4 茶髪

 ところで頼兼翔子には特徴がある。


 生まれつき髪がクセのある茶色で、瞳の色も薄く、肌も他人より明らかに白い。


 そのため、


「いちいち髪が天然じゃいう証明書ば出さにゃいけんくて、ほんでそれでも生活指導の先生からなんかは疑われよるけぇ」


 あんまり自分のこと実は好きじゃなかったんよ──翔子は千沙都と二人で、廊下を歩いていた際にふと言った。


 それでも。


 舞だけは翔子の髪や肌のことなど気にしないで、友達付き合いをしてくれたらしく、


「ほじゃけぇ、舞ちゃんだけは信用しとるん」


 舞のことを信じ切っていることが、単語の端々から伝わってきたので、千沙都は些細な憤情で翔子を咎めることをためらってしまうほどであった。





 翔子が加わったことでサウンドは定まってきた。


「やっぱりベースがいると違うねぇ」


 美鶴は素直に口にした。


「ギターとベースがおらんとバンドにはならんけぇ」


 舞は笑っていたが、千沙都は複雑な気持ちを抱えたままで、ミスも出ることがあった。


「あ…ごめんごめん、練習まだまだ足りないみたい」


 千沙都は笑顔で取り繕うのだが、美鶴だけは違う感懐であったようで、


「休憩用の飲み物の買い出し行こ」


 美鶴は千沙都を伴って、己斐橋のそばにあったコンビニまでの坂を下り始めた。





 美鶴はふと、


「あのさ…千沙都ちゃん」


「ん?」


「もしかして、自分のことを必要ないって思ってない?」


 あまりに薮から棒を衝いて出したような訊き方であったので、思わず千沙都は立ち止まった。


「…何で?」


「顔に書いてあるよ、ギターは他の子のほうがいいのかなって」


 美鶴は何かかんづいていたようである。


「まぁ確かに幼馴染みが知らない顔を見せると、ちょっと不安になるよね」


 美鶴は述べた。





 美鶴は振り返ると、


「私はほとんど友達がいないから分からないし、別に友達に依存する気持ちなんかないけど、でも分からない人はどうやったって分からないものだし、無理に繋ぎ止めようとしても無理なもんは無理だし」


 だったら──美鶴は、


「ココってときに見切るのも大切だよ」


「うーん…でもそれは何か薄情うすなさけな気がする」


「そうかな? 人間なんか、親兄弟は他人の始まりなんだよ」


 美鶴は何か悟っているようなところがあって、


「舞ちゃんが悪い訳でも翔子ちゃんが悪い訳でもないけど、でもコレは仕方ないことなんじゃないかなって」


 そうやって色んなものを知って、大人になっていくんだろうなぁって──美鶴は眼下の放水路に目をやった。


「取り敢えず、そういうものなんだって受け入れたら、多少なりとも違うんじゃないかな」


 己斐橋が見えてきた。


「スポーツドリンクなら、問題ないんじゃないかな」


 コンビニへ入ると美鶴はカゴを手にした。





 コンビニで買い物をしている間、千沙都は美鶴のときに残酷なまでとおり切ったところにいささかのむごさをおぼえながら、しかしそこにいたるまで美鶴が通ってきたであろう出来事を慮ると、美鶴はそうなりたくてなったというより、ならざるを得なかったような気がしたのか、千沙都は何も言えなくなってしまっていた。


 帰り道の坂を登りながら美鶴は、


「人ってね、上手くいくことばかりじゃないと思うんだけど、でもそこでどう乗り切るかってのが大切で、私がもし千沙都ちゃんの立場だったら、新しい友達を増やしたりとか、要は分母を増やせばいいのかなって」


 普通の者なら分子を減らす方へ舵を切るのであろうが、分母を増やしてしまえば、薄まるぶんダメージも薄くなる──というのが、美鶴の意見であった。


「それに、悪口とか言わなくて済むしね」


 美鶴はウィンクしてみせた。





 スクバンのエントリーが済んで、広島県予選の日取りが決まった。


「ひとまず期末テストとは被らんかったけどね」


 千沙都が気にしていたのは期末テストとの日程の問題で、仮に重なると夏休み中に追試を受けることとなる。


 それだけは避けられた形にはなっていたが、


「でも夏休みの最初の週末3日間で県代表決めるって…なかなかハードな日程やね」


 舞は述べた。


 曲はいくつかストックもあったので何とかなりそうであった。


「衣装やけど…どうするん?」


「定番はポロシャツだよね」


 美鶴曰く、前にいた菁莪せいが女学院の場合は文化系部活動専用の公式コスチュームがあり、美鶴はそれを着て参加していたらしい。


「みっつん、どんなの?」


 美鶴がスマートフォンをって舞に示したのは、美鶴が軽音楽部にいたときのユニホーム姿の写真である。


 スクールカラーの翡翠色に白く〔Seiga Girls high school〕というロゴがプリントされたお揃いのパーカーを着た美鶴が写っていた。


「このときはパーカーだったけど、他にもポロシャツとかブルゾンとかあって、制服と一緒に着れば良かったから楽だったなぁ」


 美鶴にすればとても合理的で良かったらしかった。





 しばらく千沙都、舞、翔子はそれを眺めていたが、


「…うちらもさ、お揃いにしよらん?」


「ネットで安く作れるかも知れんけぇねぇ」


 舞と翔子は乗り気で、千沙都は少し考えてから、


「せめて色違いにしよらん?」


「千沙っち…ユニホームやのに色違いは変じゃろ」


 舞の提案で夏らしくポロシャツに決まり、あとはデザインや色をどうするかという話題に早くも移っていた。


 そこで、部長の千沙都が生徒会室へ行くと、


「会長は外出してます」


 対応したのは副会長の海である。


「なるほど…あ、生徒会に実はこういうのがあって」


 奥の方から段ボール箱を出してきた。





 海によると、


「だいぶ前やけど、うちの高校が1回だけ甲子園大会に行ったことがあって、そのとき応援団用に作ったポロシャツなんやけど」


 箱から出てきたのは、ビニール包装された未使用品の、目の醒めるような、鮮やかなネイビーブルーのポロシャツで、胸に「KOIKŌ」とロゴが入っている。


「さすがに全国大会用を作るとなると時間も予算もかかりそうやから、まずはこれで地区大会を乗り切ってほしい」


 海は述べた。


「サイズは…?」


「フリーサイズなんで大丈夫なはずです」


 一箱渡すので使って下さい──海は優しく千沙都に気遣わしく言った。



 

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