第34話 芽吹村、新たな始まり

 次の日、どこにも姿の無い佐平次を探していた惣治郎が、離れの個室で一人倒れている姿を発見した。

 普段通り綺麗に整った部屋の中で、特に外傷もなく倒れていた佐平次に声を掛けても返事はなく、意識は戻らない。

 急いで医者を呼び診てもらったが、首を横に振るばかりだった。

 何人かの医者に診せたが彼らは口を揃えて、

「まるで心の臓を動かす為だけに呼吸をしているようだ」と驚愕したという。




〇●〇●〇




 それから数日後、惣治郎は芽吹村に来ていた。

 村の奥に向かい、きょろきょろと周囲を見回している惣治郎の姿に気が付いた甚八が、大きく手を振る。


「おぉ~い、惣治郎さん、こっちこっち!」

「甚八さん、伊作さん」


 駆け寄った惣治郎は、二人にぺこりと頭を下げた。


「本日も本当にご苦労様です」


 着々と植林の進む一帯を見回して惣治郎は、ほっと息を付いた。


「もうすぐ冬が来ちまう、早くやっちまわねぇとなぁ」

「本来なら春を待つのが望ましいが、そうも言っていられないからな」


 植林などの場合、根を張らせ安定させる為には暖かい季節が望ましい。

 しかし、そこまで待つのは長いということで、本格的な冬を迎える前に行うことを決めたのだ。

 落葉樹や広葉樹など様々な種を混同し、元の里山に自生していた木を多く植えることで、安定を図ることにした。

 これには庄屋の与右衛門も大いに賛成し、村人全員で取り組むこととなったのだ。


「新しい村の最初の仕事だ。張り切らねぇとな!」


 甚八が、ぱんと胸を叩く。

 元の村人のみでなく新しい住人が増えた芽吹村において、この植林は新旧交々の村人たちの結束を深めるという役割も担っていた。


「それもこれもみな、惣治郎さんの尽力あってのことだ。本当にありがとう」


 植林に関して、惣治郎は大胆な提案をしていた。

 森塚より奥、村人たちが神域と呼んでいた場所全部に森を作ろうと言い出したのは惣治郎なのだ。

 里山を削り木の根まで掘り起こして村を拡大した二代目佐平次だったが、金岩の周囲、つまり神域付近は手を付けずに残していた。

 此度の佐平次の企ての目的は大量の金の独占だ。

 金岩に傷でも付いて金が枯れることを恐れたのだろう。

 この周囲をなるべくそのままにして覆い隠すように大きな蔵を建てる算段だったようだ。


「そのお陰で水脈が変わることも途切れることもなく源流が枯れなかったのだろう、まるで奇跡に似た事実だが」

と、山師が驚いていたらしい。


 甚八たち村人は俄然、植林に尽力する気力を得た。

 そういった山師への声掛けや相談、それに掛かる費用や人足の総てを負担したのもまた、近江屋だった。


「さすが三代目! これぞ本物の慈善の景舎だな!」


 照れたように、はにかんで惣治郎は目を伏した。


「二代目が、あのような形で倒れてしまいましたからね。何とも因果を感じます」


 俯く惣治郎に、二人は黙って顔を見合わせた。

 二代目近江屋佐平次は、今でも近江屋奥の離れで介抱されている。

 只々、心臓を脈打つだけの状態で、生きているのだ。


「二代目のしたことは、許されることではありません。しかし彼がしたことは、悪い行いばかりではないのです。この村の整備も、その時の人々への振舞いも、普段の仕事振りも見習うべき所が沢山ありました。あの人の総てが嘘だったとは、私には思えないのです。いえ、そうは思いたくありません」


 しゅんとして俯く惣治郎に、甚八と伊作は顔を合わせて黙り込んだ。

 幼い頃から店にいる奉公人は主にとって家族のようなものだ。

 惣治郎には惣治郎なりの、二代目への思いがあるのだろう。

 他人が口を挟めるような話ではない。


「だから、私が近江屋の三代目となったこれからも、私はあの方の看病を続けるつもりです」


 毅然と顔を上げた惣治郎を見て、甚八と伊作は笑みを作って頷きあった。


「俺たちで出来ることがあったら、何でも言ってくれ」

「今回助けてもらった分、力になるからよ!」


 惣治郎は目を潤ませて二人を見詰めた。


「お二人とも、本当にありがとうございます」

「まぁ、俺たちに何が出来るか、わからねぇけどな。頼ってくれよ!」


 笑いながら、伊作も頷く。


「まずはここに森を作って、緑を取り戻そう。少しでも償いや弔いになることを願って」


 三人がその景色を見回す。

 小川の水脈と源流を壊さないように気を遣いながら行う植林は難しいが、山師に知恵を借りながら懸命に働く村人たちの姿を見ていると、守れそうな気がしてくる。


「ここに木々が茂り、小川の源流を枯らすことなく、また澄みきった水を取り戻すまで、私たちが守りましょう。たとえ何代掛かろうとも」


 惣治郎の言葉に甚八と伊作も力強く頷いて、三人は誓い合った。

 この奇妙な縁は友情という形で、今後も繋がることとなる。


「そういえばよ、今回の礼が言いたくてあやし亭を探しているんだが、店がねぇんだ」


 甚八の言葉に、惣治郎が身を乗り出した。


「私も同じなのです。何度探してもどこにもなくて、店の者にも当たらせているのですが、一向に見つかりません」


 二人の会話を聞いていた伊作は、不意に思った。


「不思議な人たちだったから、もう会えないかもな」

「人っていうか、な」


 甚八の笑みに、二人が同じように微笑む。


「また会えることが、あるといいな」


 伊作のその声は乾いた秋の風に流されて、空の向こうに運ばれていった。

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