに向かって駆けだしたクレヌ。

 エリーゼがふと自分の後ろを振り返る。そこに立っている人間はいないが、三人の男性が倒れていた。先ほどと同様に意識を失っているようで起きる気配もない。だが、三人の顔には明らかに何かに踏まれた足跡が残っていた。鼻から出血もしているし、明らかに眠らされた上にクレヌに何かをされたようだ。


「クレヌ、無茶しないかしら……」


 そう心配しつつ、でも稀代の天才の魔法は見てみたい。エリーゼが小道から顔を出し大通りを覗くと、ゴロゴロ転がる人間と、それを見て最早言葉を失った町の人間の姿が見える。大通りの先からは爆発音と閃光が煌めき、人の悲鳴もかすかに聞こえた。

 騒ぎを聞きつけて工場の主人も来たようで、あまりの事態に困惑していた。


「これは一体……。あなたにお怪我は?」


 そう工場の主人がエリーゼの肩に触れようとした瞬間、二人の間に高圧の電流が流れたように衝撃が起った。


「ええ!? 一体なんなのですか!?」

「……クレヌの魔法だと思います。人を選ばないのね。ちょっと不便かしら」


 微妙に光を帯びたクレヌの魔法がかかった紙。『何人たりともエリーゼに触れること許さず』 と、言っているようなその紙を両手で包み込むと、エリーゼは困ったように笑った。


「って、言っている場合じゃないわ、クレヌやりすぎです!」


 そう叫んでみるも、もはやどこにいるか分からないクレヌに声なんて届かない。先ほどまでしていた爆発音も悲鳴も止み、静かになった広場方面。クレヌが気になるエリーゼはここに居ろと言われた約束を反故にして大通りに出た。


「駄目だって、そこにいてって言ったはずだよ?」

「クレヌ!?」


 上から地面に降り立ったクレヌはケロッとした顔、いや、清々しい顔をしてエリーゼの頭を撫でた。


「まあ、広場まで行かなかったのは及第点かな」

「あ、あの、クレヌ? 一体どこから来たのかしら?」


 エリーゼが上を見上げても、あるのは青空だ。どこにも人が飛び降りるところなどない。考えられるとすれば、屋根の上から飛び降りたという可能性だ。だが、クレヌは真上を指さした。


「ちょっと用事があって上にいた」

「ど、どういう事です!?」

「空中に待機する魔法くらい簡単だよ? 姿を見えなくさせるのもだ。それくらいできないと戦前ではやっていけない」


 そう当たり前のように言うクレヌは、工場の主人と同じく騒ぎを聞きつけて集まってきた町の住人たちを一瞥した。

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