エピローグ②

彼らの戦いに敗れ、帰宅してベッドで横になった俺は今日のことを思い返していた。特に藍澤に動きを止められた直後のことを鮮明に思い出そうとする。確かに彼らに負けたのは事実だが、俺のやってきたことが間違いだとは思いきれない。もしくは思いたくないだけなのかしれないが、それはまだ分からない。だが、あの時、俺の中には確かに嬉しいという感情があった。それがどうしてなのかを考える。藍澤たちは俺が本当は誰かに止めてほしかったのではと言っていたが、それは半分事実だ。残り半分は、許してほしかったのだ。彼らにではない、俺の無二の親友、翔太に。俺のせいで彼は死んでしまった。その償いとして今までこれまでの事件を起こしてきたが、いじめを止めたいという気持ちは建前で、誰かに許してほしかったのだろうと、今になって冷静に考えるとそう思う。しかし翔太はもういない、俺を許す資格のある人間などもうこの世には存在しないというのに。そこまで考えてまた俺は自分で自分を嘲笑した。

「俺は何をやってたんだろうな。」

 独り言を吐き、俺はそのまま眠りについた。

 翌日、俺は午後にある場所へ向かった。緊張でくらくらするが覚悟を決めてある家のインターホンを鳴らす。数秒経って、ガチャリと扉が開き、中から出てきたのは翔太の母親だ。

「あら京輔君?久しぶりね、いらっしゃい。」

 彼女は驚きつつも快く迎え入れてくれた。家に入ってからはまず翔太の仏壇に手を合わせた。

「今日はどうしたの?」

 翔太の母親は突然俺が訪れたので、何故俺が来たのか知らないでいる。

「実は翔太の遺品のノートを見せてほしくて……。」

 俺は恐る恐る口を開いた。息子を失うという一生引きずるような心の傷を思い起こさせてしまう気がしてどんな反応が返ってくるのかさっぱり分からない。

「……分かったわ、少し待っててね。」

 少し間をおいて、彼女は翔太の部屋がある二階へと向かっていった。今日俺があのノートをもう一度見るのは、当時の俺は翔太の日記を全て読んだわけではないからだ。途中で怖くなった俺は読むのを止め、この家に来ることもなくなった。しかし、俺はこの過去に向き合わなければならないと強く感じていた。

 翔太の母親が二階から戻ってくると、その手にはあのノートが握られていた。心臓がドクンと一際高く鳴る。

「今更これを見たいなんてどうしたの?」

 彼女は心配そうに俺を見てくるが、俺は真剣な表情で言葉を返す。

「どうしても、もう一度向き合わなくちゃちゃいけないと思って……。」

「そう……。」

 彼女は俺にノートを渡すと台所へと向かっていった。俺を一人にしておくという配慮だろうと俺は解釈し、心の中で感謝した。そして俺はノートを勢いよく開いた。当時見たページをめくっていき、翔太が自殺する一ヶ月前から読み始める。夏休みの序盤の時期だ。学校での日々が一旦終了し、ほっとしているということが書かれている。そして二学期が始まる一週間前、ここあたりから日記の内容には自殺願望について書かれている。

『もう学校に行きたくない。いじめられるのが怖い。』

『きっとお母さんに相談したら余計な心配をさせちゃう。』

『学校に行くくらいなら死にたい。』

『才賀やクラスメイトが憎い、みんないなくなればいいのに……いや、僕がいなくなればいいのか。』

『今日はどうやったら楽に死ねるかを調べた。死ねばきっと楽になれる。』

 日記の内容を読むにつれ目頭が熱くなり、ポタ、ポタと涙が零れる。ここまで精神的に追い込まれていた翔太に何もしてやれなかった自分を恨む気持ちが湧き上がってくる。

『今日は久しぶりに上條君と夏祭りに行った。すごく楽しかった。上條君と一緒にいる時間は本当に楽しい。この最高な記憶が一番よく残っている今死ねば、僕の人生に悔いは無いかもしれない。』

『明日、僕は死ぬ。お母さんにも日頃の感謝の言葉は伝えた。急にどうしたの、なんて言って逆に心配させちゃったけどもう大丈夫、覚悟はできてる。』

 俺は涙で視界が歪んでしまい、腕で涙を拭ってなんとか日記を読み続ける。

『最後に心残りがある。上條君にお別れの言葉を言えていないことだ。上條君は僕がいなくなったら悲しむかな。』

「悲しむに決まってるだろ……!」

 俺はたまらず声を絞り出した。

『彼にどうやって言葉伝えればいいかわからないからこの日記に書くことにしよう。』

 俺はその文を見てからゆっくりとページをめくった。

『上條君、この文章を見ている頃、僕はもうこの世にはいないと思います。なんて、なんか漫画みたいなセリフだね。』

 翔太のジョークを俺は泣きながら読み進めた。そんな軽口を言っているような翔太の姿が目に浮かび、もう二度と聞けないのだと考えると、おり一層込み上げてくるものがあった。

『僕が死ぬのはいじめに辛くなったからです。人に相談する勇気も僕には無いみたい。ごめんね、上條君にも言うのが怖かった。友達じゃなくなっちゃうんじゃないかと思ったんだ。』

 もう俺はむせび泣いていた。

『でも悲しまないで、君は僕に最高の思い出をくれた。夏祭りに誘ってくれてありがとう、あの日は僕にとって一番の宝物だよ。だから、その宝物を大事に抱えて僕は逝きます。』

 俺はいつの間にか翔太の名前を連呼していたような気がする。

『学校での日々は辛いことだらけだったけれど、上條君といる時間は本当に素敵なものだったよ。死んでしまう僕を許してね。そして、これを言う必要は無いかもしれなけれど……』

 俺は何度も腕で涙を拭い、続きを読んだ。

『自分を責めないで。そして僕のことを忘れられるくらいたくさんの友達をつくって。幸せになって。』

 もう俺は声を押し殺すことはできなかった。大声で彼の名を叫ぶ。

『それじゃあ、さようなら。』

『君の親友、枯澤翔太より』

 そこで俺は実感した。俺は翔太の親友になれていたこと、翔太が俺を許してくれていて、俺を恨んでいないこと。それらが分かり、俺は心の底から安堵したと同時に、もう会えないことへの悲しみが込み上げてきた。そして天国にいる彼へと向かけて話しかける。

「なぁ翔太、俺にも友達できたよ。今度こそ俺はその友達と一緒にいるよ。それで、将来幸せになるから……!ずっと待っていてくれよ!そっちに逝ったらいっぱい話すから……!」

 俺の決意表明、彼に届くはずもないかすれ声で吐き出される言葉が室内に響き渡る。それからも俺は一人で声を殺しながら泣き続けた。

 しばらくして泣き止んだ俺は、ノートを翔太の母親に返したが彼女の目元も腫れていた。

「これからも時々来ます、翔太に会いに。」

「えぇ、きっと翔太も喜ぶわ。」

 彼女はまた指で目に溜まっている涙を拭いて、笑顔で言ってくれた。俺は翔太の家を出てから帰路についた。相変わらず太陽が俺を照らし続けているが、俺は空を見上げ、翔太が天から見てくれているような気がしていた。

「帰るか……!」

 俺は威勢よくそう言って歩き始める、新たな決意、そして目標を胸に。これが俺の二度目の人生のスタートラインだと、そう胸に言い聞かせながら。

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Human Myth 須藤凌迦 @Sudou-Ryouka

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