第四十四話 和解
「どうしてだ……?」
上條の疑念に満ちた声、それは何故自分が敗北したのかということに対してが一番なのであろう。自分が今身体の半分ほどを氷で覆われ仰向けの状態で上半身しかまともに動かせず、かつ能力の使用もできないという状況を忘れているのではないかと思わせる口ぶりだ。
「君の敗因は僕がいなかった時に三人を仕留めきれなかった、いや仕留めなかったことだと思う。」
彼の質問に答えるように戦いに勝った少年、藍澤拓人は語りかけた。
「君は優しい人間なんだ。今までの事件でも大怪我を負わせたにしても殺すことはなかったし、だから僕たちを殺すことはしなかった。」
上條は沈黙を保っている。藍澤は腰を下ろし、脚を伸ばし両手を地面につけた。そこに続々と紅、霧島、武田、四条が近づいてくる。そこでようやく上條が口を開いた。
「……能力を解放した時、これで多くのクズどもをまとめて誘拐できると思った。そうすればまた、翔太への償いになるって、そう思っていた、なのに……。」
彼の目に涙が浮かぶ。戦っている時の彼の表情の険しさからは想像できなかった。その言葉に僕は彼がどんな思いで誘拐事件を起こしてきたのかを思い知った。しかし、だからこそ伝えなくてはならない。
「上條は罰を下す者としていじめの加害者の敵になってきた。でも、僕は思うんだ。本当にするべきなのは敵になるんじゃなくて、被害者の味方になることなんだよ。」
「被害者の……味方……。」
彼は復唱し、しばらくの間をおいてまた口を開く。
「そうだったのかもしれないな。」
完全に納得させることは出来てないようだが、彼はある程度理解してくれた様子だ。その証拠に彼の表情には少しだけ清々しさが感じられた。
「うん。」
僕はそれを見て嬉しくなった。
「上條君!」
廃ビルと廃ビルの間から彼の名前を叫んで走ってくる一人の少年の姿が見えた。
「あの子は……。」
霧島さんが思い出したかのように口を開く。
「上條さんの協力者の方ですね。」
霧島さんの言葉に僕はなぜ彼が今頃姿を現したのか分からなかった。彼は僕らのことには目もくれずに上條の元へと駆け寄っていくが、泣きじゃくっている。
「ごめん……ごめんね、上條君!……僕何も、役に立てなかった……。」
少年は泣きながら言葉を少しずつ吐き出していく。
「いいんだ加賀、気にするな。」
彼は優しい声で加賀を励ます。
「そういえば、その加賀君てどんな能力者なの?」
紅がふと問いを投げかける。
「あぁ、確かにそれは私も知りませんね。」
唯一彼と接点のあった霧島さんがそう言うので、僕らは驚いた。
「マジかよ霧島、初対面の時怖くなかったのか?」
「霧島さんて、時々すごい天然ていうか、そういうところあるよね……。」
「純粋なのかな?」
三人は驚きを通り越して苦笑いしている。僕はというと最早声も出なかった。
「え、そうですか!? 私そんな変ですか?」
霧島さんは焦ったようにオロオロしながら僕らにそれぞれ視線を向けていくが、僕らは曖昧な反応に止めた。
「加賀の能力は相手の心を読む力だ。」
上條がさらっと驚愕の事実を口にしたので、僕らはさっきよりも度肝を抜かれた気分になる。
「おいおい、それって俺らからしたら滅茶苦茶厄介だぞ。」
「僕らの考えが逐一バレていた、ということでしょうか。」
「全部じゃないよ。あくまで僕が目視できる人に限るから、今回は補助みたいな感じだったんだ。」
加賀は緊張しながらも話してくれた。
「そう言えば、霧島が来ているのを俺に伝えなかったのはどうしてだ?」
上條は怒ることなく、穏やかな声で加賀に聞いた。加賀は一度上條の方を見てから俯いた。
「上條君のやってることが間違ってるかもしれないって思っちゃったんだ。だから、霧島って人が他の人を助けに行くって伝えるのを躊躇っちゃったんだ……ごめん。」
加賀は申し訳なさそうにしているがそれを上條は全く気にしていない様子で微笑んだ。
「なぁ、その……お前たちには申し訳ないことをした。」
彼は目線を加賀から僕らに移すと、申し訳なさそうにしている。彼の行いは間違ったものだが、確固たる信念のある行動で、ここまで態度が一変しているのは今更ながらに僕らは驚きを隠せないでいる。
「どうしたんだ、急に?」
先に沈黙を破ったのは武田さんだ。
「お前たちに負けて、最初は焦った。でも別に負けたからといってこれからもやることを変える必要は無いだろ?」
