第6話 魔術師協会

 東京の魔術師協会本部は大手町に置かれている。

 外観は、都心に幾らでもある高層ビルだ。

 ……正直、俺みたいな落ち零れ魔術師が出入りするような所じゃない。

 が、白峰さんからの依頼を請けた翌日、俺はその魔術師協会本部ビルへ呼び出しをくらっていた。

 通された会議室のとんでもなく高級そうなソファーに身体を埋めつつ、人を待つ。

 ……ちっ。あの引き籠りぐーたら魔女めっ!

 こういう時こそ、一緒に来てくれるべきだろうが。何が『唯月、行って来ておくれよ。私は――こほこほ。持病の一日十八時間はベッドの上にいないといけない病が』だっ。何時か、ぎゃふん、と言わせてくれる。

 俺が、雪姫に結ばれたネクタイを弄りながら、復讐の炎に身を焦がしていると、扉が開き白髪の男性と、眼鏡をかけた黒髪美女が入って来た。

 ――魔術師協会会長、神乃瀬光雲かみのせこううん。同副会長、杠葉小絵ゆずりばさえ

 両者共『二宮八家』に列なる名門の出で、恐るべき魔術師。協会内の改革を推し進めてきた人達でもある。

 慌てて立ち上がり、頭を下げる。


「ああ、気にしないでくれたまえ」「楽にしてください」

「は、はい……」


 ガチガチに緊張しながら、ソファーへ着席。

 ……くそっ! 雪姫の奴、この二人が出て来るのを察知していやがったなっ!!

 内心で悪態を吐きながら、恐る恐る尋ねる。


「……えっと、本日はどのような御用件でしょうか? 一昨日の事件でしたら、報告書をお送りしたと思うのですが」

「ああ、聞いているよ。長遠君の報告書は簡潔でよく纏まっていると評判でね」

「お話したいのは――飛鷹様のことです」


 杠葉さんが眼鏡の位置を直した。

 滅茶苦茶、怖い……。


「あの御方が、余り御屋敷から出られないことは承知しています。――が! 仮にも、特級魔術師。その地位に相応しい働きをしてもらわねば困るです」

「……申し訳ありません。取り合えず、本人と電話を繋げますので、直接言っていただけますか?」

「……え?」「……ほぉ」


 杠葉さんが呆けた声を出し、会長が面白そうに顎鬚をしごくのを見ながら、俺は雪姫に電話をかけた。

 ワンコールも鳴らず、留守番電話へと変わる。おのれ。

 すぐさま呪いの言葉を残す。


「…………出なかったら、今晩は野菜のフルコース」

『酷いよ、唯月っ! それはあんまりだっ!! 君のご主人様が涙で枕を濡らしても良いのかい!?』

「そんなご主人様はいねぇよ。――はい、どうぞ」


 俺は通話をスピーカーにして、テーブルの中央へ置いた。

 ――二人の背筋が伸びる。


「飛鷹様、お久しぶりです」「お、お久しぶりです」

『…………唯月、これ、誰??』

「!? おまっ! 会長と副会長だよっ!」


 あんまりな言葉に俺は雪姫へ怒鳴り返す。

 幾ら世間知らずでも、限度ってものがあるだろうがっ!?

 すると、お嬢様はつまらなそうな声を発した。


『ふ~ん……いやぁ、ほら、私って興味ない存在を覚えていられないじゃないか? そして、私は魔術師協会にまっっったく、興味がないっ! 以上、証明』

「終了、とか言ったら、土産のどら焼きは食わせん」

『!? 酷い……酷いよ、唯月っ! 嗚呼……何時からこんなに悪い子に……出会った時は、子犬みたいでとっても可愛かった――いや、今でも唯月は世界で一番可愛いし、私に美味しい物を教えてくれるし、髪も梳いてくれるし、大好きだけれどもっ! もっ!!』

「五月蠅い黙れ。引き籠り魔女がっ。すいません、後でよく言い聞かせておくので」


 俺は呆気に取られている二人へ頭を下げる。

 ――会長が大きな咳払い。


「……飛鷹様、改めまして。魔術師協会会長、神乃瀬光雲であります」

「……魔術協会副会長、杠葉小絵です。お見知りおきを」

『神乃瀬と杠葉……ああ、『双神ふたがみ』と『七鹿しちろく』のところのね。で? 何の用かな? 私の唯月を呼び出したんだ。それ相応の理由がなければ、納得は出来ないのだけれど??』

「……はい」「……分かっております」


 ん~……何やら、雲行きが大変に怪しい。

 つーか、会長と副会長は、どうして雪姫にここまで気を遣っているんだ?

 まぁ、取り合えず――俺はやたらと偉そうな引き籠り魔女へ告げる。


「……どら焼き」

『! くっ! 汚いっ。唯月、君は本当に汚いねっ。言っておくけど、私へ対してそんな物言いを許されるのは、ほんと~に、限られるんだよ?』

「え? だったら、敬語にするか?? 最初、そっちでも良いって言ったよな、俺は。こんな感じで――飛鷹さん、少し真面目になってください。貴女の遣いという格好の俺が恥ずかしいので」

『…………唯月の意地悪ぅぅぅ。ほら、呆けてないでとっとと、話したまえよ』


 雪姫が半泣きから一転、恐ろしく冷たい声を発した。

 すると、会長達は重々しく要件を述べた。


「……先日、『藤宮ふじのみや』家の倉庫に盗みが入った件はお聞きおよびかと思います」

「……詳細は未だ不明ながら、中身はかなり古い物であるらしく、『大量殺戮可能な呪物』とのことです」

『はぁ? ……それを私に探せ、と? 他家は?』


 『二宮』の一角である『藤宮』には、四名家が従っている。

 普通に考えれば、協会の魔術師に依頼をするまでもない。

 会長が話を続ける。


「国内に入り込んだ、『百障子』の残党を追っております。どうやら、『十乃間』家を含め、あちらの家々は対処に消極的なようでして……」

『まぁそうだろうね。敵対した、とは言っても、元々は可愛い分家。あそこの当主は優し過ぎる。手が空いている特級は?』

「……ここ数ヶ月、未知の『異形』が増えておりまして。飛鷹様が一昨日討伐された種と同様です」


 副会長が後を引き取った。

 ……新聞に書かれていた内容は、大分控えめに書かれていたらしい。

 さて、雪姫はどう応えるか。

 暫くの沈黙の後、お嬢様が口を開いた。


『――分かった。気に留めておこう。さ、とっとと唯月を解放しておくれ。私の中の唯月分が喪われる前に早く!』

「「有難うございます」」


 会長達は深々と携帯へ頭を下げた。少々、シュールな光景だ。

 ……あと、唯月分って何だよっ! 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ご主人様は引き籠り魔女 七野りく @yukinagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