5 眼帯

 段ボール箱を抱えた千沙都が戻ってくると、


「うちの高校にも公式コスあったみたい」


 そう言って千沙都が段ボール箱を開けると、例のネイビーブルーのポロシャツが出てきた。


「おー、渋くてカッコいいじゃん」


 舞が1枚手に取ると背面にも「KOI highschool」とプリントされてあったので、


「これなら下は制服のスカートでも大丈夫だね」


 美鶴はコーディネートを気にしていたようであったが、それは杞憂であったようである。





 本格的な練習が佳境に入って予選が来週に迫った頃、


「…翔子ちゃん、どうしたの?」


 校舎の玄関で美鶴が見たのは、右眼に眼帯をした翔子の姿である。


「こげな時期になりよって…」


「めぼ…?」


「あ、ものもらいね」


 美鶴が頷いた。


 すっかり悄気しょげ返っている翔子に、


「そっかぁ…でもさ、何か小鳥遊たかなし六花りっかちゃんみたいで可愛い」


 アニメのキャラクターみたいじゃん──美鶴は髪を撫でた。


「みっつん先輩…」


「ほら、泣かないの。泣いたら可愛い顔が台無しだよ」


 泣きべそをかいている翔子を優しく諭すと、


「帰りに可愛い眼帯探そ」


 美鶴は階段を2年生の教室の方へと昇って行った。





 練習終わりに美鶴は翔子と二人で西広島の駅前のドラッグストアに寄り、白い普通の眼帯を買ったあと、翔子が住む学生会館へ向かい、翔子の部屋で美鶴は何やら図画工作らしき支度を始めた。


「みっつん先輩、白い眼帯なんか可愛くも何ともないやん」


「それをね、これから可愛くするの」


 美鶴はウィンクしてみせてから、赤いペンを取り出すと真ん中に赤く、十字を塗り綺麗に塗り終えた。


「ほら、これなら可愛くなる」


 確かに赤十字の眼帯など見たことがない。


「でもこれじゃまだ普通だから」


 そう言うと美鶴は今度はピンクのペンで赤十字の周りを塗り、綺麗に塗り終えてピンクに赤い十字の入った眼帯を完成させたのである。


「これならどう?」


「…わぁ、可愛い!!」


「前にマスクを可愛くしたことがあって、マスクが可愛くなるなら眼帯も可愛くできるかなって」


 美鶴はちょっとしたカスタマイズが好きな気質らしい。





 翌朝。


 ピンクの眼帯をつけた翔子に、


「眼帯の予備、作っといたよ」


 美鶴が渡したのはブルーや緑、黄色の眼帯であった。


「これだけあれば大丈夫でしょ?」


 翔子は眼帯以上に美鶴が時間を割いてくれたことが嬉しかったらしく、


「みっつん先輩…ありがとう」


 再び泣きそうになったので美鶴が、


「もう…泣き虫なんだから」


 からかうように言いながら、しかし笑顔で美鶴は慰めるように述べた。






 夏休みに入り、いよいよ明日は広島県予選という夕方、壮行会かたがた4人は集まると、


「うちらは頑張ってきたんじゃし、明日は精一杯やろう!」


 部長の千沙都が挨拶をすると、


「翔子ちゃんの眼帯、超可愛いよね」


 美鶴がカスタマイズした眼帯の話になった。


「このまま予選出てもいいかも」


「眼帯なしでハマスタ出られるといいね」


 千沙都は気を遣って言ったが、


「案外これが目立ったりして」


 舞はわざと明るく言った。





 翌日、平和公園で待ち合わせた4人はそのまま、加古町の文化公園ホールまで楽器を携えて入った。


 先にドラムだけ運んでいた高城先生と落ち合うと、


「今回は似島も宇品も3出さんしゅつ制度で休みやから、もしかしたら勝ち目はあるかも知らんで」


 と言った。


 ちなみに3出制度というのは3回連続で金賞を受賞した翌年は大会を休場するシステムのことで、連覇して生徒が1校に集中しないようにするスクバンならではのルールである。


 確かに似島高校も宇品高校も休みであれば予選通過の確率は上がるのであるが、しかし広島には公立御三家と呼ばれるもう一つの強豪校がある。


 くれ第一高校である。


 通称を呉一クレイチといい、千沙都のイトコや叔父の母校でもあり、千沙都が呉にそのまま住んでいたなら、入っていたかも知れない学校でもある。


「今回のラスボスは呉一かぁ」


 そもそも呉は海軍の鎮守府に軍楽隊があった頃から音楽の盛んな町で、呉育ちの千沙都の母親も吹奏楽部にいたことがあるほどである。


 しかも。


 呉一は第8回大会のハマスタでの決勝で準優勝というのが最高成績で、これが広島県勢の最高成績でもある。


「呉一の〈鎮守府楽隊クレンジャー〉は個性的だしね」


 どちらかというとハード系のサウンドで登場し、ガールズバンドながら女子のファンも多い。





 うーん、と千沙都は弱気そうな顔になり、


「確かアレンジは変更可能だったよね?」


「ルール的には問題なかったんじゃなかったかな?」


 美鶴が調べると果たしてそうで、


「…ギターだけアコースティックに変えるのはどう?」


 千沙都は何かしらひらめいたらしかった。


「あー…なるほど、真逆で行くってこと?」


 こういうときの舞は頭の回転が速い。


「確かにおんなじハードサウンドで戦っても、勝ち目はないかも知れんよね…」


「千沙っち先輩、ベースはアコースティックにせんでえぇの?」


 翔子が問うた。


「そこはエレキベースで音弱めでいいと思う」


 千沙都にはすでに頭の中でプランが浮かんでいたらしく、


「あとはドラムもキーボードも変更なし」


 千沙都には何か計算があったようである。





 当日のくじ引きで演奏順が決まり、全28校中26番目に己斐高校の〈スクールバンド同好会〉が決まった。


「26番かぁ…かなり後ろになったよね」


 午前10時から始まる県予選で、これでいけば己斐高校は夕方の15時近い時間に始まる。


 そこで裏手の駐車場に集まった4人は、


「ギターどうする?」


「高城先生にお願いしてアコースティックギター取りに行ってもらってる」


 どうやら千沙都は本当にアレンジ変更をするらしい。


「でも…練習通りにしなくて大丈夫?」


 美鶴が問うた。


「…悪いけど、私はやるったらやる」


「みっつん、千沙っちはね…一度決めたらテコでもユンボでも動かん子じゃけ、こりゃ変わらんよ」


 舞はすでに受け入れたような顔をしていた。


 そこへ高城先生がギターケースを携えてきた。


「アコースティックギターとアコースティックベースは持ってきた」


 あとは音合わせだけしとけよ──高城先生に促され、4人は中の控えスペースへと戻っていった。




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