第三十六話 突入
初めてダイバーの存在を感知した時、気分が悪くなった。でもそれは日を経つごとに慣れていき、どうということもなくなった。だからこそ余計に辛くなったんだろう、いきなり何かに心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥り、急に目が覚めた。
「ハァ、ハァ、ハァ……。」
息が荒く、汗だくで、瞬きを忘れ、暗闇の中で何が起こっているのかを理解しようとする。
「来たのか……!」
見つからないように袋に入れ、鞄の中に隠しておいた靴と自転車の鍵を取り出し、急いで着替えて窓を開け、外に飛び出した。
スマートフォンで皆に連絡しようと画面を見ると、ほぼ同時に皆からの連絡がきていた。
「連絡するまでもないだろうけど、ダイバーいるよ。」
今日の担当だった四条さんの言葉を皮切りに皆も反応する。
「今から行くとこだ。」
「ロストシティですよね?」
「だよね。」
武田さん、霧島さん、紅さんももう僕と同じでロストシティに向かっているようだった。
「とりあえずどこかで合流したいです。」
「前ロストシティから出たところにしよう。分かりやすいからね。」
四条さんの提案により、僕らはそこで集まることになった。僕は自転車を全力でこぎ、誰もいない住宅街を颯爽と通り過ぎてゆく。飛び起きた時に感じたあの不快感は完全には消えることなく、僕は歯を食いしばっている。早く皆と合流したい気持ちと、この感覚から逃れたいという願望から必死に自転車を漕いだ。しかし、この感覚は僕が目的地に近づけば近づくほど大きくなっていったり、小さくなっていったりした。恐らく体が慣れるスピードとダイバーの気配が濃くなっていくスピードが凌ぎあっているのだろう。僕は何も考えずに進んだ。
僕が着いた時にはまだ誰も来ておらず、僕は着いたことを連絡した。他の皆ももう少しで着くという連絡を受け、僕は荒れた息を整えようとしたが完全には払拭できないでいる。もほやダイバーの群れとも言える気配らは、未だに動いていないように感じられた。
「藍澤君!」
フェンス越しにロストシティの方を見ていた僕が振り返ると、紅さんも自転車でこちらに向かってきていた。服装も動きやすいようにTシャツにジャケットとスカートを履いてきている。
「起きた時すっごい気持ち悪くなかった?」
彼女は開口一番に僕も感じた体の異変について言及した。
「はい、多分、すごい数のダイバーがいるんだと思います。」
それも数体どころではなく、おびただしい数存在するであろうことは気配の濃さから容易に想像できた。
「皆集まったら、ロストシティに入るんでしょ?」
彼女は緊張した面持ちで伺ってくる。これから繰り広げられる戦闘への恐怖心からか、足が若干震えていた。
「はい、もしかしたら彼は今日多くの人を誘拐し、注目を浴びたいのかもしれません。」
「でもそんなことしたら、能力者のことが世間に知られちゃうかもしれない……!」
紅さんも僕も事の重大さ、そして彼の意図が掴めないことを理解した。二人でロストシティの方を眺め続けていると、新たな声が耳に飛び込んできた。
「藍澤、紅!」
今度は武田さんと四条さんが走ってこちらに来た。
「二人とも自転車で来てたのか、そりゃ早いわけだ。」
「まぁ、ダイバーはまだ動いてないようですし、まだ間に合いますよ。」
とは言ったものの確信は無く、ダイバーの大群が動かないよう願うばかりだった。
「だな。」
二人とも少し息が荒かったが、すぐに呼吸を整えた。
「にしても、すごい数だな、これは。」
武田さんはいつもより真剣な表情で言い、僕らの間に緊張が走る。
「ダイバーは僕と武田さんで抑えるから、能力者の方は紅さんと藍澤君がやって欲しい。」
「分かりました。」
四条さんに言われ、僕は力強く返事をした。もう僕の中で迷いは無かった。
「はい、私もやります。」
紅さんも返事をし、四条さんは頷いた。彼女の体はまだ震えていたが、目には決意がみなぎっていた。
「皆さーん!」
遠くから声が聞こえ、声の方向を見ると、人間離れした速度で走ってくる霧島さんの姿が見えた。
「今夜中なんだよなぁ……。」
武田さんは苦笑いし、皆もそれにつられた。
「遅くなりましたー!」
