第三十七話 凶行の理由
真夏の深夜、仲間と廃墟と化したビル群を駆け抜ける。言葉にすれば不思議な青春のようにも感じられる。これは他の誰も経験したことの無いような状況ではあるが、それが少し悪いことをしたいという思春期特有の願望だとしたらそれはそれで良い思い出になったかもしれない。だがこんなことをしているのは、友人と一夏の思い出を作ろうとか、漫画みたいな大人への反抗心の表れとかそんなことではなく、己の信念をある人物に突きつけるためだ。そんな大それたことを考えているのは僕だけかもしれないが、少なくとも僕はダイバーの能力者に会いたかった。紅さんと霧島さんと一緒に走り続けること数分、武田さんと四条さんはとっくに見えなくなり、追手のダイバーも現れない、恐らく二人が足止めに成功したのだろう。問題は能力者の居場所だ、あのダイバーの動きからして今夜僕らとの決着をつけたいというのは確実と言っていい。だからこそ無意識下で僕は予感していたのかもしれない、僕らが探している間に彼の方から現れるのではないかと。
突然下から地鳴りのような音が聞こえたかと思えば地面が割れ、このままだは体勢が崩れると理解する。それは僕以外の二人も同様で、三人一緒に跳躍し割れていない地面に着地する。周囲を見渡すが誰も見えない、だがその状況もすぐに終わった。地割れした部分の僕らの反対側の地面が小さく波打ち、それがだんだんと大きくなるとその波面からゆっくりと何かが姿を表す。それはダイバーにしては大きく、高さは五メートルを超えるほどといったところか、その巨躯が僕らを見下ろしている。僕は唖然としていたが、聞き馴染みのある声が聞こえて我に返った。
「三人か、他の二人はダイバーの群れで足止め、もう一人はそもそもいないということか。」
その声の主は紛れもなく彼、ダイバーの能力者だった。彼は大型ダイバーの背後から地面に着地し、大型ダイバーよりも前に出てきた。恐らく大型ダイバーの背中につかまり一緒に来ていたのだろう。
「今日で貴様らを排除する。」
その語気は力強く、最早殺気すら込められていた。最早まともに会話ができる状態ではないと諦めつつ二人に指示を出す。
「まずはあの大きなダイバーを仕留めましょう。僕の氷で動きを鈍らせます。」
「はい。」
「うん。」
二人は地面を蹴り、左右に別れる。僕は足から氷を伸ばし、大型ダイバーの足を止めようとし、二人は両サイドから攻撃を仕掛ける。眼前のダイバーは大型である分、動きは鈍いというのがセオリーだろうと考えられた。だが、その予想はすぐに覆された。大型ダイバーは屈んだかと思うと跳躍し僕の氷を避け、ほれと同時に僕との距離を詰め、僕を押し潰そうとするかのごとく落下してくる。僕は氷の生成を止め、ダイバーに踏み潰されるのを回避する。
「僕を殺す気か!?」
「この程度で死ぬような奴ではないだろう。」
彼の声は冷酷で本気度が窺えた。彼はダイバーの背中から飛び降りると、僕を指差した。
「やはりお前からやる。」
鋭い視線が送られてくる。彼の気迫に押されるように後ずさりしたが、それではいけないと心の中で自分を激しく鼓舞する。
「本当は君とは戦わずに話し合いたいと思ってる。」
僕はありもしない希望にすがるように痛切な思いを込めて彼に言葉を送った。
「お前と話すことは無い、それに何と言われようと俺は自分のやっていることを止める気はない。」
力ずくで止めなければならないという現実を突きつけられやるせない気分でいる僕をお構いなしに彼は一瞬で加速し、僕が視認した時には僕の視界の半分以上は彼が占めていた。そして何か大きな衝撃を腹部に感じ、体が吹っ飛ばされ、地面に体がぶつかったかと思うと体が転がっていった。
「グッ……!」
僕は腹部に激しい痛みを感じた。能力者であるおかげで骨折などの大怪我は負っていないが、視界が歪むような感覚に陥る。両手をつき、なんとか体を起こす。ふらふらになってまた倒れそうになるのを両足を広げ、膝に手をつき、耐える。息を整え、痛みで涙が出そうになるのを堪えながら彼の方を見ると、彼は平然とした表情で立っていた。
「藍澤君!」
「藍澤さん!」
紅さんと霧島さんが僕の方へ駆け寄ってくる。しかしそれを阻むように大型ダイバーが僕と二人の間に地面から現れた。
「お前ら二人の相手はそいつだ。」
彼は僕を徹底的に叩きのめしたいようだ。
「紅さんと霧島さんはその大型ダイバーをお願いします。彼は、僕がやります。」
僕は声をなんとか絞り出し、二人に指示を出す。
「でも……。」
「いいから!」
紅さんには痩せ我慢しているようにも見られたかもしれないが、ここで無理矢理三対一に持ち込めば大型ゴーレムからの攻撃に巻き込まれ、一気に壊滅する可能性がある。だったら少しでも長く時間を稼いで、武田さんと四条さんが合流した方がこちらに有利に戦いを進められるだろう。だがそれを上手くいかせるためには……。
「ここで倒れる訳にはいかないからね。」
息を整え、手に力を込め、氷の能力を使う準備をする。今度はあのスピードで詰められたとしても少しでも反応できるように意識を集中させる、彼の加速する瞬間を見逃さないように。数秒の静寂の後、一瞬、彼の体が動いたような気がした。僕はそれを気のせいとは思わずに構える。案の定彼は加速しており、僕との距離はほぼなくなっている。彼の右腕の拳が今度は腹部ではなく顔面へと向けられているのを理解し、首を曲げ、すれすれのところで拳を交わし、両腕で右腕を掴む。
「何!?」
彼は僕が拳を避けたことに動揺するような声を上げる。それもそのはずだ、前まで僕は彼に攻撃を加えるは愚か、避けることもままならない状態だったからだ。それをこんな短期間で出来るようになったのは能力者による身体強化の賜物だろう。
「やっと捕まえたぞ。」
僕は彼にそう告げると、右腕を掴んだ両手から氷を生成し、彼の腕を凍らせた。
「うおぉぉぉ!」
彼の左腕の拳が僕の顔面に襲い掛かり、それを両腕を離して彼との距離を取ることで避ける。先日までとは比べ物にならないほど僕は彼と戦えている気がしていた。はぁ、はぁと肩で息をしているのをなんとか整える。
「やっぱり、お前の氷は厄介だな。」
彼は自分の右腕を覆う氷を見た後、僕を睨んだ。
「君には聞きたいことがあるんだ。」
僕は一か八かで彼に話しかける。
「君がどうしてそこまでいじめの加害者への制裁にこだわるのか。僕はそれが知りたい。」
僕は唾をゴクリと飲み込む。彼の反応が全く読めず、この質問をすること自体が正解なのか分からなかった。彼は大型ゴーレムの方を一瞥した後に、再度こちらを見てきた。恐らく二人と大型ダイバーの戦闘が当分終わらないと予想したのだろう。
「少しだけ過去の話をしてやる。」
彼はさっきまでとはうってかわって穏やかになった声で話を始めた。
「俺には中学生の時、友人がいた。」
彼の声を今まで彼からは聞いたことのないくらい悲痛な声に感じられた。
「名前は枯澤翔太。俺が救えなかった、いじめに遭っていた元クラスメイトだ。」
彼の声からは激しい後悔と自責の念。彼のこれまでの行いの動機を察するに余りある言葉だった。
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