第三十一話 奇襲
僕は地面に転がっている砕け散った氷の破片を見ながら呆然としていた。紅は目を見開きら武田さんも驚きを隠せないでいた。
「あ、あんなに威力出せるんですね……。」
言葉を最初に出したのは紅だった。
「まさかあそこまで出せるとは……。」
武田さんも見たことがなかったようだ。
「これは、まずいな。」
僕の全身から冷や汗が出てきているのを感じる。これだけの威力を出せるならば僕に矢を三本当てるのに時間は一分とてかからなかっただろう。それをしなかったのはやはり僕を試しているからだ。僕は高揚感を感じていた。残り時間は後一分程度だろう。四条さんは次の矢を準備している。引き絞り具合と時間から察するに先ほどと同じ威力だろう。僕は急いで両手を地面につけ、氷の壁を生成する。だが僕はそこにある変化を感じていた。明らかに氷を出す速度が上がっており、氷を出すこと自体に体が馴染んでいた。僕は心の中で喜びを噛み締めていた。しかし、それは四条さんの矢で砕かれてしまった。その衝撃で僕は後方に吹き飛ばされそうになるのをこらえる。
「うぐっ……!」
僕はなんとか耐えたが、すぐに体勢を立て直す。四条さんはすぐに矢を準備し始めた。このままではいずれ手数で負けてしまうだろう。僕はそんなことを考えつつ氷の壁を作り続ける。この状況で勝つには氷の壁の生成スピードが四条さんの矢を放つ速度を超えること、もしくは四条さんが弓を射ることが出来ないようにすることだ。時間的には後数十秒なので耐え切ることも不可能ではない。だが今後のことを考えれば後者を達成したほうがいいだろう。壁をもっと作るにしろ、四条さんの動きを止めるにしろ、僕が生成できる氷の量の限界を上回る必要がある。それを達成するには僕の手から生み出す氷の量を増やすか、もしくは……。僕は咄嗟に思いついたことを試す、具体的には地面についている足のつま先から氷を出した。靴下、靴の一部が凍ってしまったがそれを貫通して地面に氷が現れたのを確認した。僕はまた四条さんの矢で氷の壁を防ぐ。弓の威力に慣れてきているので、やはり時間切れまで耐えられる。僕は次の壁を作ると同時に氷を壁の前へと地面をつたって伸ばしていく。手で生成した時ほどではないが、氷は四条さんの方へと伸びていく。四条さんに届き、足を動けなくさせれば矢の威力は体勢が万全でない分、落ちるだろう。
「なるほどな。」
武田は腕を組み、藍澤の意図を理解したようだ。
「ルール的には四条さんはあの場からあまり動けません。これは藍澤君の勝ちですね。」
紅は藍澤の勝ちを確信したようだ。藍澤が生み出した氷は真っ直ぐに四条の足へと向かっていく。それに対し四条はというと、冷静に彼を分析していた。
「良い成長速度だね。」
まるで教え子の成長を喜ぶ教師の様に笑い、矢を3本用意し、全て素早く地面の近づいてくる氷の先端に打ち込み氷を砕き、氷の進行速度を下げた。その後も矢を3本ずつ構え、ひたすら矢を地面に放ち続け、自分に近づく氷を砕き続ける。
「あれ、本物の矢じゃないんですよね?」
紅は自分が見ている光景が信じられないようだった。
「あぁ、そのはずなんだが……凄まじいな、ありゃ。さっきまでの矢の威力を維持したまま連続で放ってやがる。まだまだ実力を隠してたってわけか。今は本気なのか、俺には分かんねぇな。」
「ダイバーと戦うにはあれだけ強くないとダメなんでしょうか?」
紅は心配そうに武田の方を見る。それを見て、武田は豪快に笑って見せた。
「大丈夫だよ、紅の能力は藍澤に似てるだろ?藍澤をよく見て、学べばいいんだよ。」
「はぁ……。」
紅は完全には納得していないようだが、そんなものかと首を傾げ、四条と藍澤の戦いを眺めている。
「後二十秒……。」
武田はスマホで残り時間を確認している。2人はどちらが勝ってもおかしくないほどギリギリの戦いだが、四条には攻め手が無いように見えた。
「後十秒!」
武田の声が響き渡る。その瞬間、ほんの小さな声が耳にかすかだが入ってきた。
「今だ。」
たしかに四条はそう呟いた。だがそのかすかな声は四条以外の誰の耳にも入っていない。
