第三十三話 信念と執念

瓦礫の影から彼らの戦いを見る少年、加賀悠太郎はある能力を持っている。それは人の心を読むことである。高校入学当初にこの能力は発現し、そのせいで彼は怯えて暮らすことになった。今までの人生で知ることが無かった人間の本心を目の当たりにしたのだ、最初は寝るのも難しかった、学校では周囲の人間が心の中で考えていることが人の頭上に文字が浮かび上がり、それを常に見るはめになっていた。そのせいで人と話すことも怖くなり、それが原因でクラスの中で浮き、いじめへと発展してしまい、それを同じ学年の上條京輔に助けられた。その時彼は上條が自分と同じ特殊な能力を持った人間だと知った。それからは上條に自分の能力について話し、コントロールするアドバイスをもらった。いじめが解決してからは上條の手伝いをしたいという気持ちから、いじめによる精神的ショックという理由で学校を停学している。上條のために、これまで何回も多くの学校へ足を運び、登下校する生徒の心を読み、上條に情報提供している。もはや作業のようになりつつあったことだが最近ダイバーが何者かに倒されたという話を聞き、可能性として最も高い、上條と同じ能力者を探した。そうして最初に見つかったのが武田という人物だった。そこから上條は武田たちと戦うことにしたようで、加賀はそれを子供のように胸を躍らせた。だからこそ彼らの戦いを間近で眺め、上條が勝つのを見たいと考えた。テレビに齧り付くように見る子供のようだったためか、加賀に近づく者が彼の肩をポンと叩くと、彼は声を上げて驚いた。

「あの、君、どうしてこんな所にいるんですか?」

 加賀に話しかけた人物、霧島花凛は不思議そうに彼を見つめる。

「え、あれ、あなたは……?」

 彼は慣れない人との会話や、予期せぬ乱入者により彼はパニックになった。

「私はあそこに行かなくちゃいけないんですけれど、ここにいるということはあなたも能力者なんですか?」

 霧島は上條たちの方を指差した。加賀は彼女が武田たちの仲間だと察したのだろう。だが加賀に戦う力は無い。何を言うべきか分からないまま彼はおどおどしている間にはものすごい突風と共にいなくなっていた。