霧島さんは急ブレーキをかけるように僕らの前で止まり、額の汗をハンカチで拭った。
「すごいスピードでしたね……。」
僕は半ば呆然とした顔で言った。
「そんな速さで走ってきて体力は大丈夫なの?」
「はい。能力者になってから、体力はものすごく増えたんです。」
余りの速さに紅さんは若干引いていたが、お構いなしに霧島さんは笑顔で答える。
「ま、まぁ全員揃ったことだし、行こうか。」
普段は冷静な四条さんも動揺していたことに皆内心驚いているような様子だったが、フェンスを飛び越え、ダイバーの群れの元へと出発した。
「今日こんなにダイバーがいるのは多くの人を誘拐するのが目的だと思っていたんだけど、違うかもしれない。」
「どうしてですか?」
四条さんの言うことが事実なら、この数のダイバーはどういうことか、それを察した僕は青ざめた。
「僕らと戦うつもりということですか?」
恐ろしい推測が僕の中に思い浮かぶ。
「そうだね、これは待ち構えてると思う。」
四条さんはいたって冷静だが、その声は険しさを増していた。
「ダイバーの相手なら俺と四条でいくらでもできる、そんな心配すんな。」
「はい。」
武田さんの言葉に僕はひとまず安心した。これならいけるかもしれないと期待が膨らんでいたが、同時に僕と紅さんで彼を倒さなくてはならないという責任感もふつふつと湧き上がってきていた。
奥に進むにつれ、先日訪れた廃ビルが近くなっていく。ダイバーの気配はより一層濃くなり、ダイバーの住む地域に来たような気分で、いつどこから攻撃が来てもおかしくないほどだった。僕らは周囲を警戒しながら走り続けた。
「俺と四条で三人を左右から挟むように守る。気配の濃さから多分この先に奴がいるかもしんねぇ。」
ダイバーの気配から来る不快感は変わらず続いていた。
「きっとダイバーが襲ってくる時は、この不快感が強くなるから気をつけてね。」
四条さんの助言から、この不快感はダイバーが襲ってくる時の合図になると思った。これからの戦いへの不安が高まる中、その時は訪れた。再び急激に湧き上がる不快感、反射的に走ることができなくなり、歯を食いしばって耐える、周りの皆も不快感に悶えていたのが見えた。同時に周りの地面から多数のダイバーが勢いよく翔び出てきた。それらは躊躇いもなく僕らを上下左右、あらゆる方向から囲みながら一瞬で距離を詰めてくる。視界の殆どがダイバーに埋め尽くされ、恐怖が全身を駆け巡り、足がすくむ。なんとか能力を使おうと構えるが、体が重い。間に合わないと思った次の瞬間、何かが風を切った。それは僕は過去に体験したことがあると直感できた。そう認識した直後に一部のダイバーの体が真っ二つに切断されたのに気付いた。それはまさに起死回生の一撃であり、あの日僕を救った武田さんの戦斧だった。
「四条、やるぞ!」
「言われるまでもないですよ!」
二人が僕らを左右で挟んで進む予定だったが、彼らが前に出ざるを得なくなった今、陣形を変えざるを得ない。武田さんが進行方向に斧を振り最後尾では素早く移動した四条さんが弓を射て追ってくるダイバーを足止めしている。2人の機転により、一瞬ではあるがききをだっした僕らはその方向へと駆けた、だがすぐにダイバーが僕らに着いてくる形で行く手を阻んできた。すかさず武田さんが前に出る。
「おらぁ!」
武田さんの戦斧がダイバーをことごとく切断していく。四条さんと僕は後ろから追ってくるダイバーを片っ端から倒していく。僕はこの時、霧島さんと紅さんは戦闘には参加できないと思っていた。そもそも霧島さんは治癒能力の持ち主なので戦闘には不向きで、紅さんの炎は痛みを感じない人形であるダイバーにとって役に立つか怪しいのだ。だからこそこの場では僕ら三人で二人を守る陣形になると思っていた。しかしその予想は嬉しい意味で外れることとなる。後ろのダイバーを捌き、陣形が崩れてないかを見るために前を見ると、霧島さんは蹴りで、紅さんは炎を纏った拳でダイバーたちに応戦していたのだ。霧島さんの蹴りと紅さんの拳はダイバーの体を砕き、戦力として間違いなく機能している。
「霧島さんと紅さん、戦えるの!?」
僕は興奮気味に二人に尋ねる。
「うん、いつまでも足引っ張ってる訳にはいかないからね!」
「私も微力ながら、お手伝いします!」