後十秒、さっきから四条さんが攻撃に使う矢は無く、全て僕から四条さんへと向かっていく氷を砕くことに矢を使っているようで、氷が矢に砕かれる音が聞こえてきている。僕はもう氷を四条さんに届かせることだけに全力を注いでいた。だがそれでも四条さんには届いていない僕が氷の生成量が上がったのに合わせて、四条さんも矢を放つ速度を上げているらしい。
「うおぉぉあぁ!」
僕は唸り声のような声を上げ、全力で氷を四条さんへと伸ばす。すると一瞬、氷と矢の衝突音が止んだ。僕は氷の壁で隔りがあるため、四条さんが何をしているか視認はできていない。だが、顔を出せば四条さんの矢が飛んでくるかもしれない、その恐怖心から俺は判断を鈍らせていた。それでもやはりチャンスなので俺は氷を四条さんの方へと伸ばす、いや、伸ばしてしまった。音が止んだと理解した直後、僕の眼前に形成された壁が一瞬でバリバリバリッと粉々になり、破片と破片の隙間から一本の矢が僕の目にビュン、と飛び込んできた。僕はスローモーションのように流れる時の中で、自分の負けを認めざるを得なくなっていた。矢はこちらの胸のど真ん中を射た。
「嘘……。」
「マジかよ……。」
紅と武田さんの声が聞こえる。それは四条さんの技量に向けられた言葉だと思ったが、氷の壁から体を出し、四条さんの方を見て、それが誤りだと理解した。四条さんの足先から太ももにかけて僕の氷で覆われている。あれでは矢を射るのに、いつも通りとはいかなかっただろう。それでも僕の隙を作り、その隙をついた四条さんは流石と言う他になかった。僕は立ち上がり四条さんの方へと歩き出した。しかし、僕はそれまで全く気づかなかった気配に感づいた。
「ダイバーが来ます!」
気配を感じとったのは僕だけでなく、皆も同じだったようだ。四条さんが叫び、武田さんも斧を出し、戦闘体勢をとる。まだ見えないがたしかに感じる脅威に僕は恐怖を感じていたが、冷静に考えてただのダイバーなら僕に武田さん、四条さんがいる。紅は戦い慣れしてないが、それでも2人がいれば問題無いはずだ。しかしそれでも恐怖を感じるのは、ダイバーの気配が濃いからだろう、恐らく数が多い。気配は間違いなくこちらへと近づき、ズズズ、と地面から多数のダイバーが姿を現した。
「紅さん!僕のところに来て、氷を溶かして欲しい!」
四条さんは身動きがとれないのをなんとかするため、紅を呼んだ。紅はなんとか思考をまとめたようで、四条さんの方へと駆けていき、武田さんもそのフォローに走る。僕もそれにつられて走っていく。紅が四条さんの氷を溶かし、僕と武田さんは紅さんを護衛する体勢を取る。ダイバーは視認できるだけでも十体ほどがこちらを囲んでいる。
「こんだけいたってのに、俺ら全然気づかなかったってのかぁ?」
武田さんは苦笑いして斧を構える。
「いやいや、僕も勝負に集中して気付いてませんでしたよ。」
四条さんも気づかなかったようで、それは僕も同じだ。
「紅さん、後、どのくらいで溶けそう?」
紅は四条さんを動けなくさせている氷を両手の炎を使って溶かしている。
「正直、目処は立ちません。」
紅は焦りながら答える。真夏ということや火に近いことから額からは汗が吹き出しており、時折腕で汗を拭ている。
「大丈夫、ある程度まで溶かしてくれたら、無理矢理動かすから。」
四条さんは冷静に弓を構える。ダイバーの群れは今だと言わんばかりに攻めてきた。
「藍澤!後ろやれ!」
武田さんは切羽詰まった声で、出来るだけ少ない言葉で僕に叫んだ。そう叫んだ直後には武田さんは斧を振り回していた。僕も全身に力を込め、戦闘体勢に入る。ダイバーたちは拳をこちらに向けてくる。これは僕にとって大ピンチだ、ダイバーを凍らせるには距離が短かすぎる。だが、焦りは無い。僕にはアイデアがある、四条さんとの戦いで得た、無意識下でがむしゃらに腕を振っていたあの時間が、僕を新たな次元へと導いてくれると確信した。四条さんがどこまで予想していたのか分からない、まるであの3分で僕を強くしたかったようにさえ感じられた。僕は能力による身体強化が施された状態で、全力で僕を殴ろうとしてくるダイバーにそっと触れた。
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