「え、えぇ……?」

 彼は尻もちをつき、困惑した表情を浮かべる。



 その時、ダイバーの動きが変わった、今まで数で押し寄せていた奴らは僕ら4人を囲むように陣形をとった。

「こいつら、急にどうしたんだ!?」

「正直、今までなぜ囲まなかったのか不思議なくらいですよ。」

 混乱している武田さんを四条さんが諭した。僕らはそれぞれの背中を守るように構える。するとダイバーの円環の隙間から能力者がこちらへ近づいてきた。

「なぜ俺の邪魔をする?」

「前にも言ったが、お前のやってることはただの偽善だからだ。」

 能力者の質問に武田さんはきっぱりと答えた。その言葉を聞き、彼は肩を震わせていた。

「ふざけるなよ、お前。」

 彼は今までで最も怒りに満ちた目でこちらを睨んだ。

「偽善とは、何もやらない人間が綺麗事を語るときに使う言葉だ!そういう人間こそ、自分にとって不都合なことには目を瞑るクズだ!」

 その言葉をただの暴論ではないと思った。いじめを見て見ぬふりをする人間は必ず存在する。それを理解しているからこその言葉なのだろう。

「いじめをする奴は嫌いだが、いじめに遭っている人を助けようともしない奴は俺にとって最も軽蔑する人種だ。」

 彼の言葉は僕に重くのしかかった。彼は並々ならぬ覚悟と信念をもって誘拐事件を起こしているのだと痛感した。

「でも、骨折なんて大怪我を負わせてなんになるのよ!」

 紅さんが唐突に叫んだ。

「私のクラスメイトがあなたに誘拐されたわ。その子はあれから、学校に来てからまともに話も出来なくなったのよ。あなたの行いはいき過ぎてる!」

 彼女の叫びには悲痛さを感じた。

「それがいじめをした代償だ。いじめられた人間はいじめられた後もずっと、下手したら一生トラウマを抱えて生きていくんだ。その代償には丁度良いだろ。」

「人を罰するのは法律の役割だ。お前は神にでもなったつもりか。」

 武田さんの反論に彼は屈しなかった。

「お前たちは自分の能力が何のためにあるのか考えたことはあるのか?」

 それは紅も抱いていた問題だ。紅はまだ見つけられてないと言ったが彼は何か意味を見出したのだろうか。

「俺はこれが神からの贈り物だと解釈してる。正直、なんで俺にこの力が宿ったのか分からない、でもな、俺はこれで贖罪を果たすべきだと思っている。」

「贖罪……?」

 彼が一体どんな罪を背負っているのかそれは僕らには分からない。

「そのための障害となるお前たちを、俺は潰す。」

 その言葉が合図となりダイバーたちが襲いかかってくる。

「藍澤君、君の氷が大事だ、頼む!」

 普段から冷静な四条さんでも焦っていると分かった。僕はひたすらダイバーに触れたり、足から氷は出してダイバーの動きを止めたりした。

「後は俺と四条でひたすら倒す!」

 武田さんと四条さんは今まで通り凍らせたダイバーを片付けていく。だがさっきまでとは違い三六〇度から敵が迫ってきているため僕らはじりじりと押されている。

「藍澤君、私、あの能力者に火球投げつければいいのかな?」

 紅さんも焦りともどかしさが混じった表情でこちらへ見てくる。ダイバーとの戦いに不向きである以上、能力者を狙うしかない。

「分かった、もしかしたらそれでチャンスが生まれるかもしれない。」

 僕は紅に密かに一途の希望を託さざるを得ないほど危険な状況だと思った。

「じゃあ、紅の攻撃が奴に当たったら、俺があいつに突っ込む道作るから、一気に片を付けるぞ。」

 武田さんの提案に僕らは頷く。

「じゃあ、いきます!」

 覚悟を決めた紅は僕が今まで見たことのないほどの大きさの火球を野球のボールを投げるように火球をダイバーの能力者に放った。その火球は放物線を描き、能力者へと向かっていく。僕ら四人の視線が一瞬彼の方へと向けられる、この一発から僕らは彼に畳みかけるための構えをとる。紅の急襲を予想していなかったであろう彼は焦っているように見えた。

「ちっ……!」

 彼は舌打ちしてダイバーを一体自分の目の前に呼び、火球でダメージを負うのを防いだ、だが武田さんはその隙を見逃さなかった。

「行くぞぉ!」

 雄叫びのような声をあげ、武田さんを先頭に僕らは彼に向かって走り出した。武田さんの斧の一振りでダイバーは薙ぎ払われ、その後に僕と紅が続く。一気に距離を詰め僕と紅が武田さんの前に出て、お互いに攻撃を仕掛ける。ダイバーを盾にした彼は僕らと距離を取ろうとしたがそれは出来なかった。僕は手から氷を、紅さんは野球ボールほどの火球を彼に放とうとする、もうダイバーで防ぐのは間に合わないだろう、これで彼の動きを止められる。そう確信した直後、僕は何か衝撃を受けた。痛みを感じながら数メートル吹き飛ばされ、倒れてしまう。

「かはっ……。」

 一体何が起きたのか理解できないまま、周りを見ると、僕と同じように痛みに悶えている紅と僕を見下すように見てくる能力者、地面から真っ直ぐ伸びている四角柱のようなものが見えた。推測するに彼は地面からその柱のようなものを伸ばし、僕らを死角から攻撃したのだろう。彼がダイバーを生み出す以外にも攻撃手段を持ち合わせていることを理解し、それを考慮していなかったことに僕は悔しくなった。僕は全身に痛みを感じながらもなんとか体を起こそうとする、武田さんと四条さんは2人でダイバーの相手をしている、ここで僕と紅がやられたら他の2人がやられるのも時間の問題になってしまう。僕の方へ彼が歩いて近づいてきて、僕は彼を見上げた。

