第四十話 それぞれの戦い②

 視界が覆われ、死を覚悟した。あぁこれは本当に死ぬかもしれない。どうしようもない絶望と一人で戦う選択をしたことへの少しの後悔がそこにはあった。鼓動を早いはずなのにはっきりと数えられる。時がゆっくりと進んでいく感覚があったが、体は動かせない。意識だけが鮮明に自分の状況を理解できていた。僕を覆った触手は僕の体に迫ったかと思うと、形を変え、僕の首から下を覆った。

「うぐっ……!」

 痛みはそこまで無かったが、一瞬息ができなくなるほどの圧迫感があり、身動きが取れなくなってしまった。

「藍澤さん!」

 声のした方向になんとか頭を動かして見ると、霧島さんがこちらへ駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか!?今助けます!」

 霧島さんは僕を覆う触手だったものを蹴りで破壊しようと試みた。最初は衝撃が僕の方にまで来るんじゃないかとも思ったが、僕を覆う土の膜が強固だったため、そうはならなかった。しかし霧島さんの蹴りは確実に膜にヒビを入れていた。

「この感じならあと少し……っ!」

 言葉を全て言い終える前に霧島さんは新しく伸びてきた触手によって吹っ飛ばされてしまった。

「霧島さん!」

 僕は地面に倒れた霧島さんを心配して、自力で膜を破壊しようとするが、やはり身動きはとれなかった。そうしてもがいているうちに、霧島さんはふらふらでありながらも立ち上がった。

「霧島さん、逃げて!」

 僕の声を聞いて、霧島さんは悔しそうな表情を浮かべながらも、迫り来る触手から距離を取ろうと走り出した。その彼女を触手は追い続けている。霧島さんの足なら僕よりも捕まりにくいとは思うが、ここで何も出来ずにいることがもどかしかった。

「動け、動け、動け!」

 僕は右腕に力を込め、右腕だけでもこの膜を破ろうとするが、それを嘲笑うかのように膜は僕を依然として覆い続ける。



 同時刻、紅は大型ダイバーとの戦闘を継続していた。霧島と二人で戦っていた分、攻撃も分散していたが、一人になってからは攻撃も素早くなり、避けるので精一杯になっていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……。」

 根本的にダイバーと人間には決定的な差がある。それは体力であり、ダイバーは疲れを知らず、痛みも知らない人形であるのに対して、人間は疲労が蓄積してしまうため、長時間の戦闘は人間である紅にとって不利である。紅はそれを理解しつつも時間稼ぎをしていたのは、信じていたからである。そもそもダイバーとの戦闘が不向きであると知っており、自分の能力が対人戦でこそ発揮されるものだと教えられていた紅はある仲間が来るのを待っていた。

「そろそろね……。」

 紅はこの劣勢の状況下でも笑って見せた。大型ダイバーの腕が紅めがけて振り下ろされる。だがそれを紅は避けようとしない、まるで避ける必要が無いかのように。次の瞬間に聞こえたのは、紅が大型ダイバーの攻撃をもろに受け、アスファルトの地面が砕ける音ではなく、スパーンというようなダイバーの腕を綺麗に切断する音、続いて紅には当たらずに地面へと落下するダイバーの腕と地面の衝突音だった。

「よく耐えたな、紅。」

 斧でダイバーの腕を切断した武田が全身から汗を流しながら笑顔で紅を労る。

「私にはまだ、やるべきことがありますから。」

 それを紅も疲れた声色ながらも笑顔で返した。

「二人とも大丈夫ですか?」

 遅れて四条が合流する。

「おう!なんとかなったぞ。」

 武田は威勢よく答える。

「良かったです、あれほど大きなダイバーだと一回の攻撃で腕を粉砕は出来ないので武田さんがいて助かりました。」

「なぁに、俺はダイバーを斬ることだけが取り柄みたいなもんだからな。」

 武田は少し虚しさを感じさせる声で自嘲気味に言った。

「私、藍澤君と霧島さんのところに行きます。」

 紅はまた緊張を取り戻すかのような表情で言った。

「おう、俺たちもやれることはあるはずだからな。もちろん着いてくぜ。」

 武田の言葉に四条は頷く。そうして三人は藍澤、霧島のところへと走り出した。彼らを眺める者が一人いることも知らずに。



「上條君、三人がそっちに行ったよ。紅って人が上條君と戦うって。他の武田と四条は直接攻撃をするつもりはないよ。」

 そうスマートフォン片手に通話している少年、加賀悠太郎は廃ビルの中から藍澤たちの動向を相手に伝えていた。

「分かった。藍澤はもう捕らえたから、霧島を探して報告してくれ。霧島はもう俺の腕の射程距離から出たからな。」

「うん、分かった。」

 上條のことを英雄のように思っている加賀は目をキラキラさせながら彼をサポートする。彼の能力である心を読む力を使い、藍澤たちの動向を掴む目と、彼らの会話を遠くからでも心を読むことで盗み聞く耳の役割を果たしていた。難点としては能力者としての身体強化が施されていない分、新しい情報を入手するのに時間がかかる点だった。彼は廃ビルの一階から出ると気配を辿って霧島の所へと走った。その足取り、表情はまさにヒーローの手助けが出来ることを喜ぶ少年そのものだった。



「ふぅ……。」

 触手の追手が来なくなり、一息ついた霧島はビルとビルの間の小道で座り込んで、この後のことについて考えていた。

(気配からして紅さん、武田さん、四条さんが合流したことは分かる。ダイバーの能力者を倒すためには藍澤君の力が必要だから、まず彼を助けないと……。)

