第三十二話 成長と観測者
ピシピシーッ!と音をたて、触れた場所から氷がダイバーの全身を覆うように駆け巡っていった。ダイバーの勢いが急激に減速したかと思うと、振りかざされた拳は僕に命中することなく、すぐに止まった。決して静寂とは言えない時間、場所ではあったが、その音と光景を僕の周りの三人が聞くのには十分だった。
「お前、ほんとすごいな!」
「ちゃんと戦った意味があったね。」
武田さんと四条さんは僕のやったことを横目に戦い続ける、四条さんにいたっては氷で下半身が動けないにも関わらず矢を次々と放ち、ダイバーにダメージを与えていき、武田さんは斧を四条さんや紅に当たらないように器用に振り回していく。僕は次々に向かってくるダイバーにそっと手を触れ、凍らせていく。ダイバーを何度か目の前で見た僕にとって動きを追うのは簡単だった、後は敵に触れ凍らせ、動きを止めるだけ。言うのは簡単だが、そう感じるには四条さんとの戦闘は不可欠だった。僕は一体、また一体と動きを止めていく。だがダイバーはこちらへ躊躇なく向かってくる。後ろは見えないが、音から想像するに武田さんが敵をねじ伏せているだろう。それに絶え間なく四条さんの矢が確実にダイバーの体を削っている。
「みんな!申し訳ないけど、僕はさっきの戦いで腕が疲れすぎてる!」
四条さんは苦しそうな声で言うが、四条さんの弓は僕が凍らせたダイバーを確実に粉々に砕くほどの威力があった。
「おい、なんかおかしくねえか?斬っても斬ってもこいつら出てくるぞ。」
武田さんの指摘通り、最初に見たダイバーの数は十体程度だったはずだが、確実に増えている。
「四条さんが動けるようになったら、逃げましょう!ロストシティの外までは追いかけてこないはずです!」
「わかった!紅、プレッシャーかけるようで悪いが、出来るだけ急いでくれよ。」
「はい!後少しです!」
紅は必死な声で返事をする。ダイバーを凍らせながら、僕は相手の能力者について考える。ダイバーに居場所がバレたのは能力を派手に使いすぎたからだろう。では、この数はなんだ?これだけのダイバーを一度に相手したことは無い。ロストシティ内だから他人に見られることは無いという判断だろうか?僕は様々な考えが無限に頭の中で広がっていくのを感じ、止めた。
「紅さん、もう大丈夫だよ!」
四条さんの叫び声が聞こえた。
「うしっ、俺と藍澤で道を開く。藍澤が左を守れ! 俺が右をやる! 来た道戻るぞ!」
武田さんの怒涛の指示がくる。
「はい!」
もう一度気合いを入れ、僕ら四人は走りだす。指示通り僕と武田さんでダイバーを無力化していく。道が開け、ダイバーの囲いから抜け出すと、ダイバーは下半身を地面に沈め、一斉に追いかけてきた。
「俺が殿をやる!三人は先に走れ!」
武田さんの指示が飛ぶ。
「僕は何もしなくていいんですか?!」
自分が何かしなくては、という気持ちが僕にはあった。
「藍澤が氷の力使っちまうと痕跡が残っちまう、他人に見られたらマズいかもしんねぇ!」
「でも、僕何体か凍らせちゃいましたよ?」
僕は思い出したように言った。
「それは僕と武田さんが全部壊した! 後は自然に溶けるのを待つだけでいい!」
四条さんがしれっと言ったことに僕は驚いて言葉が出なかった。四条さんと武田さんの連携はまさに阿吽の呼吸と言いうに相応しいと実感させられた。
「今は、走れぇ!」
武田さんは全力で僕達に指示を出す。僕達はがむしゃらに後ろを振り向かずに走る。こんな経験は初めてダイバーに遭遇したあの日以来だろう。あの時はただ恐怖に怯えて逃げることしか出来なかった、今も逃げているという状況は変わらないが、仲間がいる分、精神面ではかなりまともなのに加えて、僕は不謹慎かもしれないが今この状況を楽しんでいると自覚した。
「皆止まれ!」
不意に武田さんがまた叫んだ。僕はハッとして足を止めて前を見る。そこには見知らぬ青年がいた。背丈は一七〇後半あたりだろうか、黒い髪は肩にかかるのでは、というくらい伸びており、前髪は目がちょうど隠れない程度だ。グレーの半袖Tシャツに黒いズボンを履いている。
「あいつがダイバーの能力者だ。」
武田さんは緊迫感のある声で僕達に教えた。
「武田ぁ、一人で戦うんじゃないのか?」
僕と紅は武田さんの方を見る。そんな約束をしていたことを初めて知って僕らは驚いていた。
「武田さん、あなた馬鹿ですか?」
四条さんは呆れたように言った。
「さ、最初は巻き込む予定じゃなかったんだが、やっぱり皆の意見を聞こうと思ってな。」