「安心しろ、殺しはしない。だが、二度と俺の邪魔が出来ないようにお前たちの心はへし折る。」

 彼の目はもうただの人間とは思えないほど冷酷で、人を傷つけるこたとに躊躇いが感じられなかった。殺さないというのは事実だろうが、殺される恐怖は間違いなく僕の中で存在していた。あぁ、僕は今日死ぬかもしれない。そんな思考が脳裏をよぎる、その直後には僕の体は宙に浮き、痛みを感じるのが少し遅れるほどに地面から伸びてくる多くの腕に殴られ、もはや泣き叫ぶこともできなかった。武田さんと四条さんや紅が僕の名前を叫んだようにも聞こえたが僕にはそれすらも正確には分からなかった。攻撃が止み僕は地面に落ちると、かろうじて意識があることに内心ホッとした。彼の方を見ると、彼は紅の方へと歩いていった、恐らく彼女にも同じことをするつもりだ。僕の目から涙が溢れる、全身の痛みだけじゃなく、ダイバーと戦う決意をして、皆を巻き込んでしまったという後悔からでもあった。僕が戦うと言わなければ、もっと強かったら今目の前で紅が傷つく必要も無かった、そう考えれば自分の不甲斐なさはかなりのものだ。紅の方を見ると、目には涙を浮かべていた。

「止めろ……。」

 僕は声を絞り出す。彼に届くかは分からない、それでも言わずにはいられない、ここで彼を止めなければ紅、そして四条さんと武田さんもやられる。そうなったら本当に彼を止める者はいなくなってしまう。

「止めろよ!」

 僕は恐怖心を抑え込んで叫んだ。彼が足を止めて振り返る。僕はふらふらと立ち上がり、彼と対峙する。正直戦う力があるかは分からないが、目の前で仲間がやられるのをじっと見ていられるほど僕は薄情ではなかったようだ。

「その傷でよく立ち上がれたもんだ。」

 彼は淡々と言葉を口にする。

「武田と四条だったか、あの二人は俺の人形たちで手一杯、紅は立ち上がる気力もない。藍澤、お前は全身打撲で内出血だらけ、立つだけでもキツいはずだ、なぜ立ち上がる?俺の邪魔をしなければ何も手出しはしないと約束するぞ。それでも俺に立ち向かうか?」

 彼は僕らを大した脅威とは思っていないようだった、それもそうだ、たった今僕の体をボロボロに出来たのだから。僕は自分の置かれている状況を理解しつつ、ずっと頭の中で引っ掛かっていたことを話す。

「ダイバーは僕ら能力者を狙った。」

 彼の表情が強張る。

「武田さんから聞いたよ、君は能力を制御しきれていないんじゃないか?」

 図星だろう、彼は言葉に詰まっているように見える。

「そんな君を放っておこうとは思わないし、君のやっていることは間違ってる。」

「お前には分からないだろ、俺の気持ちは……!」

 彼はまた怒りを滲ませる。

「あぁ、分からないよ、分かるわけないじゃないか、能力を人を傷つけるために使う奴の気持ちなんて。」

 僕は半分やけくそになりながら彼に言葉で歯向かった。

「俺は人を救うためにこの力を使っている。」

 彼はあくまで認めるつもりはないようだ。

「その障害となるお前たちを俺は排除する。」

 彼の言葉の語気がより一層強くなる。彼は腕を構え地面から触手のように多くの腕を伸ばしてくる。それらの腕は僕の視界を覆うように広がったかと思うと僕に向かって収束してくる。これをもろに受ければ僕は間違いなく死ぬだろう、だがそれは彼の人を殺さないという言葉に矛盾する。そうなれば彼に能力勝負で負けたとしても信念で勝てたことになる。僕は死ぬことはもちろん嫌だが、ほんの少しだけそれが嬉しいと思っている。

「藍澤ーッ!」

「藍澤君!」

「ダメ――ッ!」

 武田さん、四条さん、紅の声が聞こえる。皆には本当に申し訳ないなと思った。僕が武田さんに戦いたいと言ったにも関わらず、僕が一番最初に死ぬことになり本当に無責任なことをしてしまった、僕は酷い人間だ。出来れば最後まで見届けたかった。腕が一斉にこちらへ向かってくる間に様々なことを考えながら、目を閉じる。


「私の仲間に、何やってるんですか!」

 聞き馴染みのあるような無いような声が急に聞こえて僕は目を開いたが、その直後には僕の体は強い衝撃を受けた、しかしそれは能力者の攻撃によるものではなかった。僕は衝撃のせいで目を瞑ってしまったが、僕が誰かに抱えられているのは分かった。恐る恐る目を開けると夕焼けで照らされた霧島さんの顔があった。

