第5話 依頼➄

「それはまた……どうぞ」

「……いただきます」


 俺は唖然しながら、白峰さんへ紅茶を勧めた。

 すると彼女は静かにカップ手に取る。


『一級以上の使い魔』。


 明治維新以降、の大戦を経た21世紀の今日、二級以上の『使い魔』は、魔術師協会に登録することが義務付けられており、俺の実感としては、ほぼ九割弱がカバーされていると思う。

 ……が、全てを網羅出来ることもまた出来ず。

 稀に、未登録の『使い魔』が出現したりするのだ。

 しかも、今回の場合は『一級以上』。

 本当ならば、魔術師協会や『八家』、場合によっては軍が直接出張る案件だ。

 白峰さんへ考えを告げる。


「……うちの事務所へ話を持って来たのは何故ですか? 確かにうちの所長は、日本国内でも数える程しかない特級魔術師です。けれど、失せ物捜索ならば、協会の方が優れています」

「そのことも重々承知しています。けれど……あの【匣】は、私の家にとって、家宝でもあったのです。協会の手を借りてしまえば、幾許の金銭と引き換えに、戻ってくることはないでしょう。また、協会を気にせず行動する魔術師は限られます。……他の魔術師事務所にもあたりましたが、全て断られてしまいました」

「…………」


 一理ある。

 下級の『使い魔』ならいざ知らず、希少な『一級以上』ともなれば、協会のお偉方は、相当な札束を積んで譲歩を迫るだろう。三度の大戦は、この国の魔術師達をある意味で正直にさせた。

 そして、飛鷹雪姫は魔術師協会を視界に殆ど入れていない。

 精々、見えているのは、『二宮』と『八家』の上家だけ。

 ……まぁ、それでも、相当罵るのだが。

 さて、どうしたもんか……俺は腕組みをし考え込む。

 取りあえず、あの引き籠り魔女はともかく、死に物狂いの努力をしてもなお、五級魔術師に過ぎない俺が手を出して良い案件じゃない。

 が……目の前で静かに俺の回答を待っている女性を見やる。

 握り締められた両手は白くなり、顔をやや蒼白い。

 ……先祖の遺した家宝、か。

 俺は瞑目し、言葉を発した。


「分かりました。この依頼、原則御請けしたいと思います」

「!? ほ、本当ですか?」

「ただし」


 立ち上がった白峰さんへ片手で押し留める。


「所長――特級魔術師、飛鷹雪姫の判断を聞いてからです。一級以上の案件かつ、百障子の残党が関わっているとなれば荒事になる可能背が高い。所長は荒事を好まないんです。数日内に御連絡します。吉報をお待ちください」


※※※


 白峰さんを正門まで送った俺は屋敷のリビングへ戻り、椅子へ座った。

 紅茶を飲みながら、置いていった資料に目を通す。

 ――白峰家は、南北朝時代にまで遡れる由緒正しい古家らしい。

 ただ、明治維新の際、最後の最後まで抵抗した結果、排斥。

 魔術協会の要職等にはつけず、表舞台に立たないまま、21世紀を迎えたようだ。まぁ、よくある話だ。魔術師はとても執念深い。

 そんな白峰の、今は誰も住んでいない旧家から、【匣】が持ち出されたのは一ヶ月前。魔術師協会からの回ってきていた『百障子の残党、日本潜入』の報とも、時系列的に一致する。

 ……20世紀末、『二宮八家』の支配に反旗を翻し、あっさりと叩き潰された悲しい家の残党が、今更何を企んでいるんだか。たとえ、諸外国の支援を受けても、無理なものは無理だ。捕捉されたら、肉片も残るまい。

 それ程までに……百障子の本家だった『十乃間』は恐ろしい。

 俺はネクタイを緩め、携帯をかける。鳴る前に声。


『依頼は断ろうね、唯月』

「理由は?」

『そんなの――決まってるだろう!』


 予兆もなく、後方から細い手が伸びてきた。

 俺のカップを奪い取り、飲む。


「あ、こら」

「――むむむ。唯月、少し良い茶葉が良すぎないかい? 私と唯月の時間を奪った女なんて、出涸らしで十分だ!」


 出現したのは、雪姫だった。

 他人がいないので、部屋に引き籠る必要性がないのだ。

 ……というか、軽々に転移魔術を使うなっ!


「客人はもてなすもの、って俺は祖母ちゃんに習ったんだよ。で、断る理由は? やっぱり、相当ヤバイからか??」

「ふ~ん……まぁ、唯月の御祖母様の戒めならば、仕方ないかな? 違うよ」


 雪姫は資料を摘まみ上げ、当然のように俺の隣へ腰かけ、椅子と椅子をくっ付けた。左手を伸ばし、ワイシャツの襟に触れてくる。

 露骨に不満気だ。


「……唯月、ネクタイはどうしたんだい?」

「速攻で外した。くーるびず、ってやつだ」

「それは邪教だっ!!!!! ワイシャツ・スーツは着ておいて、ネクタイを外すなんて……さ、着けておくれ」

「嫌だ」

「ま、嫌だ、と言われても、強引に結ぶけどね★」


 そう言うと雪姫は俺のネクタイを手に取り、嬉々として結び始めた。

 このお嬢様は、ネクタイフェチなのだ。なお、邪魔すると本気で拗ねるので、そのままさせておく。

 ――微かな花の香り。どうやら、極薄く化粧もしているらしい。

 一生懸命、ネクタイを結びながら雪姫が告げてくる。


「依頼を受けたら、唯月はあちこちに出かけないといけないだろう?」

「ま、そうだな。しかも、今回のは失せ物だし……」

「つまり……私と離れ離れになってしまうじゃないかっ! そんなのは許されないっ!! 唯月が屋敷にいない間、私は誰で遊べばいいと?」

「……おい、こら。飛鷹雪姫」


 俺は目を細め、じー。

 が、ネクタイを結び終えた雪姫には通じない。むしろ、不思議そうだ。


「第一、相手が『百障子』の残党なんだろう? 唯月じゃ、見つけても返り討ちにされちゃうよ?? 腐っても『数持ち』なんだから」

「いやまぁ、そりゃそう――……待て。そもそも、お前が現場に出張れば万事解決する話だろうが!」

「えーやだー。私は唯月とこうして一日のんびりしている方がいいからね☆ さ、唯月、立っておくれ。撮影しないとっ!」

「…………はぁ」


 嘆息し、立ち上がる。

 ……雪姫の引き籠りは筋金入り。この程度の案件で外には出ないだろう。でも。

 スーツとワイシャツを整える雪姫へ、俺は告げた。


「まぁ……請けるだけ請けようぜ」

「……どうしても?」

「どうしても。ただし、危なそうだったら、深入りはしない」


 視線を合わせ、雪姫の反応を待つ。

 まぁ……絶対に駄目、と言われたら諦めよう。特級魔術師様の状況判断に間違いは殆どない。

 暫くの沈黙の後、雪姫は溜め息を吐き、唇を尖らせた。


「…………はぁ。唯月は困った子だ! そうやって、毎回、私を困らせてっ!! 分かったよ、好きにするといい。ただし、朝食と夕食はぜっったいに、一緒だ。それを破ったら、御仕置きするからね? あと、今日のお昼はタンポポオムに、ホワイトソースで頼むよ☆」 

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