こちらを向いて答えた二人の表情からは自信がうかがえた。
「このまま突っ切るぞ!」
武田さんは斧を振るいながら僕らを鼓舞する。だが、いくら五人で戦えるとはいえ、ダイバーの数はきりがなかった。完全に包囲されないよう倒しながら走っているが、それでもダイバーは僕らのスピードに追いつくことに加えて前後左右から攻撃を仕掛けてくる。いくら能力者の僕らとは言え、このまま戦い続ければ体力が尽きるのは明白であり、早急に打開策を見出さなければならない。僕は思考をフル回転させて考える。僕の氷ならば左右に大きな壁を作り、攻撃してくるダイバーの数を一時的に減らせば、その隙に抜け出せるかもしれないが、それはあくまで時間稼ぎにしかならないだろう。
「お前ら、このダイバーたちは俺と四条がやる。皆は先に行け!」
武田さんの突然の提案が僕には自殺行為に思えた。いくらなんでもこの数を二人で捌き切るのは正直に言ってかなり厳しい、それでもやるのはこのままでは五人全員がやられることを理解しているからでもあるのだと思った。
「俺が後ろに移動して全力で地面に斧をぶつける。その衝撃でダイバーを吹っ飛ばすからその隙に行け!」
武田さんの独断で物事が進んでいくが、これ以外の案が思い浮かばないのが悔しかった。
「でも、二人で大丈夫なんですか?」
紅さんは悲痛な表情で聞く。
「そもそも俺は能力者と戦うのは難しい、藍澤と紅と霧島が適していると俺は思う。」
「それはそうかもしれないですけど……。」
紅さんはまだ納得しかねる様子だったが、僕にはそれがどういう意味かイマイチ理解できなかった。四条さんは何も言わずに矢を放ち続ける。
「でも、現状それしか方法が無いなら、そうするしかありませんね。」
霧島さんは覚悟を決めたようで、神妙な面持ちでいる。
「分かりました、出来るだけ早めに能力者を止めます。」
紅さんも同様で決心したように見えた。
「分かりました。武田さんと四条さん、絶対僕らに追いついて下さい。」
武田さんは一瞬目を見開くと、笑って言った。
「おう、任せろ!こんな数、二人でさっさと片付けるさ!」
武田さんは豪快に、自分を奮い立たせるように叫んだ。そして武田さんは上空に跳躍し、斧を振り上げた。一瞬、月光で刃が輝いているように見えたかと思うと、斧を回転させながら僕と四条さんがいる場所付近目掛けて落下してきた。
「皆全力で走って!」
四条さんに言われるがまま僕らは武田さんの落下地点から急いで離れるように加速した。ドゴ――ンと轟音が響き渡り、斧と地面のぶつかった衝撃が追い風となり僕らの体をより前へと押し出してきた。転びそうになるのをなんとか堪え、走りながら後ろを見ると四条さんは既に立ち止まり、弓を構えている。さらに奥を見ると武田さんの着地しま場所を中心に地面のアスファルトにヒビが入っており、多くのダイバーが倒れていた。それでも致命傷には至っておらず、一体、また一体とまた立ち上がっている。武田さんはダイバーからまた少し距離をとり、四条さんと何か話しているように見えた。僕はそれを一瞥した後、前を向いた。
「そういえば、霧島さんと紅さんは戦い方をどうやって見つけたの?」
ダイバーからの猛攻で聞きそびれていた疑問を唐突に二人に聞いた。
「私はボクシングのイメージかな。」
「ボクシングですか?」
僕はキョトンとして聞き返した。
「能力者って身体能力が常人よりもかなり高くなるでしょ?だから純粋な格闘戦だったらまだいけるかもって思ったの。それに加えて炎をグローブみたいに拳に纏えば威力も上乗せできてダイバーとも戦えると思ったわ。」
「わ、私は脚力が他の能力者に比べてより強化されているので、蹴りだったら戦えると思いました。」
霧島さんは緊張しつつもはきはき喋ろうと若干早口になっているが、確かに先程の霧島さんの蹴りはその可憐な容姿からは想像できない威力だった。紅さんも前とは様変わりしたように自信が少しだけ滲み出ているように感じられた。きっと前回の戦いで自分の無力さが悔しかったのだろう。僕の中にあった不安はほとんど消えていた。
「そうなんですね、良かったです。」
僕は仲間がより頼もしくなり嬉しくなった。
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