「霧島さん?」

 霧島さんは僕の顔を見て笑顔で言った。

「はい、遅くなってすみません。大丈夫ですか?」

「大丈夫そうに見えますか?」

「は、いえ、全然そんな感じじゃないですね、すいません!」

 慌てた霧島さんはそう言って僕の体を地面に横たわらせてくれた。

「今から治しますね。」

 霧島さんは僕の腕に手をかざした、すると薄緑色の光が霧島さんの手から出てきているように見えた。するとその光が当たった部分から僕の体から痛みが和らいでいくのが感じられた。

「本調子になるにはまだまだ時間かかってしまうので出来れば今日は戦わないで欲しいです…。」

 霧島さんはそう言うがこの状況でそれを叶えるのはかなり厳しいだろうし、霧島さんもそれは理解しているようだった。

「四条!逃げるぞ!」

 僕の怪我具合から武田さんは逃げることを選択した。武田さんは斧を思いっきり振り上げ、地面に叩きつけた。ドゴ――ン、と大きな音が鳴り響き突風が吹き荒れ、その場の全員が吹き飛ばされまいと身構えざるを得なくなっている。しかし僕の体が誰かに担がれているのを感じた。突風が吹き荒れたのは一瞬だったがその隙に霧島さんが僕を、四条さんが紅をそれぞれ運んでいて、武田さんが殿としてダイバーを薙ぎ払っている。

「逃がすか...!」

 うろたえていた能力者はダイバーのみならずあの大量の、地面から伸びてくる腕も武田さんに向けて放っていく。武田さんはそれを斧を振り回すだけでなく斧を自分の体の前で回転させて腕を一つ残らず斬っていった。武田さんの斧さばきは通常の人間ならば目で追えないだろう。

「霧島さん、急いでロストシティの外に行こう!市街地に出ればダイバーは追ってこない!」

「は、はい!」

 四条さんの切羽詰まった指示に霧島さんは驚きながら反応する。僕とは霧島さんにお姫様抱っこされて運ばれており、目線を武田さんの方へ向ける。武田さんはこちらに向かって走りながらも的確にダイバーと地面から伸びる腕のようなものの攻撃を相殺していく。

「武田ぁ!」

 能力者は一体のダイバーの肩に乗り、鬼気迫る表情でこちらを追いかけて来ていた。彼の猛追には執念深さが嫌と言うほど感じられ、彼は自分の行いに覚悟と誇りを持っているという事実が僕にのしかかってきている、果たして自分に彼を止めるというそこまでの覚悟はあるのか分からなかった。僕は武田さんにダイバーと戦うことを伝えた時、どこか非日常を楽しみたいという浅はかな考えがあったのではないか。彼と僕の覚悟の違いを見せつけられたような気がして、自分が正しいと思っているはずなのになぜか僕が間違っているような感覚に陥る、自分の弱さ、不甲斐なさ、覚悟の無さを自覚させられた気分だった。

 しばらく霧島さんに担がれたまま移動して数分、ロストシティの外に出た。

「ここまで来たらダイバーは追ってこないだろう。」

 息が荒れ、四条さんは肩を震わせながら言い、額の汗を腕で拭った。僕と紅はフェンスにもたれかかった状態で霧島さんの治癒を受けている。

「武田さんがいなかったら逃げられませんでしたね。」

「なぁに言ってんだよ、霧島が来てなかったら藍澤死んでたかもしんねぇぞ、よく間に合ったな。」

 武田さんは僕らの中で一番汗だくになっていたが相変わらずテンションは高かった。

「あぁ、あれは紅さんがあの能力者に攻撃してたので、一瞬隙が生まれたんです。そのおかげで私は藍澤さんを助けられました。」

「皆さん、ありがとうございました、足引っ張ってしまって、すいません……。」

 僕の言葉はもう力が残ってないことを皆に伝えているようなものだったかもしれない。

「いえいえ、助けられて良かったです。」

 霧島さんはそれでも笑顔で応えてくれた。それに続いて皆もそれぞれ笑顔で頷いていて、僕は涙が溢れそうになった。

「無事全員生還したところで、これからどうしますか?」

 全員が息を整えたところで四条さんが切り出した。

「これからもダイバーとの、いえ、彼との戦いを続けますか?」

 四条さんは真剣な眼差しで僕らに聞いた。





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