第三十四話 葛藤

「これからもダイバーとの、いえ、彼との戦いを続けますか?」

 四条さんからの問いは僕に重くのしかかった。

「仮に戦わないとして、あいつがそれを受け入れてくれるか分かんねぇぞ。」

 武田さんの指摘に対し、四条さんは自分の考えをのべていく。

「彼としても、好んで戦いたいとは思わないはずです。僕らがダイバーの存在を世間に公表しないと言えば戦わずに済む可能性は十分にあると思います。」

 四条さんはあんな戦いをした後でも理路整然と話していく。

「藍澤、お前はどうしたい?」

 武田さんに聞かれ、僕はドキッとした。僕の中でも答えはまだ決まっていない、いや、正確には決められないのだ。

「僕は……。」

 案の定言葉に詰まってしまった。

「藍澤君……?」

 紅が心配そうにこちらを見てくる。皆を見回すと、同じような目で僕を見ている。僕はもう、恥ずかしくなった、ダイバーと戦うと息巻いておきながら、いざ戦えば僕は彼に何も出来なかった。実力差は明らか、ダイバーを何回も生成している分経験値も僕とは違う、そして何より自分のやっていることが正しいという確固たる信念、それが僕に欠けていたかもしれない。あんな啖呵を切ったのはいいが、あれはあくまで綺麗事だと考える自分がいた。そんな中途半端な考えの僕がもう一度戦うという選択肢を取ってもいいのだろうか、また皆を危険な目に合わせてしまうのは火を見るより明らか、というやつだ。

 僕は何を言うべきか分からないまま黙ってしまった。その後はよく覚えていない、とりあえず解散になった気がしたが、家に帰ってからはなんとか平静を装うために、必死に自分を取り繕っていた。普段通りご飯を食べ、風呂に入り、寝る。そんな日常的な生活を送ったが、頭からは彼の言葉が離れなかった。その名前さえ知らない誰かは世間を賑わせる奇妙な誘拐事件の犯人でいじめの加害者をターゲットにしている、どんな理由があれ、それは間違っているはずなのにどこか正しいと思ってしまう自分がいる。きっと彼の行いの根幹にある思いは、単純にいじめを憎む気持ちだろう、それは間違っていないのだ。だからこそ彼の言葉は僕の心に鋭利な刃物のように突き刺さった。




「皆、これからどうしますか?」

 同時刻、武田と四条、紅、霧島は四人で通話していた。なぜ藍澤がこの場にいないのか、それは彼に聞かれたくない会話だったからである。

「問題は彼が戦う気を起こすかどうかです。」

 四条の言う彼とは藍澤のことだ。

「あんだけ酷い怪我を負わせられたら、トラウマもんだぞ。」

 武田は少し諦めたように言う。

「私が治せるのは体の傷だけです、心は、彼次第です……。」

 霧島の言葉にも力は無い。

「あの、実はまだ言ってなかったことがあって……」

 霧島が続ける。

「皆さんに合流する前、ある人に会ったんです。皆さんの戦いを楽しそうに観ていました。」

「おい、それって……。」

 霧島以外の全員が息を呑む。その人物がどういう立ち位置にいるのかは明らかだった。

「その子はきっと能力者です。ダイバーの能力者に協力しています。」

「なら、僕たちのことを調べたのはその能力者の可能性が高いですね。」

 四条は険しい表情をしている。

「そうか……。」

 武田さんは考え込むような声だった。

「それより、戦うんですか?ダイバーと。」

 紅が会話を軌道修正する。

「僕からの提案なんだけど、藍澤君次第にするというのはどうだろう?」

「おいおい、判断を全部あいつに任せるのはさすがに酷じゃねぇか?俺たちだってそれぞれの判断で戦う選択しただろ?……あ。」

 何かを思い出したかのように武田は気まずそうに霧島の方を見る。

「私は傷を治すだけですし、皆さんがやるなら後方支援はしますよ。」

「あぁ、助かる。」

 霧島が意外にも快諾したことに武田は少し動揺しているようだったが、四条が話を戻す。

「武田さんの言う通り、藍澤君に僕らの分まで判断を任せるのはダメです。ですが現状、彼と戦っていいのは藍澤君と紅さんくらいじゃないですか? 仮に紅さん1人で戦うなら、さすがに無謀です。僕と武田さんなら援護は出来ますが、能力者への直接攻撃を僕らがするのは相手の命を奪いかねません、だからこそ藍澤君の氷の能力は対人戦闘に長けていると言えます。」