「よしっ……!」

 自分に気合いを入れ、来た道を戻るようにまた走り出した。彼女の足はまだまだ疲労を感じさせない、軽快な走りをしている。

 走り続けているところで、霧島は妙な気配を感じていた。今までほとんど感じたことのない何か、能力者関連であるのは間違いないのだが、それがなんなのか彼女は分からずにいた。藍澤を助けなければという気持ちもあるが、その気配にどんどん近づいていた霧島はどうしても気になってしまったのか、気配のする一つの廃ビルの中に入った。入ってすぐ近くの柱から感じられたその気配に近づき、恐る恐る柱の後ろを見ると、その正体を知って驚くと同時に納得もした。

「あ、あなたは、たしか……。」

 気配の正体である加賀は尻もちをついた状態でワナワナと口を動かしていた。

「この前、ロストシティにいた子ですよね?どうしてここに?」

 霧島は中腰の姿勢になり、両手を膝につけてから、敵意が無いことを示すように純粋な気持ちで尋ねた。

「上條君の邪魔をする君たちを倒すために。」

 加賀は目の前にいる敵と定めた人間に恐れを感じつつも、負けじと声を震わせながらも言ってのけた。

「上條……? もしかしてダイバーの能力者のことですか?」

 霧島はポカンとした表情で反応した。予想と違った反応だったため、加賀は戸惑ったが、同時に自分が尊敬する人物の苗字をみすみす相手に知らせてしまったことに焦った。

「あ、いや、その、違くて……。」

 何か誤魔化そうとするが、言葉が出てこないでいる。

「君にとって、その上條君という人はどんな人なんですか?」

 そんな質問をするのか、と疑問に思った加賀だが、これには自信をもって答えられると思っていた。

「上條君は、僕がいじめられていたのを助けてくれた恩人だよ!」

「でも、色んな人を誘拐していますよね?」

 あくまで霧島は穏やかな声で聞く。

「それはいじめをした奴だけだ!いじめをする奴は最低だよ、あんな奴ら……。」

 加賀は昔の記憶を思い出したのか、言葉に怒りを滲ませる。

「そんなことをして何の意味があるんですか?」

 霧島の疑問に、加賀は先ほどよりも怒りをあらわにした。

「そんなの、あいつらに知らしめてやるに決まってるじゃないか!だって、そうでもしなきゃ……。」

 その言葉を聞いて、霧島は加賀を諭すように優しく言葉を紡ぎ出す。

「言いたいことは分かります。いじめをする人は確かに悪い人です。ですがだからといって、その人を傷つけ、満足するのは違います。」

「違う!僕たちは助けてるんだよ、いじめに遭っている人を!」

 加賀は食い気味に反論した。だが霧島は一歩も引かずに、それでいて穏やかさを失わずに言い返す。

「それが本当にいじめに遭っていた人のためになるんですか?」

 それでも霧島は引き下がらない。

「だって、それでいじめが終われば、その被害者の生活はいじめられる前に戻れるんだよ?」

「本当にそうでしょうか?」

 またも霧島は疑問を呈した。

「え?」

 思わぬ言葉に加賀はうろたえた。

「いじめというものは、言葉を変えれば弱い者いじめをすることだと思います。弱い者いじめって、する側の人は相手に反抗されない、もしくはされても大丈夫だと確信しているからこそやるんだと思います。だったら、上條さんがやっていることは弱い者いじめと同じではないですか?」

「それは……。」

 加賀は反論するための言葉が思いつかず、口籠もってしまう。能力者という普通の人間からすれば特殊な力を持っている存在は圧倒的強者と言える。

「いじめを許さない気持ちは確かに大事です。ですがその気持ちを間違った方向に向けてはいけませんよ。」

 霧島は笑顔でそう言うと、立ち上がって廃ビルから出ようとした。

「そんな、上條君は僕を救ってくれたヒーローなんだ……!」

 加賀は頭を抱え、今までの自分たちの行いが正しかったのか疑問に思ったのだろう、混乱しているように見えた。だが霧島は加賀に新たに言葉をかけることなくまた仲間の元へ走り出した。

「僕たちがやっていたことは間違っていたのかな?」

 加賀の目からは涙が溢れ、頬をつたい、床に落ちていく。

「うわぁぁ!」

 もう自分の考えに自信が持てなくなった加賀はひたすら泣き叫んだ。それは悔しかったとかではなく、心を読み、彼女がほとんど初対面のような自分に本音で話してくれていたが分かっていたからである。

「僕のことを気にかけてくれる人、他にもいたんだ……。」

 彼の言葉は、もう廃ビル内にはいない霧島へ伝わることはなかった。




「三人来るか……。」

 冷静に状況を俯瞰し、距離が近い三人の能力者との戦闘に備える上條は今の自分の状態について考えていた。霧島との距離を詰めるために移動した上條だったが、加賀からの情報通り足が速く、捕まえるのは出来なかった。

(武田と四条がいるということはもうダイバーを使った戦闘は控えるべきだろう。加賀からの情報ではあの二人は俺に直接危害を加えるつもりは無いらしいが、先に潰しておくべきだろう。紅は心配するまでもない。藍澤は捕らえたし、後は霧島が合流すると厄介か。)

 表情ひとつ変えずに脳内で思考すると、間もなく自分と邂逅するであろう三人の元へ向かった。その思考、行動に一切の躊躇はなく、自分が間違っているとは一ミリも思っていないように見えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る