武田さんは目を泳がせ、言い訳のような物言いで僕らに弁明する。
「ここに全員はいないんだな。」
青年の言葉に僕らの間で緊張が走る。
「お、お前どうやってそれを!?」
唯一彼と会ったことがある武田さんも初耳だったようだ。
「それは言えないな。」
彼はニヤリと笑う。
「ここで彼と戦ってどうにか誘拐を止めさせるってことでいいか?」
「さらっと言いますけど大変ですね。」
武田さんの提案に四条さんは苦笑いする。
「僕は……。」
続きを言いかけてふと紅を見る。彼女は震えていた。ダイバーと戦ったことがなく、いきなり能力者と戦うというのは彼女にとって酷だろう。僕は彼女の手をそっと握った。
「大丈夫、武田さんに四条さんもいるから安心して。」
僕は紅に笑顔を見せた。彼女はうん、と頷く。
「僕は紅さんと一緒に行動します。」
僕は覚悟を決めた。
「四条、お前二人の援護してやれ。」
武田さんは四条さんに指示を出す。
「いや、僕は全員援護するつもりですよ。」
四条さんはクールに難しいことを言ってのけるが、さっきまでの実力を見るに可能だろうと思えた。
「はっ、頼んだぜ。」
そんな四条さんを見てから武田さんは斧を構え、戦闘体勢に入る。
「全く、面倒な奴らだ。」
青年はダイバーを自分の周りに集めた。
「ここで半殺しにすれば、もう手出しはしてこないか……。」
彼の目と言動は殺気に満ちいており、夏にもかかわらず冷や汗が全身から噴き出した。ダイバーは一斉にこちらへと仕掛けてきた。戦い慣れてない紅に僕は指示を出した。
「紅、火球をダイバーにぶつけてみてくれないかな?」
「分かったわ。」
紅は両手を前に突き出し、僕に初めて見せてくれた時の火球よりも大きいものを手から放った。その火球は一体のダイバーに当たったが、ダイバーはお構いなしにこちらへと向かってくる。
「やっぱり、火には実体がないから……。」
紅は残念そうに原因を分析する。
「多分ダイバーには痛覚というものが無いんだろうね。」
紅は悔しさからか歯軋りをしている。
「ごめん藍澤君、私は、ダイバーとの戦いで役に立てない……。」
こういう時、励ます言葉が咄嗟に出てこない自分を恥じた。大丈夫だよ、と声をかけても無責任になるだろう、だが彼女の能力は戦闘後の僕の氷を溶かすのに重要な役目を果たせる力だ、その力があるからこそ僕が本気で戦えると実感できる日はいずれ来ると確信していた。だからこそ、ここで紅を戦力から外すのはマズいと思っていた。地面を凍らせ、ダイバーの動きを止めながら紅さんの戦い方を考えた。もし紅さんが敵だったらどうだろう、僕が恐れるのは間違いなく火傷だ、だから火球が迫ってくれば避けるなり防ぐなりすればいい……ならば、と僕は発想の転換をした。確かに炎は防げばいい、質量が無いぶん遮蔽物等があれば問題なく対処できる、だがそれは逆に防がざるをえない、つまりどうしても対処してしまう攻撃なのだ。炎の能力は対ダイバーではなく、対能力者においてこそ真価を発揮するのではないかと僕は考えた。
「紅、多分その能力はダイバーよりも能力者との戦いで使えるよ。」
「え?」
紅はなんのことか理解できずに眉をひそめている。
「なるほど、確かに僕や武田さんの能力は殺傷能力が高すぎる。その辺、氷や炎の能力者の藍澤君と紅さんは彼と戦うのに向いていると言えます。」
四条さんは僕の言いたいことを汲み取ってくれた。
「なるほどな、それは俺としてもありがたい……!」
武田さんも斧を振りながら、賛同してくれた。僕らの戦況を鑑みるに、今は膠着状態といったところか、僕がダイバーを凍らせ動きを止め、それを武田さんと四条さんが確実にとどめを刺していく。だが僕らが数を減らすのと同時に相手はダイバーを増やしていく、それに腕を地面につける必要はなくなっている。恐らく僕と同様彼も強くなっているということだろう。
真夏の廃墟で行われる戦闘、それを知る者は当事者たちだけではなかった。彼らの戦いを離れた場所から見る少年が一人いた。彼はその戦いを恐れるのではなく、ヒーローショーを見る子供のように目を輝かせながら見ていた。
「行け、上條君!あいつらなんてやっつけちゃえ!」
少年は藍澤たちを悪者、上條を正義のヒーローのように見ているようだった、そして上條の戦いを齧り付いくように見ているためか、背後に人が近づいていることに気づくことはなかった。
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