第三十九話 それぞれの戦い①

「おい……!」

 俺はもう感情に身を委ねていた。そうでもしなければ気が狂いそうだった。翔太がこんな奴のせいで死んだこと、そしてそれを俺は友達として止められなかったこと。前者は俺の原動力に、後者は俺の背負う十字架のようになっていた。

「上條……!?」

 才賀はマズい光景を見られ、動揺している。俺は一歩、また一歩と才賀に近づいた。

「お前はなんなんだ……!」

 才賀の顔を思いっきり殴っていた。鈍い音と共に才賀は後ろに体勢を崩し、下駄箱に背中を打ちつけた。

「ヒィ……!」

 才賀は情けない声を出して倒れながらこちらを見ている。今思えばこの瞬間が俺の能力者としての覚醒の時だったような気がする、いかんせん才賀が吹っ飛びすぎていたからだ。だが当時の俺はそんなことも分からないほど我を忘れていた。そこから俺は才賀をひたすら殴っていた。

「お前なんかのせいで!翔太は死んだんだ!」

 左手で奴の胸ぐらを掴み、言葉を放つごとに奴を殴る。もう才賀の顔は見るに堪えないものとなっており、殴られる度に低い声を上げることしかしなくなっていた。

「お前がいなけりゃ……!」

 次第に俺は涙を流し始めていた。翔太がいなくなった悲しみと自責の念からだったと思う。殴りたいだけ才賀を殴ってから、奴のことなどどうでもよくなっていた俺は、下駄箱に奴を置き去りにして下校した。

 家に帰ってからは自分がしたことの凶暴さ、いじめの加害者の醜さ、仮に解決したとしても翔太の命は返ってこないという虚しさ、様々な感情が渦巻いていた。いじめが解決したとして、加害者に罪の意識が無ければ意味がない。なら加害者が本当の意味で更生するにはどうしたらいいのだろうか。俺はそんな考えてもどうしようもないことで思考を巡らせていた気がするが、そんな時は決まって最後には翔太のことを思い出していた。

 そんな風に翔太のことを完全には忘れられないでいたある日、俺は自分に特殊な力があることを自覚した。きっかけは三年生になってからのスポーツテスト、そこで自分の身体能力が飛躍的に伸びていると知った。さらに体に違和感を覚えた俺の頭の中には不思議なイメージが湧き上がっていた。そのイメージは段々と鮮明なものになり、俺は自分に地面を操作する能力があると分かった。能力が開花するにあたって激しい頭痛や吐き気などの体調不良があったが、能力を少しずつ使うようになってからは治った。俺は自分の能力を他人から隠すようになった。

 中学校を卒業し、高校生になった時、同じクラスでいじめられていた加賀に出会った。俺は加賀を翔太に重ねたのだろう。数人がかりで暴行を受けていた彼を助けた。そして彼がいじめられていた原因が能力によるものだと知り、彼が人の心を読む能力者だと分かったが、なぜか彼は身体能力の強化が無かった。そこからは彼の力を借りていじめの加害者の連続誘拐事件を起こしてきた。彼はいじめが原因で不登校になったが、空いた時間を利用して色んな学校に赴き、多くの生徒の心を読み、その生徒をいじめている人間の素性を暴いて俺にその情報を提供してくれた。いじめられた生徒の心に寄り添ったが故にできたことだろう。加賀は俺に心酔しているところがあり、そこが俺にとっても困っているとこもではあるが、彼の能力はいじめ被害者を助けることにおいて必要不可欠な能力だった。

 しかし、ある時から俺の操り人形——ダイバー、と武田たちには呼ばれているはしい——が誰も連れ帰ってこないことがあった。俺は任務よりも誰にも見つからないことを優先したためだと思っていたが、武田たちと戦闘をしていたらしい。何故操り人形がそんなことをしているのか俺には分からなかったが、武田に能力の暴走を指摘されてからは、能力の制御が出来ていないのではないかと不安に駆られはじめ、苛立ち始めた。この能力を完璧に制御するには、彼らと闘うことが最も手っ取り早いのではないかと考え、今日は加賀の協力の下、彼らという脅威を取り除く決意をした。




「名前は枯澤翔太。俺が救えなかった、いじめに遭っていた元クラスメイトだ。」

 その言葉からは激しい後悔の念が感じられ、察するにその翔太という人はいじめられ、彼は助けられなかったのだろう。だから同じような被害者を出さないために彼はこのような事件を起こし続けてきた。彼の覚悟が並々ならないものだろうと理解できた僕は慎重に言葉を選んだ。