彼の表情は人を、いや自分を馬鹿にしているように感じられた。
「それなのに、なんでだろうな、俺は……嬉しかったんだ。」
彼が何を言いたいのか、僕はあまり理解できずにいた。でも、なんとなく理由が頭に浮かんできた。
「止めてほしかったの?」
「え?」
「止めてほしかったって、どういう意味ですか?」
「どういうことだ?」
意味が分からなかったのか、紅と霧島さんと武田さんが僕に説明を求めるような反応を見せる。それを見て、何か察したのであろう四条さんが代わりに答えた。
「多分だけど、上条君は心のどこかで止めたい、もしくは止めさせてほしいって思ってたってことじゃないかな。」
僕の考えは四条さんの言ったとおりだ。それに上條もそうだ、と頷いている。
「上條君がこれまでいじめの加害者を狙ったのは、翔太君を救えなかったことへの罪悪感だと思う。」
「ごめん、翔太君ていうのは……」
皆には説明していなかったことを思い出し、この場で翔太君のことを話す。彼が上條の昔の友人で、いじめに遭った挙句自殺してしまったこと、上條がそれに責任を感じたことでこのような事件を引き起こしていたこと。これらの話を聞いて皆はショックを受けていた。もちろん彼のやったことが許されることではないという共通認識は変わらない、しかし彼を責める者はいなかった。恐らくそれは上條の過去を知ったからだけではなく、実際に彼の行動で加賀が助けられていたというのもあるだろう。
「とにかく俺はお前たちに悪いことをした。完全に俺が間違っていたとは思わないが、すまなかった。それと……ありがとう、俺を解放してくれて。」
彼の心境が複雑なのだろういうことは容易に想像できた。彼が能力の制御を完璧に出来ていたなら僕らとこうして敵対することもなかった。そして彼は自分の行いが自分を許すための手段だと思っていた分、それが出来なかったことへの無力感もあるだろう、考えればキリがない。だが最後に感謝の言葉を述べてくれたのは、こちらとしても戦った甲斐があったというものだ。僕は安堵して、思い出したかのように紅に話しかける。
「そうだ紅さん、僕と彼の氷を溶かしてくれないかな?」
「あ!そういえばそうね、任せて!」
彼女は二つ返事で僕の両腕を掴み、手から熱を発生させて僕の氷を溶かした。僕を覆っていた氷はみるみると水に変わり、両腕も元通りに戻った。次に上條の元へ向かうと彼の両手と下半身を覆う氷を溶かしていった。服が燃えないか不安ではあったが、そうさせずに能力をコントロールできており、彼女の能力の上達具合は驚くべきものがあった。完全に氷が溶け、上條はよろよろと立ち上がると、こちらを向いた。
「何度も言うが、俺はお前たちに酷いことをした。もう会うこともないだろう。だから最後にもう一度言わせてくれ。俺を救ってくれて、ありがとう。」
彼は目に涙を浮かべながらこちらに深々と頭を下げた。
「最後だなんて言わないで。同じ能力者なんだから、これからも仲良くしましょ。」
以外にもそう切り出したのは紅だった。上條は戸惑っている。
「でも、俺は……。」
案の定歯切れの悪い物言いの上條に対して他の皆も声をかける。
「あなたがやったことは許されるものではありませんが、その志は正しいものです。藍澤さんも仰っていましたが、加害者の敵ではなく、被害者の味方になることを今度は実践すればいいのではないでしょうか。」
霧島さんは相変わらず優しい物言いだ。そしてそれは他のメンバーも変わらない。
「折角なんだし、これからは大門地ちゃんの家にも来るといいよ。そうすれば二人にこれからも会える。」
「お! 良いな、それ。仲間がまた増えるじゃねえか!」
四条さんの提案に武田さんが賛成した。もちろん、反対する人はいなかった。
「お前たち、本当に、良いのか?」
「グスッ……皆ぁ、優しいなぁ……。」
上條は嬉しさのあまりか、涙が頬をつたう。加賀もよほど嬉しかったのか、鼻をすすりながら大泣きしている。
そうして完全に蟠りが消えた僕らはロストシティを後にした。蒸し暑い真夏の夜、皆汗だくではあったが、そんなことよりも長く続いたダイバーの脅威が消え、新たな仲間が増えた彼らにはそんな不快なことが気にならないほど笑顔に溢れており、そんな彼らを月明かりが照らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます