第11話

 式が終わり、火葬場へと人が流れる中に、僕も付いていっていたが、不意に肩を叩かれ振り返る。


「……?」


 そこに立っていたのは、黒い着物を着た、曽我部によく似た年配の女性。

 おそらく曽我部の母親だった。


「あの、あなた、もしかして隆一の腕時計の方?」

「え、」


 思わぬ曽我部の母親の言葉に驚き、返答に困った僕は少し後退る。


「さっき棺に隆一の腕時計を入れてくださったでしょ?あれは隆一が高校生の頃にアルバイトで貯めたお金で買ったものなんです。あの時計が、いつの間にか緑色の高そうな腕時計に代わっていたから、問い詰めたことがあってね、」

「…あ、あの、」


 僕の困惑を察したのか、曽我部の母親は小さく微笑み、


「責めているわけではないんです。お礼が言いたくて。…あと、あなたのお顔を、間近で拝見させてもらって、わかったことがあって、」

「…え、」


 曽我部の母親の言葉の意味がわからず、僕は困惑の色を深めるばかりだった。

 しかし曽我部の母親は、強い意思を持って僕をしっかりと見つめて言った。

 

「お願いがあります。どうか、隆一が骨になるところを、見ないでやってくれませんか?きっとあなたには、見られたくないと思うから。」

「え、…どういう意味ですか、」

「代わりに、」


 詳細を知らせることなく、曽我部の母親は近くにいた斎場のスタッフにペンと紙を借りると、何かしらを書き付けて、その紙を僕に渡した。

 そこには何処かの住所が記されていた。



 曽我部の母親の願い通り火葬場へは行かず、僕はその足で車に戻った。そして教えられた住所をナビに入力する。するとナビは近くの区民文化センターを指し示した。


 僕は喪服姿のまま、ハンドルを握り、一路区民文化センターを目辞す。


 その区民文化センターは少し勾配のきつい坂の上にあり、駐車場はさらに上まで上らなくてはならない。

 車は一度区民文化センターを通りすぎて、ガラガラの駐車場の端に停めた。


 坂を下る道すがら、区民文化センターに併設されている図書館から帰る親子連れとすれ違う。


 母親に手を引かれる男の子が、喪服姿の僕を不思議そうに目で追った。母親はそんな男の子の手を強めに引いて、僕を見ないよう促す。


「…ふふ、」


 自嘲気味の笑みが漏れて少し驚く。


 僕はこんな時でも笑えるらしい。




 区民文化センターの入り口は計三つあり、一つが図書館、一つが区民文化センターホール、一つが文化会館へと繋がる。一寸迷って、ホールへ続く入り口から中へと入った。


 催し物のない今日は、ホール受付広場はがらんとしている。


 足音の響く無駄に広い空間の真ん中で、しばらく辺りを見回して、ある一点を見た瞬間、


「………嘘だろ、」


 僕は言葉を失った。


 

 よろよろと引き寄せられるように近付く先に立つ木彫りの観音菩薩像。

 

 2メートルはあろうかという大きさも然ることながら、そのディテールの細かさに、圧倒された。


 そしてその顔へと視線を動かし、刹那、


「…曽我部っ」


 僕はその場に崩れるように踞った。


「……うぅ、ううっ、」


 その観音菩薩像の顔は、「僕」だったのだ。


 曽我部の、僕への想いが集約されたその観音菩薩は、この世の煩悩を全て飲み尽くすかのごとく穏やかに微笑む。


 これが、曽我部から見た「僕」。


 

 違う。僕はこんなに穏やかには笑わない。


 その事実が胸を突くよりも、こんなにも愛されていたことに胸を抉られた。


「うわああああ、」


 僕はその場に踞ったまま、子供のように声をあげて泣いた。




 こんなに愛してくれる人に出会うことは、きっともうない。


 

 僕は、死ぬその瞬間に、お前のことを思い出す。

 

 こんなに人に愛されたことを誇りに思って僕は死ぬことができる。


「…ありがとう、曽我部。ありがとう。」



 そして僕は、こんなに人を好きになれたことを誇りに思って生きていくことができる。



 ありがとう、曽我部。ありがとう。




                了


 

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緑色の時計は時を告げない。 みーなつむたり @mutari

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