「藍澤は戦いの要ってことか……。」

「はい、僕たちの戦いに藍澤君は必要不可欠です。ですが、戦うかどうか決めるのは彼自身ですし、僕たちが戦うかどうかが彼次第だということを彼には伝えるべきではないでしょう。」

 四条の提案に皆が賛同した。

「で、誰が藍澤に聞く?」

「それは私がやりたいです。」

「分かった、頼んだよ。」

 紅が藍澤との相手を引き受けることになり、そこで通話は終わった。



 ロストシティ内のとある廃墟で、ドンッ!とコンクリートを殴る音がする。それは常人に出せる音ではなく、しかもコンクリートの柱にはヒビが入った。その音を聞いてビクッとする少年、加賀悠太郎は恐る恐る俺に声を掛けてくる。

「そ、そんな自分を責めなくてもいいだろ? あいつら逃げていったじゃないか。」

 それを聞いて俺の中の怒りが湧き上がってくる。

「あれだけの数のダイバーと俺の実力、それを以ってしても奴らを戦意喪失にまで追い込むことが出来なかった! 俺は邪魔者を排除し損ねたんだぞ!」

 俺は柱に拳を何度もぶつける。

「またチャンスはあるよ。その時にやればいいじゃんか。」

 加賀の声は震えていて、俺が怖がらせてしまったのだと自覚する。俺は一度拳を柱にぶつけるのを止め、加賀の方を見る。

「たしかにな、それもそうだ。でもその時は、お前の力が必要になる。」

 俺は加賀に近づき、肩にポンと手を乗せる。

「うん、僕にできることだったらなんでもやるよ。」

 加賀は目を輝かせてこちらを見てくる。


 七月二十日、放課後になって紅さんから電話をしたいと連絡があった。

「昨日の藍澤君を見てて、なんていうか、悩んでるように見えたの。だから、何か力になれないかなって思って……。」

 どうやら昨日の僕の心情を見抜いていたらしい。

「僕は、彼が完全に間違ったことをしているとは思えないんです。」

 僕は何度か言うのを迷いながらもなんとか自分の本音を言葉にした。

「そんな……!」

 紅はやはり驚きをあらわにしている。それもそうだ、さっき全身がボロボロになるまで殴られたのだから。

「なぜなら、彼の動機はいじめを無くしたいという純粋な願いだからです。」

 もう僕は言葉を吐き出すのを堪えずに話を進める。

「でも彼の行いは武田さんも言ってた偽善、だと思うけど……。」

 紅の言葉の覇気は無い。少し僕の声に気圧されているようだった。

「それはそうかもしれません。でも彼を否定して、行いを止められたとしても、それはいじめの被害者を見捨てることになるかもしれません。」

 紅の目を真っすぐに見つめる。

「それは……。」

 彼女は目を逸らし、口ごもる。

「例えば僕がいじめを目の当たりにして、それを止める勇気が自分にあるのかと問われれば、即答出来ません。でも彼は能力を使い被害者を助けている。」

「そうだけど、彼がやっていることは立派な犯罪じゃない! 気持ちは分かるけど、擁護出来るものじゃないよ。」

 彼女は精一杯の反論をする。そしてその反論は正論でもあった。

「確かにそうだと思います。ただ、彼がどうしてこんな事をし始めたのか、経緯は知るべきだと思います。」

「じゃあ、もう一度彼と戦うの?」

 紅が僕を心配しているのは痛いほど分かった。このまま経緯を知るために彼と会えば、ほぼ間違いなく戦うことになるだろう。

「はい、そうします。結局能力者を止められるのは能力者だけですし、知りたい事もある。それに……。」

「?」

 紅は僕が言いたいことを分からない様子だった。

「せっかく知り合えた仲間がずっと怯えたまま暮らすなんて、嫌じゃないですか。」

 僕は紅に伝えた。表情は相手には伝わらないが、僕は微笑んでいる気がする。

「そうだね、一緒に頑張ろう! でも無理はしないでね。」

 紅の明るい声がスピーカー越しに聞こえる。どうやら僕の考えを理解してくれたようだ。

「うん、じゃあまた明日。」

 僕はそこで通話を切った。迷いは完全に払拭できたわけではないが人に話せた分、心は軽くなった気がした。

「彼とはまた話さなきゃいけない気がする……。」

 これはただの直感だ、同じ能力者だからなのか、それとも彼に何か伝えなければならないことがあるのか定かではないが。

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