第46話 裕也の言葉

裕也さんはこちらに近寄って

私たちの前に立つ

しばらくこちらを見る


栞は彼の事を

睨むように見上げる


「何だよ

こんな時には出てくるのか?」栞


栞は低い声で呟くように言う


裕也さんは栞から目を逸らすようにお父さんの方を見る


キリッした表情で


「父さん・・・栞

そろそろ解放させてやってよ」裕也


どういう意味?


彼は終始

にやけ顔で

そんな顔つきなのか?

そういう心境なのか?

初対面の私には分からないけど

栞とは対照的に

大人っぽい

服装も物腰も…

この家に似合わない感じがする


一言で言うと

柄が悪い


そんな彼を

痛いものを見るような目でお母さんは見ている

だけど

口をはさめないでいる


「栞は今までよく頑張ったよ

この家の一員になるために

良い子良い子でさ・・・

余裕の振りしてさ

しっかり努力してきたんだ

・・・俺は知ってる」裕也


裕也はこちらに目をやって

にやりと笑う


栞は驚いたかおをする

裕也くんは邪魔しに来たのではないのか?


「そのくせ

敵対心みたいなもんがなくて

素直で

いい奴で

俺なんかにも優しい


俺もさ

いつまでもこいつにばっかり良い恰好させられない


結婚させてやってくれよ

そのくらいの自由

栞にやっても

こいつはしっかりあんたや学園のために

働いてくれる

そういう奴だ


もう、これ以上

俺の人生の尻拭いを

コイツに押し付けるのはやめてやってくれ」裕也


栞は拍子抜けした様子で裕也の背中を見る

きっと

こんな事を言うなんて想像もできなかったんだろう


お父さんも

裕也さんの方をじっと見て

固まっている


お母さんは

泣いている


この状況


どういうことなのか?

私には分かっていなかった


「こんな偉そうなことを言うんだ

俺だってそれなりにやるからさ・・・

大学ちゃんと卒業する

それに

教員試験受けて

公務員する

何年かかるか分からないけど

ちゃんとした人間になる

もう栞に嫉妬しながらもたれ掛るのには飽きた

俺は俺なりに

ちゃんとするからさ

期待される存在になってみせるからさ

栞を自由にさせてやって


頼みます」裕也


裕也は深々とお父さんに頭を下げた


数分に感じた

数秒

その空気は異質なもので

さっきまで険しい顔をしていたお父さんは

緩んだような表情になってお母さんを見る


「私からも・・・

お願いします・・・

そうしてやってください」栞母


涙をボロボロこぼすお母さんをしばらく見て

次に栞

そして裕也さんを見る


「栞、なぜ・・・その人なんだ?」栞父


その問いに

栞はお父さんの事を真っすぐに見て


「純粋な優しさをずっともらいました

彼女の事を幸せにしたい

ずっと思い続けることができる

そんな人です」栞


お父さんはしばらくこちらを見て

裕也さんの肩をポンポンと叩いて


「約束だぞ」栞父


そう言うと

裕也さんは勢いよく顔を上げて

ニッコリと満面の笑みを浮かべ


「はい!!」裕也


そう言った


「今度、改めて二人で来なさい

栞・・・

食事を用意させるから

日程が決まったら連絡しなさい」栞父


お父さんは部屋を出た


お母さんは裕也さんに抱きついてオイオイ泣いている

裕也さんは照れているような

困っているような

だけど嬉しそうな顔でこちらを見る


「ありがとう・・・裕也」栞


裕也さんはにこりと笑って


「こんなことくらいじゃ

お前からの借りの何十分の一も返せてないよ」裕也


栞はお母さんに


「失礼します」栞


そう言って部屋を出ようとした


「栞・・・私の方こそありがとう」栞母


そう言って涙一杯の目でこちらを見た

栞は嬉しそうにはにかんで

もう一度頭を下げた


そして

私も続けて頭を下げてその部屋を出て行った

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