「君がどうしてこんなことをしてきたのか、理由はなんとなく分かった。その上で僕は君を止めたい……!」

 僕も覚悟を新たに彼と向き合う決心をした。僕は闘わずしてかれを止めたいとも考えていたが、そのための言葉が思いつかない。

「いい加減にしろ……!」

 彼は氷に覆われた腕を地面に叩きつけると、氷はバラバラと割れてしまった。そして地面に両手をつけると地面からおびただしい数の細い触手のようなものが真上に伸びていくと思うと、僕に降り注いできた。

「……!」

 僕は氷の壁では防ぎきれないと判断し、後方へと連続でジャンプし、触手を避ける。僕が動く間も触手は確実に僕の着地場所を攻撃してくる。僕は呼吸もする暇が無いほどに必死だった。対象に触れることで能力を発揮する僕の氷の力では彼との距離があるのは不利と言っていい。防戦一方になりつつもなんとか状況を打開しようと思考を巡らせるが、そんな思考と避けるのを同時に行えるほど僕は器用ではなかった。避けきれなかった一本の触手が足に当たり、上手く着地できずに僕は倒れ込んでしまう。その隙を逃さずに触手は僕の視界を覆うと……。




「霧島さん!藍澤君の所に行って!」

 紅は大型ダイバーの攻撃を避けながら霧島に指示を出した。

「で、ですが一人だけでは……。」

 霧島は紅が一人になることを危惧した。

「それは藍澤君も一緒よ!横目で見られたけど、あの能力者、とんでもなく強いわ。だからお願い!」

「……分かりました。絶対やられないで下さい。」

 霧島は紅に言われた通り、その場を離れ、触手に追いかけられている藍澤の元へ駆け出していった。

「あの能力者もとんでもなく強いけど、こっちも本当に面倒なのよね。」

 紅は自分がしたことに対して笑みを浮かべると、再度戦闘体勢を取る。

「時間稼ぎくらいにはならないと……!」

 自分が倒れればこの大型ダイバーが藍澤たちの元へ向かうと分かっていた紅は自らを鼓舞し、眼前の強大な敵へと単身向かっていった。




 一つ、また一つとダイバーの体が崩れていく。

「オラァ!」

 ダイバーの体をひたすら斬っていく男、武田は疲労する体を自らの声で奮い立たせて斧を無理矢理にでも振っていくが、一回振るごとに汗が彼の体から周囲に飛び散るくらいには汗をかいていた。

「後、少し……だ!」

 永遠にも思われたダイバーの大群との戦闘も終わりが見えつつあった。彼は満身創痍になりつつもダイバーを斬る。

「最後の一体……!」

 彼はそう定めたダイバーを斧を振り下ろし、ダイバーを真っ二つに切断すると、地面に膝をつき、ハァハァと肩を上下させながら天を仰いだ。彼はダイバーとの戦闘経験の多さから、ダイバーを検知することに長けていた。だからこそ自分は全てのダイバーを倒しきったと思っていた、だか彼は疲れ切っていたこと、ダイバーの数が尋常ではなかったことから彼はダイバーを一体忘れていることに直前まで気づけなかった。そのダイバーは武田の背後から姿を現し武田に襲い掛かる。

「くっそ……!」

 ダイバーが地面から出現したことには気づいた武田だが、一度緊張の紐が切れてしまった彼には斧をもう一度振る気力は瞬時には湧かなかった。彼はダイバーの一撃をもらうと目を瞑った。だが、くらうはずの一撃は武田に当たることはなかった。急にダイバーの気配が消え、目を開くと武田の目の前で形が崩れ土に還ったダイバーだったものがそこにはあった。武田はダイバーを倒したのが四条の弓であると悟った。

「最後の最後に油断しましたね、武田さん。」

 そう言って四条はこちらに歩み寄ってきた。疲労が溜まっているように聞こえたが、好青年と言うに相応しい爽やかな声だった。四条の方を見ると足どりはいつも通りだが、両腕はだらんとしているように見え、体力の限界を感じさせた。

「お互い結構キツイな。」

「まだ本命が残ってますよ。」

 武田は珍しく弱音を吐き、それを四条が皮肉まじりに反論する。

「そうだな、早くあいつらのとこに行かないとな。」

 武田は立ち上がった。

「なぁ四条、今日で全部終わると思うか?」

 武田は素朴な疑問を聞くように四条に尋ねる。

「今日で終わってくれないと受験勉強に響いてしまいますよ。」

 四条は変わらず爽やかな声で答えた。

「はっ、意地でもってことか。」

 武田はあまり変動することがない四条の声色から微妙な違いを感じ、四条の意思が固いことを確認したらしく、走り出した。

「お前がそこまでやりたいなら俺も頑張らなきゃなぁ!」

 四条は嬉しそうに少しだけ笑みをこぼしてから、武田に追随する。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る